第2話 双子の妹

 暗い道を歩きながら、リディはため息をついた。依頼を片付けるのにこんなに時間がかかるとは思っていなかったのだ。リディが家を出てから二週間が経とうとしている。予期せぬトラブルが重なったとはいえ、本来であれば二、三日あれば片付く依頼だった。


「ったく。魔力のない医者ってやつは本当に厄介だな。どう見ても魔術創なのに医学で治せるわけないだろ」


 リディはぶつぶつ文句を言いながら、魔法による光を頼りに歩き続けた。依頼で魔力を使いすぎていたうえ、極度の空腹で集中力がない状態で移動魔法を使ったため、到着ポイントがズレてしまったのだ。フラフラと歩き続け、リディはどうにか家まで辿り着いた。


「エマー、飯」


 玄関を開け、倒れ込みそうになりながらリディは言った。そして、異変に気づく。


「あれ?いないのか?エマ?」


 家の中は暗く、人の気配がない。


「温室か?こんな時間に?」


 リディは外に出ようとして、立ち止まった。そして眉間にシワを寄せ、その場にしゃがんだ。玄関マットの位置がずれ、マットで隠しておいた魔法陣が露わになっている。


「エマが動かしたのか?」


 リディは立ち上がり、家の中を見渡した。見える限りでも、いくつか物が動かされている形跡がある。室内にある魔法陣が全て見えるようになっている。


「……」


 リディは家を出て、温室のある森の方へ向かおうとした。


「リディ!長い間どこへ行ってたんだ!」


 リディが振り返ると、村長が立っていた。確かに二週間ほど留守にしていたが、リディが長いこと家を留守にするのは、今に始まったことではない。村長が声を荒げている意味が分からなかった。


「仕事だよ。トムリ村までな。それより、エマ知らない?」

「エマは連れて行かれた」

「連れて行かれた?誰に」

「お前が出かけた数日後に、突然身なりの良い集団が来た。エマは王太子殿下と言っていた」

「はあ?王太子ぃ?」


 村長は黙って頷いた。見たことのないくらい深刻な表情をしていた。


「空間魔法不正使用で連行された。重罪につき処刑の可能性があると」


 リディは口を歪めた。あれほど家に誰も入れるなと言っておいたのに。


「俺たちはエマじゃねえって言おうとしたんだが、エマが言うなって……」

「ま、バレたもんは仕方ねえな」


 リディはため息混じりに言った。しかし、王子一行に連れて行かれたということは、行き先は王都だろう。リディは苦い顔をする。


「王都か……近づきたくなかったんだけどな」


 リディが呟いた声を村長は聞き逃さなかった。


「勿論、助けに行くんだよな?お前の罪を被って連れて行かれたんだ!お前がどうにかするべき問題だ」

「分かってる。ただ、今日はもう無理だ。くたくただし、エマの作った飯もない」


 言い終わると同時に、リディは欠伸した。もう夕飯を作れる気はしない。一刻も早く、ベッドに潜り込みたい。


「そんな悠長なことを言ってる場合か!?処刑されるかもしれないんだぞ!」

「あのな。物事には順序ってもんがあるんだ。処刑されるとして、手続きには何ヶ月も、何年もかかることもある。というか、人様に迷惑をかけない限り、魔法の不正使用くらいでは重罪になんてならない。それに、見る人が見りゃ、エマが犯人じゃないことも、すぐ分かるんだよ。あいつには魔力がないからな」


 村長は眉間にシワを寄せた。


「じゃあなんで、エマは連れて行かれたんだ?」

「知らねえよ。とにかく、エマが殺されるってことはない。だから安心しろ。もういいだろ。疲れた」


 リディはそう言って、家へ入った。村長は心配そうな顔で何か言いたげだったが、リディは体力の限界だった。そのまま寝室へ向かうとベッドに倒れた。



 体感としては次の瞬間、眩しさで目を覚ました。カーテンも閉めずに寝たため、当たり前と言えば当たり前だ。爽やかな朝日とは対照的に、リディの気分は最悪だった。


「くそ。もう朝かよ」


 リディは悪態をつくと、顔を顰めたまま布団に潜り、もう一度寝ようとした。昨日の疲れは簡単にはとれないようだ。微睡の中で、リディは何かを忘れているような気がしたが、それよりも眠気が勝って、再び眠りに落ちた。


 次に目が覚めたときも、まだ寝足りない気はしたが、空腹で寝るに寝られなくなっていて、リディはベッドから這い出た。


「エマー、なんか食うもんないー?」


 階段を降りながらリディは言ったが、いつまで経っても返事はない。


「あー、そうか」


 リディは欠伸をしながら、キッチンへ向かった。エマがいないことを思い出したからだ。


 キッチンは整然としていた。リディがキッチンに立つことはなく、キッチンにはなんの魔法もかけられていない。一度、エマにキッチンにも魔法をかけてやると持ちかけたこともあったが、エマはそれを断った。たいした仕事じゃないから自分でする、と。エマはちまちました家事が好きなのだ。植物の世話といい、リディには理解しがたい趣味であった。


 リディは、ストーブに薪を投げ込むとその上に手をかざした。すぐに火がつく。


「術式を仕込んでおけば簡単なのに」


 リディは文句を言いながら、やかんを指差す。すると、やかんが流しまで飛んでいき、やかんの中に水が注がれた。そして、リディが少し指を動かすと、やかんはストーブの上に着地した。次に、リディはコーヒーミルを指差した。すると、棚からコーヒー豆の入った缶が出てきて、缶の中から豆がミルの中に入れられた。ミルのハンドルはひとりでに回転し、あっという間にコーヒー豆は粉になった。リディが食器棚を指差すと、マグカップやドリッパーなどが出てきて、ちょうど沸騰したお湯がドリッパーのセットされたマグカップに注がれた。ゆっくりドリップされている間、リディは食料棚を漁った。


「エマがいないから何もねえな」


 リディは棚にあった傷みかけの林檎を一つ手に取った。リディが手に取った瞬間、林檎は艶を取り戻し、新鮮そうな赤い色に変化した。リディはそれを齧りながら食料棚を漁り続けたが、すぐに諦めた。それ以外は調味料くらいしか無かったからだ。林檎を食べ終わると、コーヒーを飲む。


「よし、行くか」


 リディは空になったマグカップを流しに置くと、立ち上がった。


「王都に魔法で行くわけにもいかねえし」


 リディは本棚から一冊の本を取り出すと、適当なページを開いた。何も書かれていない、真っ白なページだった。リディがそのページの上で手を滑らせると、王都周辺の地図が浮かび上がる。リディは地図をじっと見つめ、ある地点を指差した。


「よし、ここだな」


 リディがそう言うと、周りの景色が渦巻いた。

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