第3話 王都までの移動手段

 辺りを見渡す。街外れの寂しい場所で、周りに人はいない。知らない土地のため、思い通りの場所に到着できているか分からない。リディはポケットから一枚の紙を取り出すと、そこに手をかざし、地図を浮かび上がらせた。先程指差した場所にバツ印がついている。


「よし、成功」


 それにしても頭が痛い。少し酔ってしまった。こんなに遠くまで魔法で移動したのは初めてだ。


「朝イチだと、正確だなー。やっぱ集中力が違う」


 リディは独り言を言いながら、地図で王都の方向を確認した。この先、あまり魔法を使うのは得策ではない。王都周辺の都市は魔法不正使用の取り締まり網が、田舎とは違ってしっかりしているのだ。とは言え、歩いて行くには遠い。リディは紙を折りたたむと、ポケットに戻すと、街の中心地へ向かって歩き出した。


 十数分歩くと、だんだん建物が増え、あっという間に市街地へ着いた。王都の近くの都市は、やはり栄えている。これだけ栄えていると、魔法使いも何人かいるようだ。あちらこちらから、魔力の気配を感じた。リディは気配を頼りに、一番近くにいる魔法使いを訪ねることにした。少し歩くと、古びた家に看板が出ていた。“魔術師の店”とだけ書かれた看板は今にも落ちてきそうだ。リディは古びた戸を押して、店内へ入った。店の奥で本を読んでいた店主は顔を上げる。


「移動魔法は使える?王都まで行きたいんだけど」

「ああ、使えるとも。金貨十枚だ」

「はあ!?金貨十枚!?ここから王都まで行くだけで!?大した距離じゃねえだろ」

「そう思うなら歩いて行けばいい。一日に何度もできるもんじゃないからな。馬車より高くしておかんと身が持たんよ」


 王都周辺の都市と言っても、徒歩でなんて行ける距離ではないし、馬車でも半日ほどかかる。リディが言いたいのは、魔法でなら大した距離ではないと言うことだ。


「王都へ行きたい奴なんていっぱいいるんだから、術式で自動化しておけばいい話だろ」

「これだから素人は困る。簡単に言うけどな、術式で自動化するのは高度な技なんだ。簡単な魔法ならともかく、移動魔法を自動化するなんて誰でもできるもんじゃない」


 自分でできることを金貨十枚も払ってやってもらうのは気が進まない。リディは店を出ると、ほかの魔法使いを探した。しかし、どの魔法使いも金貨十枚あるいはそれ以上を要求した。エマのことは心配ではあったが、金貨十枚も払って駆けつける必要は感じていなかった。意外と抜け目のないエマのことだ。何か策があるに違いないし、エマは王都に便利なコネも持っている。リディは魔法での移動を諦め、馬車を探すことにした。乗合馬車よりも、商人の馬車に乗せてもらった方が安いだろうと、商人を探すことにした。


 街の西側は、大規模なマーケットとなっていて、多くの商人が様々なものを売っていた。この街は、陸路最大の交易地らしい。リディは目についた若い商人に話しかけた。


「お兄さん、これから王都へ行く人を探してるんだけど、知らない?」

「王都へなら、明後日の朝発つけど」

「急いでるんだ。もっと早く発つ人はいない?」

「知らないな。それに、急ぐなら魔法使いを頼ったほうがいい。王都へは二日はかかるぞ」

「はあ?二日!?そんなわけあるか」

「本当だよ。ゴルトバの森を通れないから迂回するしかないんだ」

「通れない?あの森は道も整備されてるし危険はないはずだ」

「最近、妙なことが起こるんだよ」

「妙なこと?」

「森に入ると気分が悪くなって、正気を保てなくなる奴もいる。中には、馬車を飛び出して、森の奥深くに入り込んで戻って来ない奴もいるくらいだ。探そうにも、全員気分が悪いんで、森を出るのがやっとってわけだ」


 リディは顎に手を当てた。


「……馬車を出て行く奴は、みんな同じ方向へ行かないか?」

「さあ?気分が悪いと、そんなこと気にしてる余裕もなくなるからな」

「気分が悪くなった奴は、そのあとどうなる?森を出るとすぐ治るのか?」

「森を出るといくらかましにはなるが、二、三日は気分が悪いままだ。医者へ行っても原因は分からない」

「魔法使いは?」

「何人か調べに行って、そのままだ」

「そのまま?」

「帰ってこないってこと」


 リディが考えている原因があっていれば、この辺りの魔法使いがどうにかする方法を知らなくても無理はないだろう。


「森を通れるようにしてやるから、今日馬車を出してくれないか?」


 男は少し驚いた顔をした。お前に何ができる、とでも言いたそうな顔だった。


「ありがたい話だが、今日は時間も時間だし、無理だな。明日の朝なら親父に掛け合ってやるよ」


 一度家へ帰って、明日の朝もう一度ここへ来れば、宿代もかからない。それに、森を通るための準備をするなら、家に帰れた方が良い。


「それでいい。頼む」


 男はリディを連れて、自分の家へ向かった。男の家はかなり大きく、商家として成功しているようだった。男が父親に掛け合うと、父親は二つ返事で承諾した。あまり興味がなさそうだった。彼らにしてみれば、リディが本当になんとかできるとは思えないが、失敗しても大した損害はないため、試してみるかといったところだろう。


「お前、名前は?」


 家を出ると男は尋ねた。


「リディ」

「よろしくな、リディ。俺はシム」

「ああ、よろしく」

「今日はどうするんだ?うちに泊まるか?」


 シムはかなりお人好しのようだ。あれだけ立派な屋敷に住んでいて、何不自由なく暮らしてきたのであれば、それも当然と思えた。話し方もどことなく上品だ。リディは運が良かったと思いつつ、申し出を断った。魔法で家へ帰るとは言えないため、宿に泊まると言った。


 シムと別れたリディは人目のつかない場所まで行くと、目を閉じて自分の家を思い浮かべた。次に目を開けると、家のリビングに立っていた。


「よし、準備するか」


 リディはエマの温室へ向かった。

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