第6話 王子の命令

 無事に森が通れるようになったため、リディたちは昼前には王都へ着いた。その頃にはシムもすっかり立ち直っていた。


 馬車はある宿の前で停まった。


「世話になったな」


 シムは先に馬車を降り、リディに手を差し伸べた。リディは一人で降りれると言いかけたが、シムの手をとって、馬車から降りた。人の親切を無碍にはするなと、エマから何度も注意されていたのを思い出したからだ。


「こちらこそ」

「これからどこへ行くんだ?」

「姉貴を助けに行く」


 リディはスカートを軽く叩いて、シワを伸ばしながら言った。


「助ける?お姉さんに何かあったのか?」

「大したことじゃない」


 リディは説明が面倒だと思い、それだけ言った。シムは事情を知りたげではあったが、それ以上の詮索はしてこなかった。


 リディはシムと別れると、フードを被り、都の中心にある宮殿の方へ向かうことにした。上手くエマと再会できればいいが、エマがどこにいるかも分からない以上どうしようもない。今分かっていることと言えば、王太子殿下に連れて行かれたということだけ。それだけ分かっていてもどうしようもない。


「裁判になるなら、グレゴリーおじさんが何か知ってるかもしれないけど、どうも怪しいんだよな。王子は何を企んでる?」


 リディはぶつぶつと独り言を言いながら歩いていたため、目の前に人間が一人現れたことに気づかなかった。リディはそのまま、突然現れた人間にぶつかる。リディは咄嗟にフードを手で押さえた。


「おっと、危ないですよ」


 リディがフードの下から、相手に顔を見せないように見上げると、背の高い身なりの良い男が立っていた。王都に住んでいる人間は大体身なりが良いが、その中でも目立つくらいに身なりが良い。まずい。リディは咄嗟に男から離れようとしたが、男はリディの肩をしっかりと掴んでいた。リディは手を離すよう言おうとしたが、男の袖口からわずかに見えるカフスボタンが目に入り、口を開いたまま固まってしまった。


(王家の紋章……だよな)


「リディ・イヴ・フォレさんですね。王太子殿下がお待ちです」


 男は人の良さそうな笑みを浮かべて言った。リディは魔法を使おうとしたが、魔力切れの時のように頭がぼうっとしていた。


「いい度胸ですね。無資格者が堂々と魔法を使おうとするなんて。まあ、魔力は封じているので、魔法は使えませんよ」


 男はリディの肩を抱き寄せる。移動魔法だと気づいたが、反対呪文を唱えることすらできない。


「ああ、申し遅れました。私、王太子殿下の補佐官をしております、テオドア・モルテスと申します」


 周りの景色が渦巻くなか、男はのんびりと言った。本気を出せば魔法も使えそうだったが、得策ではないように思えたため、そのまま王子の補佐官を名乗る男に連れ去られた。


「連れて参りました」


 男はリディから手を離した。男が離れると、床に敷かれた高そうな絨毯が目に入った。顔を上げると、壁を覆い尽くす本棚と部屋の中央に置かれた高そうな事務机。執務室のようだ。


「リディ・イヴ・フォレだな」


 偉そうな男が机の向こうにいた。男はリディとほとんど歳が変わらないように見えた。王太子はもっと年上のはずだ。いや、何年か前に譲位の式典があった気がする。ということは、前国王の長男が現国王で、次男が王太子になっているのか。ともかく、話の流れから言うと、この男が王太子なのだろう。しかし


