第10話 転生女神と文部大臣

 さて。

 曲も出来た。CDも出来た。セイラたんのファンも順調に増えている。

 作詞家も確保して、新曲もどんどんリリースしている。


 さすがは口から生まれた風来坊、言葉選びも語彙力も、私とセイラたんが束になっても敵わない。

 あっという間にリズムと曲調、テーマに合わせた「正解」を叩き出し、しかもそれが何となく耳に残って、ついつい真似したくなってしまうフレーズなのだから恐れ入る。


 詞も曲も、そしてもちろんセイラたんも素晴らしいとあって、CDは私の想像した以上に売れていた。

 娯楽の少ない庶民にとって、好きな時に音楽が聞けるというのは思った以上に需要があったらしい。


 街中の風景を流し見ているだけでセイラたんの曲を流している家が何軒もあるし、子どもたちもみなセイラたんの曲を歌っていた。

 その広がりはおかみさんも驚くほどで、もはや一大ムーブメントといえるだろう。


 曲がヒットした。

 次にすべきは、そう。

 ライブイベントだ。


 アイドルの場合コンサートと呼ぶことが多いのだろうが、私のいたジャンルでは「ライブ」という呼び方が使われていたので、ここでも準拠する。


 現在セイラたんは近場の街の広場などをめぐり、インストアイベントや握手会などのちょっとしたイベントをやっている状態だが、広場に入りきらないほどの人が詰めかけるようになっていた。

 そろそろ、大きな箱でのライブに踏み切ってもいい頃だろう。


 現在のセイラたんの人気なら、小規模のシアタークラスの会場なら十分埋められると予想していた。

 舞浜とか、赤坂とか、梅田とか。あのくらい。


 しかし困ったことに、この国には適度な大きさの競技場やイベントホールといったものが存在しなかった。

 異世界なんだしコロシアムくらいあるんじゃないかと思ったが、アングラ的な設備しかないらしい。

 キャパも入って数百程度と心もとなかった。


 ないならどうするか。

 作るのだ。


 しかし私には作れない。

 ではどうするか。


 外注アウトソーシングだ。


 もうここまで来ると様式美である。

 一番手っ取り早く物事を進められる方法を思案しながら、私は異世界住基ネットにアクセスした。



 ◇ ◇ ◇



「ますか……聞こえますか……」

「あ、貴方は……?」

「私は国立競技場の女神です」

「国立競技場の女神!?」


 女神力53万越え間違いなしのポージングを決めながら、私は真っ白な世界にふわりと浮かび上がった。


 目の前にいるのは、ちょび髭をはやした中年の男。

 誰あろうこの男が、セイラたちの暮らす国の文化省の長、文部大臣だ。


 手っ取り早い方法を選ぼうと思った時に思いついたのが、一番偉い人を唆す、というものだったのである。


「そ、そんなピンポイントな女神様が……?」

「います。女神はいつもあなたのそばに」


 適当なことを言いながら、私は片手を胸に当てて神妙そうに頷いて見せる。

 大臣は目をぱちくりさせながら私を見上げていた。


「この国、国立競技場がありませんね」

「え? え、ええ……国の財政も安定してまいりましたので、そろそろそういった施設があっても良いかとは思っておりますが……」


 そう。大臣がそのように考えていることは、異世界住基ネットで調査済みだ。

 今までの面々のように、やろうとも思っていないことをさせるわけではない。

 後はその背中を押して……否、蹴とばして、実行の時期を早めてやるだけ。


 そのくらいなら、取り立てて作戦などなくても……そして大した威光のない女神のお告げであっても、勝機はある。

 私は息せき切って大臣に詰め寄る。


「では作りましょう、今すぐ作りましょう」

「今すぐ!?」

「明日やろうは馬鹿野郎です!」

「!」


 それらしいことを言った私に、大臣は何やら感銘を受けたようだった。

 今日から私の座右の銘にしよう。今決めた。


「さもなくばこの国に災いが訪れるかもしれません」

「わ、災い!?」

「しかし、直ちに国際競技場を作り……そのこけら落としに『セイラ』という少女……もとい美少女アイドル勇者の公演を行えば、この国は繁栄することでしょう。未来永劫……」

「み、未来永劫……」


 私の言葉をぼんやりとした様子で繰り返す大臣に鷹揚に頷いて見せると、ばさりと袖を振って夢の世界を後にする。


 ミステリアスな女神的演出がことのほか効果的だったようで、大臣は祈るようなポーズでそこに跪いていた。

 今まで会ったメンバーは、夢に私が出たくらいでは神秘性を感じてくれなかったので、新鮮である。

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