第13話 転生女神と山田さん

 無精ひげに飲んだくれ、おかみさんと風来坊、そしてセイラたん。彼らはそれぞれ私の指示だけでなく、自分たちでも出来ることを検討して進めてくれていた。


 すべては、セイラたんのファーストライブを成功させるために。


 セイラたんのファーストライブに向けて、私には他にやらなければならないことがあった。


 目下、私があちらの世界に干渉できるのは「夢の中」だけだ。

 このままでは、セイラたんのファーストライブを現地で見ることが出来ない。


 いつもと同じように、モニター越しに眺めるだけだ。

 画質もいいし、音質もいい。カメラワークも思いのままだ。

 だが、そう言う問題ではないのである。


 客席の空気感。開演を待つどきどき。

 暗がりに浮かび上がるステージ、鼓膜どころか身体まで揺らすような爆音。

 目を凝らして、一秒一瞬たりとも逃すまいと、息をするのも忘れてステージを見つめるあの時間。

 推しの人差し指の先にいるのが、自分であるという錯覚。


 私が欲しいのは、私が味わいたいのは、そういうものだ。

 平たく言えば、現地の空気が吸いたいのだ。


 果たして、私はモニター越しで満足できるのか?

 推しのファーストライブを、茶の間で応援するだけでいいのか?

 肉眼で見なくていいのか?


 否。

 答えは否である。


 こればっかりは、外注というわけには行かない。

 誰かに代わりに見てもらっても意味がないのだ。


 この部屋から出られない女神があちらの世界に行く方法を、私は1つだけ知っていた。

 私が前任の女神にしたように。あるいは、前任の女神が私にしたように。

 女神のほうを、誰かに代わってもらえばいいのだ。


 製作総指揮として必要な準備をあらかた終えたときには、すでにライブは3日後に迫っていた。

 私は決めた。次にこの女神の間に現れた転生者に、女神のジョブを押し付けると。


 AIが普及すれば真っ先になくなる簡単なお仕事だ。誰がなったとて問題あるまい。

 どんなジョブに転生しても能力値は結局のところ転生者依存。弄れるのは運程度。

 もしこの世界の平和を脅かすような転生者が現れたとしたら、それはもう、そのときだ。

 女神が誰であっても、それこそ私が女神でも、どうすることもできない。


 今か今かと待ちわびているうちに、2日が経った。

 すっかり見慣れた女神の間に、鐘の音が鳴る。聞き飽きたはずの音が、今日は福音に思えた。


 女神の間に現れたのは、セーラー服に身を包んだ女の子だった。

 黒髪のショートボブに、眉上の前髪。野暮ったくない、おしゃれな感じの黒縁の眼鏡。

 短いスカートから覗く膝小僧と、紺のハイソックス。


 セイラたんを見る前だったら「可愛い子だな」と思ったかもしれない。

 地味だが原石系というか、磨けば光りそうな顔立ちだ。

 小柄な割に長い手足を余らせて、気だるげに立っている姿はなんとも雰囲気がある。


「あなた、名前は?」


 問い掛けた私に、彼女は特に驚いた風もなく答えた。


「山田ですけど」

「山田さん。左右対称でいいお名前ですね。さて残念ですがあなたは亡くなりました」

「マジかー」


 私の言葉に、彼女は目を丸くした。だが、それだけだった。

 特段それ以上のリアクションをする気がないらしいので、話を続けさせてもらう。


「マジです。ですがご安心ください、あなたには厳正なる抽選の結果、異世界行きのチケットがご用意されました」

「おー、異世界。なんかすごそー」


 ここに来て、何だか変わった子を引き当ててしまったかもしれない、と思った。

 気の抜けた反応はもちろんのこと、感情の起伏が妙に少ない。


 それとも、明るく素直で元気いっぱい一生懸命なセイラたんが稀有なだけで、昨今の若者は皆これくらい脱力系なのだろうか。


「ええ、すごいですね。そして普段であれば、この女神の間で好きなジョブを選んで転生していただくの、でーすーが……」

「?」

「今日は、期間限定の特別な職業ジョブのご案内があります」

「特別な職業ジョブ?」

「そう。それは女神です」


 両手を広げて高らかに宣言する。山田さんは「おー」とか言いながらぱちぱち拍手をしていた。

 絶対によく分かっていない顔をしている。


「時に勇者を導き、時に魔王の侵攻を防ぎ。またあるときは新たな職業ジョブやスキルの開発を行う。それが女神です」

「新しい職業ジョブ? スキル? へー、楽しそうかもー」

「そうでしょう! 今ならこの部屋の全機材もマニュアルもついてきます! お得ですよ! 先着一名様限定です! いかがでしょう?」


 「期間限定」、「お得」、「先着」という射幸心を煽る言葉を並べ立てると、どこかふわふわしている山田さんにも響いたようだった。

 よかった、絶食系じゃなくて。


「えー、じゃあ、やってみようかなー」

「ありがとうございます!」


 そう言ってくれた山田さんの手を握ってぶんぶんと振る。


 そしていつか前任の女神がしたように腕を振ると、山田さんの服が見慣れ倒した白のゆったりとしたものに変わる。

 眼鏡の主張が激しくて、似合っているかと聞かれると微妙だが、私だって別に似合っていなかったし、いいだろう。

 

 私の服装は、異世界のごく普通の街人らしいセットアップに、黒いローブだ。

 フードを被ると、いつも転生者を見送るだけだった扉に勢いよく飛び込む。


「では私はあなたの代わりに異世界に行って来ますので! マニュアルは机の上です。それではよい女神ライフを! アデュー!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る