「次男にしても若いよなあ」


 考えていることが声に出てしまうのが、リディの悪い癖だ。王太子らしい人間は少し驚いた顔をしたが、すぐに元の無表情に戻った。


「そうだな。私は三男のギルバートだ。次男のアレクシスは無責任にも王位継承権を放棄して、行方不明だ」


 ギルバートは不機嫌そうに言った。


「ギルバート様も本当は王太子になんてなりたくなかったのですよ。しかし、アレクシス様ほど、運命に抗う力がないと言いますか……」


 テオドアはごにょごにょとリディに耳打ちしていると、ギルバートがわざとらしく咳払いをした。


「魔法の不正使用の件だが」


 ギルバートは不機嫌そうな表情のまま言う。


「気づいてると思いますが、あれは私のやったことです。エマはどこにいますか?」

「王立研究所だ。単刀直入に言う。君がこちらの駒となるのであれば、彼女の不敬罪もなかったことになるし、君の魔法不正使用についても不問とする」

「は?」


 予想すらしなかった展開にリディは言葉を失った。ギルバートは王族に対する不遜な態度も気にする様子はなく、話を続けた。


「エマ・ルイーズ・フォレについても植物に関する知識が豊富で、こちらへ来て数日だが、活躍していると聞く。二人で国のために尽力してもらいたい」

「断る」


 ギルバートがリディに何をさせたいのかは知らないが、誰かにこき使われるなんて考えるだけでぞっとしないし、何より王都にいるわけにはいかない。


「そうなると、君も君のお姉さんも捕らえられる。君のお姉さんに至っては、処刑もありうる」

「なるほど。脅す気ですか。でも、誰かの言いなりになるなんてまっぴらごめんだ」


 こんなことになるなら、最初から魔法を使っておけば良かったとリディは後悔した。室内には、魔封じの結界が張られているようだが、本気を出せば破れる。リディは頭の中でエマに呼びかけた。エマのことを正確に思い浮かべ、頭の中でエマの腕を掴んだその時、身体が押しつぶされそうな感覚になった。しかし、エマの腕を掴んだイメージを崩すことなく、エマを自分の方へ引き寄せた。その瞬間、リディはその場に倒れた。隣には、何が起きたか分からないと言った表情のエマがぺたんと床に座り込んでいる。エマは驚きつつも、リディの肩を掴み、リディの身体を起こそうとした。


「リディ!?大丈夫!?」


 リディは指一本動かせる気がしなかった。思考や視界はしっかりしているし、気分が悪いわけでもない。魔力を最大出力で使ったため、疲れてはいたが、倒れるほどじゃない。それなのに、身体が動かない。


「この部屋の結界を破るとは大した魔力だ」


 目の前に、見たこともないような上等な靴が近づいてきた。


「おとなしくしてもらおうか」


 ギルバートがそう言うと、椅子が二脚現れる。リディの身体は意に反して動き、現れた椅子の片方に座った。


「さあ、エマも座ってください」


 テオドアが、座り込んでいたエマに手を差し出し、もう一脚の椅子に彼女を座らせる。ギルバートはゆっくりと歩いて、自分の椅子に戻った。


「驚いているようだな。自分より強力な魔力を持つ人間には会ったことがないか?」


 リディは口を開こうとしたが、それはできなかった。


「ああ、悪い。口を開くこともできないか。君があまりに強い魔法を使おうとするから、こちらも手加減が出来なかった」


 ギルバートが軽く手を振ると、リディの口が開くようになった。


「さっきも言ったが、私は言いなりにはならない」

「リディ!」


 エマが横から、小さな声で制しているのに気づいたが、リディは無視して続けた。


「私の魔法を抑えられる奴に会ったのは、あんたで二人目だ。あんたが付きっきりで見張るって言うなら話は別だが、他の奴に監視されたところで」

「リディ!」


 リディの話を遮って、エマが大きな声で言った。リディは口以外動かせないが、もし動かせたとしても、エマの方を見ることはできなかっただろう。


「誰に向かってそんな……」


 エマは怒りを抑えきれていない声で言い、ギルバートの方を見た。


「ご無礼をお許しください。世間知らずな妹なもので。ただ、先日も申し上げた通り、リディの意思に関係なく、この子が王都にいることができないのは事実でございます」


 ギルバートはエマの迫力に驚いているようだった。


「ああ、いや、私相手にそんなに畏る必要はないし、妹君の態度についても特に気にしていない。楽にしてくれ」

「リディは事情があって、王都へ来れなかったのです。だから、無資格で魔法を」


 ギルバートは目頭を押さえ、もう片方の手を軽く挙げた。エマはそれを見て、話すのをやめた。ギルバートは疲れているようだった。リディの魔法を抑えるのに、かなりの魔力を使ったのだろう。


「続きは明日にしてくれ」


 ギルバート同様、ほとんど魔力を使い果たしたリディは逃げ出すことができないと判断されたようだ。リディとエマはテオドアに連れられ、執務室を出た。

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