第11話 ファーストライブ ゲネプロ(1)

 国立競技場の建設はあれよあれよという間に進んでいった。


 国立競技場特需で、商会のおかみさんや風来坊は本業の方でも忙しそうにしていた。経済が回っている。

 世捨て人の無精ひげと吟遊詩人は変わらず暇そうだった。

 風来坊より世間から浮いている。


 そして競技場竣工の目処が立ったところで、セイラたんに公演の打診があった。

 大臣はきちんと女神のお告げに従ってくれたようだ。


 まぁ、従ってくれなかったら従うまで夢枕に立ち続けるつもりだったのだけれど。

 枕と布団叩きを持参して「さっさと建ーてーろー!」とかやるつもり満々だった。


 セイラたんはそれまで以上に熱心にレッスンに打ち込んでいる。

 見るたびにクオリティが上がるそのパフォーマンスに、私は涙を禁じえなかった。


 一生懸命頑張っている美少女ほど尊いものはない。尊いものランキング堂々の15週連続一位である。

 きっとセイラたんのステージを見れば、全人類が魅了され、全米が泣くだろう。


 ステージのほうは心配ない。私は裏方の仕事に注力することにした。



 ◇ ◇ ◇



 セットリストやステージ構成は、飲んだくれと喧々諤々やりながら決めていった。

 デビュー曲を最初に持って来るかアンコールに持って来るかであわや殴り合い一歩手前と言うところまで行ったが、セイラたんが止めに入ってくれたので何とか血を見ずに済んだ。


 この後アルバムを作ろうと思っているのだが、その曲順でも揉めそうな気がしてならない。

 もういっそセイラたんに決めてもらおうか。

 セイラたんが決めたものならどんな順番でも心から受け入れられる気がする。


 照明や音響については、競技場の建設にも関わった技師を雇い入れ、飲んだくれから彼らに綿密な指示出しを行ってもらった。

 曲に対する思い入れがあるのは勿論、もとがストーリー性を重視する吟遊詩人だけあって、ステージ構成にもこだわりがあるらしい。


 魔法を利用した仕組みになっているおかげで、現代日本の舞台装置となんら遜色ない仕上がりだ。

 奈落からのポップアップ、ステージ上のセリ。ピンスポにスモークを焚いた演出。

 これらがあるだけで、一段とライブらしくなってきた。


 奈落はオペラがあるのでこの世界にももとからあったようだが、ポップアップは見たことがないとのことだった。

 あれは実は現代日本でも人力なので導入するのは簡単だ。


 勢いよく飛び出すことに何の意味があるのかと首を傾げられたが、私の一存で押し通した。

 ステージにぽんと飛び出て来るところが良いのだ。

 あのわくわくとドキドキ感は、ゆっくり上がってくるのでは生み出せない。


 ド派手なオーバーチャーを大画面に投影したり、天井からブランコで降りてきたり、火柱を上げてみたり、レーザーをバチバチに焚いたりするのもやってみたいとは思ったが、今回はファーストライブ。

 まずはセイラたんのステージをしっかりと見てもらうことが肝要である。

 そのあたりの特効は、次の機会のお楽しみにしよう。


「あの、女神さま」


 やっと完成したセトリと進行表を眺めて鼻歌を歌う私に、飲んだくれが呼びかけた。


「今回のイベントが終わっても……また、会えますよね?」

「ええ。もちろん」


 何故そんなことを聞くのだろうか。

 ライブは確かに目標ではあるが、ゴールではない。

 飲んだくれが作った曲だって、今回のライブだけでは披露しきれないほどあると言うのに。


「新曲の相談もありますからね! そろそろアルバムを出したいところですし!」

「そうですね」

 

 私が拳を握りしめると、飲んだくれも楽しげに笑った。



 ◇ ◇ ◇



 ステージの準備は整った。次は観客側の準備だ。


 アイドルのライブとくれば、やはり光る棒は欠かせない。

 光る棒については無精ひげに化学物質――調べたところによると、シュウ酸エステルと過酸化水素を混ぜて発光させる仕組みらしい。そんなことは知らずにポキポキしていた――を使ったケミカルライトについて提案したが、その反応は芳しくなかった。


 そもそも前世のように薄いガラスを作る技術がないし、中のガラス容器を割るためには折り曲げる必要があるが、その際に外側の容器が割れてしまうようでは意味がない。

 魔法で光らせるほうが手っ取り早いのに、何故わざわざ化学物質など使うのか意味が分からない、ということだった。

 言われてみればそれもそうである。


 魔法鉱石を使ったトーチのようなものはすでに一般に広く利用されているとのことで、CD生産の片手間に、それの形状を整えていわゆるペンライトのような形のものを作ってくれた。

 しかもただ光るだけでなく、親機となるライトに魔力を流して色を変えると他のライトの色も連動して変わるという優れものだ。


 親機の効果が届く範囲に限りがあるものの、会場の数箇所に設置すれば十分とのことで、それならば座席に誘導するために配置するスタッフに持たせておけばクリアできる。


 初めて扱う機器に戸惑って、色を変えようとしているうちにステージ上のパフォーマンスを見逃してしまう、などという悲劇を起こさないためにも、運営側で制御できるというのはメリットだろう。

 前の席のオタクがオレンジの高輝度ケミカルライトを頭上でグルグルぶん回すせいでステージが見えない、という事態も防げて一石二鳥だ。



 全体制御のペンライトとは、一足飛びに近代的になってきた。


「あのよ」


 試作品のペンライトを手に機嫌よく応援の練習をする私に、無精ひげが話しかけてきた。


「この、ライブだっけ? それが終わっても、また来るか?」

「ええ。もちろん」


 何を当然のことを言うのだろう。

 飲んだくれも似たようなことを言っていたが、せっかく唆した魔法使いをそんなに簡単に逃がすと思っているのだろうか。


「あなたに開発を頼みたいものは、まだまだたくさんありますからね!」

「……そうか」


 満足げに笑う無精ひげに、私はそうですともと頷いた。

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