第15話 転生女神とアンコール
BGMの音量がぐっと大きくなる。観客席に期待の声が広がった。
照明が落ちて、BGMが大きくなって。
ライブというものが初めての人間にも、それが始まりの合図だと分かったようだった。
イントロが会場に響き渡る。セイラたんの一番新しい曲だ。
暗かったステージに、バンッとピンスポが当たる。
そこに浮かび上がるシルエット。広いステージに、セイラたんが立っていた。
そう。
アイドル勇者・
「みんなー! 今日は来てくれてありがとー! 一緒に楽しみましょー!」
わぁっと歓声が会場に響き渡った。
今まで立ってきたどのステージより、広い会場。
しかしセイラたんは、臆することなく全力でパフォーマンスをしていた。
大きくなって、立派になって。
そして何より、私は今、この場に立っている。
セイラたんと同じ空気吸ってる。
そう思ったらもうダメだった。
現地ハイである。
後方腕組彼氏面地蔵観戦の予定が、気づくと全力で腕を振って彼女にコールを返していた。
ああ、ここに来られて本当に良かった。
きっと会場の誰もがそう思っていた。
はじけるような笑顔で歌うセイラたんを見て……きっと彼女も、そう思ってくれているだろうことを確信する。
やっぱりセイラたんは、アイドルになるべくして生まれた美少女。
その素晴らしい一挙手一投足、奇跡の一瞬を見逃すまいと目を皿のようにしながら、私はまた腕を振り上げた。
最新曲から、シングルメドレー。
そのあとはバラードのコーナーがあって、いよいよライブも最終盤。
迎えたアンコールの、3曲目。このライブの本当に最後の曲が始まった。
セイラたんのデビュー曲、「Say,らーぶ?」だ。
イントロからもう泣いていた。ていうか曲前のMC……いや、バラードのときからずっと泣いていた。
アンコールも泣きながら叫んだ。枯れ果てるんじゃないかと言うくらい泣いているが、それでも涙が止まらない。
全てはこの曲から始まったのだ。
今までの出来事が走馬灯のように頭を駆け巡る。
泣きながら、涙でぼろぼろになりながら、セイラたんの「Say!!」に対して「ラーブ!」と返す。
これは愛だ。
私からセイラたんへの気持ちだ。
セイラたんというアイドルからたくさんのものを貰った私が、唯一彼女に返せるものだ。
間奏の間、会場中に手を振っていたセイラたんが、ふとこちらを見た。
いや、ここは2階席だ。しかもどちらかというと後ろの方だ。
見えるはずがない。
だが、セイラたんは。
そっと胸の前で手を組むと瞳を閉じた。
その瞬間、私は分かってしまった。
これは、固定ファンサだ。
彼女は
夢でも幻でもなかった。
彼女は私を、認知していた。
「Say!!」
彼女が私にマイクを向ける。ステージライトに反射して、汗がきらきらと光っていた。
私は全身全霊で叫ぶ。
「ラーブ!!」
セイラたんはにかーっと嬉しそうに笑って、私に……そして会場中に響き渡る、大きな声で言った。
「ありがと――――っ!!!!!!」
こっちこそ、ありがとう。
ありがとう、セイラたん。
生まれてきてくれてありがとう。
出会ってくれて、ありがとう。
アイドルになってくれてありがとう。
推させてくれて、ありがとう。
「あー。見つけた、女神様ー」
どこか気だるげな、間延びした声が響く。
「もーひどいですよぉ。女神、全然楽しくないじゃないですかぁ」
慌てて周りを見回すが、周囲の人間は皆ステージに夢中で、誰も私に話しかけてはいない。
しかし、声は止まらなかった。まるで私の脳内に、直接話しかけているようだ。
そしてその声と脱力系の話し方に、覚えがあった。
「あたし、女神向いてないって分かりましたー。やっぱり、魔法使いとかがいいですねー」
「いや」
「だから、代わってくださーい」
ぐるん。
視界が回る。目を開けていられなくなって、ぎゅっと瞼を閉じる。
目を開けると、見慣れた女神の間にぺたりと座り込んでいた。
「は!? え!?」
勢いよく周囲を見回す私に、何者かが一歩、歩み寄って来る。
「女神、返しますねー」
言葉と共に、私の衣服が白いゆったりとしたワンピースに戻る。
ライブTは後で買ったので、ワンピースの上からTシャツを羽織った状態だ。
顔を上げると、セーラー服の上に黒いローブを羽織った……えーと。そう。確か……山田。山田さんが手足を余らせて、気だるそうに立っていた。
「や、山田さん? 今の、なに? え? ど、どうやって?」
「どうって……えいやーって」
「えいやー?」
山田さんが不思議そうに首を傾げた。
「女神様をここに転送して、あたしと
「そんなこと出来るの!?」
「えー? みんな出来ると思いますけどー」
出来ないから驚いているんですが????
