第3話 ガツンとした喉ごしだけど後味爽やか

 銀色の筒身に両端が赤く彩られたベープ管は、ソリオがバララト本国にいた頃に作らせた、自慢の特注品である。真っ赤な吸い口を咥えて軽く息を吸い込めば、筒身にセットされたベープ・リキッドが過熱されて、香りを伴った水蒸気の煙が喉ごしを刺激する。その味わいはリキッドによって多種多様だが、たった今喉を通った煙のそれ・・は、ソリオに新鮮な感動をもたらした。

「凄えな、これ」

 半開きになった唇の間から煙を吐き出しながら、ソリオは口から離したばかりのベープ管をまじまじと見つめ返す。

「ガツンとした喉ごしなのに後味爽やか。香りも喉から鼻にすうっと抜けて、目が覚めるみたいにスッキリする」

龍爪草タツメグサの一番葉、それも摘み立てから作ったリキッドだからね。この濃厚さと清涼感は、市販じゃ味わえないよ」

 ソリオの隣で同じようにベープの煙を吐き出していたナラが、自慢げに言う。その向こうでマッカーナが赤鼻に皺を寄せてソリオを見返しているのは、どうやら小馬鹿にしているつもりらしい。

「なんだ、一番葉の摘み立てを吸うのは初めてか」

「生憎と農作業とは無縁に育ってきたもんでね。そういうあんたは、よほど龍爪草タツメグサに詳しいみたいだな」

「詳しいも何も、俺の親父も龍爪草タツメグサ農家だった。ガキの頃から嫌というほど吸わされてきたよ」

 そう言ってやはりベープ管を咥えるマッカーナもまた、唇の端から細い煙を漏らしながら、感心したように唸った。

「とはいえここの一番葉は、確かに美味い。今まで吸ったベープと比べても断トツだ」

「だろう? 父ちゃんが丹精込めて育て上げた龍爪草タツメグサだ。美味いに決まってる」

 マッカーナにも感嘆されて、ナラが嬉しそうに笑う。農場では厳しい言葉ばかり吐く彼女だが、こうして見せる笑顔はソリオの目にも十分に魅力的だ。

 龍爪草タツメグサ畑の一番葉の手摘みがようやく終わり、三人はナラの家の庭先で遅い朝食を取り終えたところであった。ベープの原材料となる龍爪草タツメグサの農家らしく、食後の一服には当然のようにベープが嗜まれる。

 摘み取ったばかりの龍爪草タツメグサの一番葉を、オーソドックスなベープ用設計図レシピを登録した現像機プリンターに放り込む。そうして生成されたリキッドは、龍爪草タツメグサ農家も一年に一度しか味わえないご褒美なのだという。摘み立ての葉から作るリキッドは格別だと、ソリオも噂に聞いたことはあったが、いざ吸ってみるとその味わいは想像以上だ。

「しかしもったいないな。こんだけ美味い龍爪草タツメグサが採れるのに、この畑を売っ払わなきゃならないなんて」

 ベープ管の中のリキッド残量を惜しむようにゆっくりと煙を吸い込みながら、ソリオは眼前の畑に目を向けた。龍爪草タツメグサは数日後、摘採機を使って二番葉を摘む。本来であればその後も、整枝作業や三番葉の摘み取りなどやることが目白押しなのだが、ナラは二番葉を摘み終えたらこの畑を売りに出すしかないという。

「父ちゃんが生きてた頃は、私と二人でなんとかやれてたけど。私ひとりじゃこれ以上はちょっとね」

 三ヶ月前に父を亡くしてから、ナラはなんとかひとりで農場を切り盛りしてきた。だが収穫期はさすがに無理があり、見かねたエムデバがゲンプシーに助っ人を要請したのだ。

 そこで派遣されたのがソリオとマッカーナのふたりというわけである。

「その、エムデバの爺さんに助けてもらうわけにはいかないのか」

 あの筋骨隆々とした老人は、この農園一帯の顔役的な存在らしい。開拓されたばかりのエンデラに乗り込んで、以来三十年あまり農場経営一筋というから筋金入りだ。この星の経済を仕切るゲンプシーとも真っ向張り合える数少ない人物、というのはマッカーナの評である。

 それほどの古強者で、なおかつナラの父とは古くからの友人というなら、彼女がもっと頼りにしても良いのではないか。

「エムデバさんには、あんたたちを寄越してもらっただけでも御の字だよ。とりあえず二番葉を摘むまではなんとかなりそうだし」

 ソリオの言葉に、ナラは苦笑気味に顔を振った。

「それに、今年から龍爪草タツメグサの買い取りもぐっと減らされるっていうからね。カエンムギに切り替えろって言われても、あれはエムデバさんみたいにでかい農場じゃないと意味ないし。龍爪草タツメグサで食えないってなると、ひとりで続けるのは難しいな」

 カエンムギとは、バララトのみならず銀河系人類社会で流通している、主食穀物の一種だ。比較的栽培が容易で安定した収穫も見込めるのだが、銀河系中の至る所で生産されているので、大農場経営の農家以外には利益も薄い。

 それにしても、いきなり龍爪草タツメグサの取引が減るとはどういうことか。ここらの農園の作物はゲンプシー商会が一手に扱っているとは、当のゲンプシーの台詞だ。

 ということは買い取り縮小も彼の判断ということになる。

「あんたんとこのボスは、なんでそんなこと言い出したんだ」

 ソリオに詰られて、マッカーナはばつが悪そうな顔を見せるどころか、むしろ責め立てるような視線を寄越した。

「てめえこそ、よくそんなことが言えるな」

「どういう意味だよ」

「あのイカれた龍追い人ドラゴン・チェイサーが廃鉱で何やらかしたか、知らねえとは言わせねえぞ。仮にもてめえの相棒だろうが」

 小柄なマッカーナが精一杯肩を怒らせてソリオに詰め寄る。ベープ管の先を鼻先に突きつけられて、ソリオは彼の言うことにようやく合点がいった。

 この星でイカれた龍追い人ドラゴン・チェイサーと言えば、泣く子も黙る極悪人相の保安官、トビーでしか有り得ない。そしてマッカーナに言われるまでもなく、彼が廃鉱で何をやらかしたか、ソリオはもちろんよく知っている。

 廃鉱には、ゲンプシーが密貿易用に拵えた秘密のシャトル発着場があった。それをトビーは龍退治にかこつけて、完膚なきまで破壊し尽くしてしまったのだ。

 それ自体は密貿易という犯罪を取り締まっただけとも言い張れるのだが、エンデラ全体で見ればそう簡単な話ではない。なにしろ龍爪草タツメグサの売買は、もっぱら密貿易によって成り立っている。つまり密貿易の手段を失ったゲンプシーは龍爪草タツメグサの買い取りを手控えざるを得なくなり、結果としてナラのような龍爪草タツメグサ農家に被害が及ぶという図式なのだ。

 だがマッカーナの先ほどの口振りだと、どうやらシャトル発着場を破壊したのはトビー単独の行動と思われている。トビーにシャトル発着場をぶっ壊すよう唆した、その張本人が実はソリオだと知ったら、果たして彼の赤鼻にどれだけの皺が寄ることか。

 あまり考えたくない予想を頭の中から振り払って、ソリオはマッカーナに極上の作り笑いで応じてみせた。

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