第12話 ファーストライブ ゲネプロ(2)

 出来上がった魔法ペンライトはチケットをもぎる際に一人一本配布することにした。

 ペンライト以外にも、Tシャツやタオルは当然として、法被、うちわあたりもライブグッズとして販売したいところだ。


 おかみさんに話を持って行くと、CDと一緒に売ってもらえることになった。

 ライブのチケットは完売していたし、CDの売れ行きが想定よりもずっと良かったので、あまり売れる見込みがないような余剰の品でも、多少なら置いてやってもいいとのことだ。


 ライブイベントというものがまったく初めて行われるこの世界では、現代日本のようにライブに行く人は物販でライブグッズを買って身に付けるものだ、という考えも浸透していない。

 いや、現代日本でだって全員が全員物販に並ぶかと言うとそうでもないのだが……やっぱり記念品という意味でも、ついつい購買意欲をそそられてしまう人も多いだろう。


 あと、ライブグッズを身に付けているのといないのとでは、何となくテンションが違う。

 あれはある種ユニフォームのようなものだ。装備品だ。

 何もないと「こんな装備で大丈夫か?」となってしまう。

 逆にTシャツを着てタオルを首にかけて、という装備をすると「ライブに挑むぞ」という心の準備が整うのである。


 私がそれらに思い入れがあるらしいことを察して、少数ロットで儲けも少ないだろうに生産・販売に協力してくれたおかみさんには頭が上がらない。

 たぶん無精ひげも飲んだくれもおかみさんには頭が上がらないと思う。

 2人はおかみさんとセイラたんによって大幅に生活習慣を改善されていた。


「アンタさぁ」


 試作品のリストバンドを使って首にかけたタオルを留めてはしゃいでいる私に、おかみさんが呼びかけた。


「ずっと一人で、こんなとこにいて。寂しくないのかい?」

「え? ……ええ。以前は、退屈でしたけど」


 こんなとこ、というのはこの真っ白な夢の世界のことだろう。

 私は常にここにいるわけではないけれど、女神の間も殺風景っぷりは似たようなものかもしれない。

 超巨大ディスプレイを除けば。


 一人で過ごすのは退屈だし、地獄だと思ったこともあったが……今は違う。


「今はとても充実していますから! ごと、楽しいですよ!」

「ああ、そう」


 仕事中毒はお互い様だね、とおかみさんは苦笑いした。



 ◇ ◇ ◇



 ライブグッズは、商会販売を行うのとは別に、当日風来坊が会場内を売り歩くことになった。

 何でも「会場で誰かが持ってるのを見たら、欲しくなるのが人情でしょう」ということだ。その心理は分かる気がする。


 買う気がなかったものでもついつい手が伸びてしまうのが現地マジックだ。

 あと、アンコールで推しが着いてたりするとTシャツとかリストバンドも無性に欲しくなってしまう。

 これはもう仕方がない。


 そこにこの男の胡散臭くも購買意欲をそそる口上が乗っかれば、予想以上に売れてしまうかもしれない。

 香具師の本領発揮というところか。


 ちなみにチケットの転売にも目を付けたようだったのでそれは断固としてやめさせた。

 チケットの高額転売、ダメ。絶対。


 こういうやつがいるから私のような善良かつ熱烈なファンがチケットを取れなくなったりするのである。

 女神として、この世界では何としてでもそんな悲しいことが起きないようにしたい。

 転売ヤーが泣いて謝るまで夢枕に立つ覚悟は出来ている。


 競技場特需の時もそうだったが、世捨て人のようなフリをしてそういうところは妙に鼻が利くので油断ならない。


「あっしはどーも、あんたが女神だとは思えなくてね」


 散々っぱら高額転売は悪いことだと言い聞かせる私に、くつくつと笑いながら風来坊が言った。


「だって普通の人間となんら変わりゃしないじゃないですか」

「普通の人間はお告げに出てこないかと」


 鋭い。

 実際のところ私はただの人間である。たまたま、職業ジョブが女神なだけで。

 じっとこちらを見る風来坊から視線を逸らすと、彼は意味深に言った。


「このままだとあんた……ああ、女難の相と男難の相が出てますよ」

「両性に!?」


 何の開運グッズを売りつけるつもりですかと詰め寄る私に、風来坊はまたにやりと口角を上げた。



 ◇ ◇ ◇



 いよいよライブが近づいてきた。

 ゲネプロの様子を眺めていると、もうすぐ本番なんだなぁと実感が湧いてくる。


 セイラたんのパフォーマンスは素晴らしいの一言だった。

 歌や踊りのパフォーマンスもさることながら、ただでさえでも絶世の美少女だったその見た目も、近頃さらに磨きがかかっているような気がしている。

 ふとしたとき無精ひげや飲んだくれに見せる笑顔が眩しいし、真剣にレッスンに取り組むときの汗も美しい。


 しかしそれだけではない。

 何と言ったらいいのだろうか。垢抜けたと言うか、綺麗になったと言うか。いや確かに季節は移ろったけれども。


 デビュー直後の可愛いけれどもちょっと野暮ったかった子が、売れるにつれてどんどん綺麗になっていくのを見守っていくのは、古参オタクの醍醐味でもある。

 それと同時に仄かな寂しさも覚えたりする。大きくなったね、セイラたん。


 そういった変化を目にして、恋愛しているんじゃないかと邪推するオタクも多いが、私はそればかりではないと思っていた。


 人は愛されることで綺麗になる。

 アイドルというのは、愛されるのが仕事だ。

 ファンからの愛情を一身に受け続けて、綺麗にならないわけがないのだ。


 ……まぁ、結構な割合で恋人が出来て垢抜けるというパターンも実在するのは事実だが。


 ちなみに私は推しが結婚するのはOK系のオタクなので、セイラたんにもその辺りは自由にしてもらいたい。

 推しの幸せは私の幸せ、それはもう祝福するに決まっている。


 ……いや、泣くけど。三日くらいは仕事休むけど。

 でも、推しの幸せを喜べる自分でいたい。


「こんばんは、あなたの女神――」

「あのね、女神様」


 その日の夜、セイラたんは寝る前に手を組んで祈る姿勢を取っていた。

 何か用だろうかと彼女の夢に降り立った私に、セイラたんはどこか真剣な表情で、食い気味に切り出した。


 ぎゅっと小さな拳を握りしめて、私を見つめるセイラたん。

 色素の薄いきらきらした瞳に、私が映っていた。


 本当に綺麗な瞳だ。純度1000%の綺麗な瞳だ。

 どうか大人の汚い面など見ないでその綺麗な瞳のまま大きくなってほしい。でも、ゆっくりでいいからね。


「わたし、頑張りますから……どうか、見ていてください」

「ええ、もちろん」


 セイラたんの言葉に、私は力強く頷いた。


 どうもセイラたんも、ライブが終わったら私が消えてしまうとでも思っているらしい。

 私はライブの妖精か何かなのだろうか。そんなことを言った覚えは一ミリもないのだけれど。


「見ていますよ。ずっと、ずっと。今までも、これからも」

「……はいっ!!」


 花が綻ぶように笑ったセイラたんの笑顔からしか摂取できない栄養素をふんだんに得ながら、私もにっこりと笑い返した。

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