第3話 ガツンとした喉ごしだけど後味爽やか
銀色の筒身に両端が赤く彩られたベープ管は、ソリオがバララト本国にいた頃に作らせた、自慢の特注品である。真っ赤な吸い口を咥えて軽く息を吸い込めば、筒身にセットされたベープ・リキッドが過熱されて、香りを伴った水蒸気の煙が喉ごしを刺激する。その味わいはリキッドによって多種多様だが、たった今喉を通った煙の
「凄えな、これ」
半開きになった唇の間から煙を吐き出しながら、ソリオは口から離したばかりのベープ管をまじまじと見つめ返す。
「ガツンとした喉ごしなのに後味爽やか。香りも喉から鼻にすうっと抜けて、目が覚めるみたいにスッキリする」
「
ソリオの隣で同じようにベープの煙を吐き出していたナラが、自慢げに言う。その向こうでマッカーナが赤鼻に皺を寄せてソリオを見返しているのは、どうやら小馬鹿にしているつもりらしい。
「なんだ、一番葉の摘み立てを吸うのは初めてか」
「生憎と農作業とは無縁に育ってきたもんでね。そういうあんたは、よほど
「詳しいも何も、俺の親父も
そう言ってやはりベープ管を咥えるマッカーナもまた、唇の端から細い煙を漏らしながら、感心したように唸った。
「とはいえここの一番葉は、確かに美味い。今まで吸ったベープと比べても断トツだ」
「だろう? 父ちゃんが丹精込めて育て上げた
マッカーナにも感嘆されて、ナラが嬉しそうに笑う。農場では厳しい言葉ばかり吐く彼女だが、こうして見せる笑顔はソリオの目にも十分に魅力的だ。
摘み取ったばかりの
「しかしもったいないな。こんだけ美味い
ベープ管の中のリキッド残量を惜しむようにゆっくりと煙を吸い込みながら、ソリオは眼前の畑に目を向けた。
「父ちゃんが生きてた頃は、私と二人でなんとかやれてたけど。私ひとりじゃこれ以上はちょっとね」
三ヶ月前に父を亡くしてから、ナラはなんとかひとりで農場を切り盛りしてきた。だが収穫期はさすがに無理があり、見かねたエムデバがゲンプシーに助っ人を要請したのだ。
そこで派遣されたのがソリオとマッカーナのふたりというわけである。
「その、エムデバの爺さんに助けてもらうわけにはいかないのか」
あの筋骨隆々とした老人は、この農園一帯の顔役的な存在らしい。開拓されたばかりのエンデラに乗り込んで、以来三十年あまり農場経営一筋というから筋金入りだ。この星の経済を仕切るゲンプシーとも真っ向張り合える数少ない人物、というのはマッカーナの評である。
それほどの古強者で、なおかつナラの父とは古くからの友人というなら、彼女がもっと頼りにしても良いのではないか。
「エムデバさんには、あんたたちを寄越してもらっただけでも御の字だよ。とりあえず二番葉を摘むまではなんとかなりそうだし」
ソリオの言葉に、ナラは苦笑気味に顔を振った。
「それに、今年から
カエンムギとは、バララトのみならず銀河系人類社会で流通している、主食穀物の一種だ。比較的栽培が容易で安定した収穫も見込めるのだが、銀河系中の至る所で生産されているので、大農場経営の農家以外には利益も薄い。
それにしても、いきなり
ということは買い取り縮小も彼の判断ということになる。
「あんたんとこのボスは、なんでそんなこと言い出したんだ」
ソリオに詰られて、マッカーナはばつが悪そうな顔を見せるどころか、むしろ責め立てるような視線を寄越した。
「てめえこそ、よくそんなことが言えるな」
「どういう意味だよ」
「あのイカれた
小柄なマッカーナが精一杯肩を怒らせてソリオに詰め寄る。ベープ管の先を鼻先に突きつけられて、ソリオは彼の言うことにようやく合点がいった。
この星でイカれた
廃鉱には、ゲンプシーが密貿易用に拵えた秘密のシャトル発着場があった。それをトビーは龍退治にかこつけて、完膚なきまで破壊し尽くしてしまったのだ。
それ自体は密貿易という犯罪を取り締まっただけとも言い張れるのだが、エンデラ全体で見ればそう簡単な話ではない。なにしろ
だがマッカーナの先ほどの口振りだと、どうやらシャトル発着場を破壊したのはトビー単独の行動と思われている。トビーにシャトル発着場をぶっ壊すよう唆した、その張本人が実はソリオだと知ったら、果たして彼の赤鼻にどれだけの皺が寄ることか。
あまり考えたくない予想を頭の中から振り払って、ソリオはマッカーナに極上の作り笑いで応じてみせた。
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