半分の魂

@nanakawamisa

第一章 

第1話 プロローグ

 ギルバートは窓の外を眺めていた。特に何があるわけでもなく、延々と田舎風景が広がっているだけだ。ギルバート自身も特に風景を楽しんでいるわけではない。目の前に座るお目付役の老人の顔を見るよりはましなだけだ。


 頬杖をつき、些か行儀の悪い姿勢で、過ぎていく景色を眺め続けていたギルバートは、眉間にシワを寄せた。そして姿勢を正し、後方を覗き込むように見た。やはりそうだ。


「止めてくれ」


 ギルバートの指示で、馬車はすぐに停車した。


「どうなされたのですか?」


 お目付役のタラスは落ち着いた声で尋ねる。


「あのあたりで魔法が使われている」


 ギルバートは自分で扉を開きながら言った。降車したギルバートは、馬車の後方のあたりを指差しながら言うと、その方向へ歩き出した。タラスもギルバートに続いた。兵士や護衛の魔法使いたちも慌てて二人に続く。


「この周辺には、魔法使いはもちろん、簡易魔法使用許可証を持っている者もおりません」


「未登録者の不正使用だろうな。珍しい話でもない。この村の裏だ。村人に話を聞こう」


 ギルバートはマントのフードを被り、顔を隠すと、タラスの数歩後ろに下がった。こんな田舎の人間が、この国の王子の顔を知っている可能性は低いが、念のためだ。


 村の中へ入ると、村人たちからの視線が集まった。小さな村で、よそ者が訪れるような村ではないのだろう。そんな村に、明らかに身なりの良い集団が訪ねてきたのだ。注目を浴びるのも無理はない。ギルバートは魔力反応を辿り、小さな声でタラスに進むべき方向を指示した。辿り着いた先は、村の外れにある小さな小屋だった。


「この家の家主の情報を出してくれ」


 従者の一人が一枚の紙をギルバートに差し出した。そこには、この小屋に住む人物の情報が浮かび上がってきていた。ギルバートは、その情報を声に出して読み上げた。


「エマ・ルイーズ・フォレ、数年前に王都の学院を出ているな。専門は植物学か。専門知識があって、一定の魔力があるのであれば、魔法薬草の違法栽培の可能性もあるな」


 タラスが玄関前に立つと、従者の一人が野次馬を散らした方が良いかとギルバートに尋ねた。振り返ると、村人たちが遠巻きに一行を眺めていた。ギルバートは事を荒立てたくないと考えてはいたが、小さな村でどんな噂が広がろうとも特に問題はないだろうと従者にその必要はないと伝えた。タラスが戸口を叩くと、エマの家の扉が開く。


「……えっと、何かご用でしょうか」


 怪訝な顔をした女性が立っていた。タラスが口を開こうとしたが、ギルバートはそれを制して、前に出た。


「エマ・ルイーズ・フォレだな」


 ギルバートはフードを脱ぎながら言う。エマは目を見開いた。


「王太子、殿下……!?」


 ギルバートは公の場にほとんど出ないため、田舎娘が自分のことを知っていることに驚いた。しかし、そんなことは重要ではない。ギルバートの仕事は違反者を取り締まることだ。


「この家からは、魔法が使用されている気配がする。この辺りで、魔法の使用許可は出ていないはずだ。家を調べさせてもらう」


 エマは驚いた表情のまま固まった。反応を見れば、魔法の不正使用は明らかだ。


「中へ入れてもらおうか」


 エマはしばらく地面を見つめ、覚悟を決めたように顔を上げた。


「どうぞ」


 エマの後に続き、ギルバートは小屋の中へ入った。そして、わずかに目を見開いた。


「空間魔法か」


 小屋の中は、魔法によって拡張されていて、外見からは想像もつかないくらい広かった。ギルバートはちらりとエマを見た。エマは、バツの悪そうな顔をしている。ギルバートは再び室内へ視線を戻した。見事な魔法だった。空間魔法は高度な技術を要求される。王立研究所に勤める魔法使いですら、こんなに完璧な空間拡張ができる者はほとんどいないだろう。


「誰がこの空間を作った?」

「……私です」


 ギルバートは眉をひそめた。


「本当に?一人でしたのか?」

「はい」


 ギルバートはエマの目をじっと見つめた。魔法で彼女の脳内を覗き見ようとしたが、エマにかけられていた強力な魔法によって阻まれた。ギルバートの魔法は失敗に終わったが、ギルバートにはエマが嘘をついていることが分かっていた。エマからは、魔力の気配が全くしなかったからだ。強大な魔力を持っていて、その気配を隠している人間はいくらでもいる。それでもゼロになることはない。その上、ギルバートは他人の魔力の気配を察知する能力に長けている。何か裏がありそうだと考えたが、すぐにギルバートの悪い癖が出た。


 面倒くさい


 途端に、フル回転していたギルバートの脳は思考をやめた。


「空間魔法不正使用の容疑で連行する。重罪につき、処刑も覚悟しておけ」

「そんな……」


 ギルバートがわざと声を張って言うと、エマは驚いた様子で何やら反論していたが、すぐに従者の一人に捕らえられた。野次馬たちも騒いでいるが、ギルバートは聞こえないフリをした。


「余罪があるかもな。確認しておいてくれ」


 従者のうちの何人かが、小屋の中を調べ始めた。ギルバートはエマに構うことなく馬車の方へ歩き出した。小屋を出ると、村人たちがざわついていたがギルバートは気にも留めず歩き続け、途中、村人の一人に誰にも気づかれぬよう魔法をかけた。対象者の知る情報を盗み見る魔法だ。馬車に戻ると、何事もなかったかのように出発させた。


「あの娘は」


 タラスの言わんとしていることは、聞かずとも分かる。ギルバートは頷く。


「あの娘には、そっくりな双子の妹がいる。名前はリディ・イヴ・フォレ。彼女が魔法を使えることを、村人は全員知ってるようだ」


 ギルバートは村人の一人から盗み出した情報を淡々と口にした。


「指名手配を?」


 ギルバートは脚を組み、窓の外へ視線を向けた。長閑な風景が続いている。


「いや、いい。こいつが正常な人間なら、出向いて来るだろう」


 ギルバートは目を瞑り、馬車の揺れに身を任せた。

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