私はおろか、前任の女神だってそんなことできなかったはずだ。
でなければ、あいつだってこの女神の間で何年も何十年も腐っていたわけがない。
「女神、すっっごい暇でー、つまんなくてー。あたし、適性ないみたいですー」
「いや、あるよ! めっちゃあるよ!」
少なくとも私が出会った人間の中で最も女神適性がある。
夢の中以外で異世界に干渉して、あまつさえその人間と自分を入れ替えるなんて芸当、適性なくしてできるものか。
「じゃー、あたし、魔法使いになってきますからー。それではー」
ぽーんと飛び跳ねて、山田さんは止める間もなく異世界への扉をくぐっていった。
ぽつんと一人、女神の間に取り残される。
あの子、只者ではない。放っておいたら魔王にでもなるんじゃなかろうか。
地べたに座ったまま、頭上に広がるディスプレイを見上げる。
セイラたんが手を振りながら、舞台袖に捌けていくところだった。
はぁ。終わってしまった。
最後だけ尻切れトンボになってしまったが、それでも現地で見られて良かった。
目を閉じると、豪華6.2.4chサラウンドで聞こえる現地のざわめきが私を包みこむ。
今もまだ現地の熱気の中にいるようだった。
「セイラー! サイコー!」
「セイラちゃん、ありがとー!!」
歓声に当てられて、私も叫び出したい気分になる。
推してて良かった。
好きで良かった。
無性にカラオケに行きたい。ライブのセトリ順に歌って泣きたい。
オタクと酒が飲みたい。枝豆とどて煮を肴に、うっすいハイボールでクダを巻きたい。
余韻に浸りながらディスプレイを眺めていると、オタクたちの声が耳に入った。
「いやー最高でしたな、セイラてゃ」
「セカンドライブも楽しみですな!」
ん?
セカンドライブ?
喧騒の中で聞こえた単語に、がばっと顔を上げる。
モニターの視点を切り替えると、会場出口で配られているチラシを見ることができた。
――2ndライブ、翌年3月開催決定!――
――国立競技場にて2days公演!――
セカ ンド ライ ブ????
はああああ!!!!????
私は立ち上がる。
聞いていない。製作総指揮の私が何も聞いていない。
おそらく私の度肝を抜こうとした風来坊がおかみさんあたりを巻き込んで、大臣に取り付けたのだろう。
世を捨てていないメンバーはそのあたりの嗅覚が凄まじい。
そしてその思惑は見事に大成功していた。度肝という部位が私にあったなら、間違いなく抜かれてしまっただろう。
いや、待て、それよりセカンドライブだ。
セカンドライブ、行きたいが?
は?
行きたいが??
行きたい!!!!!!!!
行かないとか無い、やってない。
2daysとか両日行く。全通する。
1日目終わりにオタクとカラオケして酒飲む。
そんで次の日朝早くから物販に並んで、物販が終わったらホテルに戻って、温泉入って。チェックアウトまでのんびりしてから、ライブに挑むのだ。
最高。
最高でしかない。むしろ最高超えてる。
何としてでも生贄を見つけて、女神を代わってもらわなくては。
そうだ、生贄を探している間にカラオケも作ろう。
会場近くにホテルも建てたいし、温泉も作りたい。やりたいことは山積みだ。
私はぐっと拳を握りしめ、リストバンドを嵌めた腕を高く振り上げた。
待ってて、セイラたん! 絶対楽しいセカンドライブにしようね!
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