第7話 転生女神と商会のおかみさん

「ますか……聞こえますか……」

「あ、アンタは……?」

「私は商売繁盛の女神です」

「商売繁盛の女神ぃ!?」


 今世紀最大に女神みの溢れるポージングを決めながら、私は真っ白な世界に登場した。


 目の前には、いかにも「おかみさん」と言った風情の女性が尻餅をついている。

 年のころは40代くらい。茶髪の巻き毛をひっつめにして、瞳の色は緑色だった。

 ほっかむりにエプロン姿で、ふっくらふくよかな身体つきをしている。


「本日は、新しい商材をお探しのアナタにうってつけのものをお持ちしました」

「な、なんだい、藪から棒に」


 目を丸く見開いてこちらを見上げているおかみさんに、私は必要以上に高らかに宣言する。


「本日ご紹介するのはこちら! じゃじゃん! 魔法CDです!」


 効果音付きで服の袂から魔法CD(量産型バージョン)を取り出した。

 量産型バージョンは最初の試作品よりもいくぶん厚みがある。缶詰の輪切りパイナップルのような見た目だ。


 元が石である上に、プラスチックのCDケースの作成は断念したので紙ジャケットでの販売になる。

 あまり薄くすると割れやすくなって運搬の際にロスが出てしまうので、この形で妥協した。

 文字通り「円盤」と言った風情である。


「魔法、しーでぃー?」

「なんとこちらの商品、これひとつで音楽が聴けてしまうという優れものなのです!」

「音楽ぅ?」


 おかみさんの手にCDを手渡す。コツコツ指で突いて材質を確認したり、穴を覗きこんだりしていた。

 穴が開いてると覗きたくなるよね。分かる。

 手を差し出してCDを返してもらい、魔力を注ぎ込んだ。


「この円盤に微量の魔力を流すだけで、このとおり!」

「な、なんだいこれは!」


 流れ出した音楽に、おかみさんが目を瞠る。

 再びCDを手に取ると、自分で魔力を流してその性能を確認する。

 ちなみに流れる音楽は飲んだくれの仮歌入りのセイラたんのデビュー曲だ。

 何度聞いても最高の出来である。


 しばらく黙っていたおかみさんが、こちらを見て感心したような声を出した。


「こんな面白い技術、珍しい物好きのお貴族様ならすぐに飛びつくよ」

「いいえ、奥様。これはあくまで庶民に向けた商品です。庶民が、多くの人間が、大衆が手に取れる価格で提供していただかなければなりません」

「どうして」

「時代は継続性です。奥様」

「継続性?」

「持続可能な経済活動が求められています。SDGsです。サステイナブルです」

「さ、さす……?」


 サステイナブルは通じないらしい。

 私も明確に説明できるかと聞かれるとだいぶ、いやかなり怪しいが……もしかして無精ひげあたりの学がある人間相手なら通じるのだろうか。


「珍しい品をお貴族様相手に高値で売りつけて、どーんと稼いで。それは商人のロマンでしょう。しかし、それが後に続くでしょうか。答えは否です。一発は所詮一発。連発できないからこその一発です。資金もアイデアも、無限に枯渇しないならそれでいいでしょう。しかし現実はどうです? 『次は当たるはず』と言ってお金を借りに来る商人を何人見てきました? いずれあなたがそちら側に回らないと言う保障は?」


 私の言葉を、おかみさんは黙って聞いていた。

 先ほどよりも真剣な、値踏みするような目でこちらを見ている。私は女神らしく堂々と、高らかに語り続ける。


「最初は物珍しさにお金を払う人もいるでしょう。しかし、ターゲットはそこではありません。何故ならそれでは長続きしないから。では、どうすれば持続可能な経済活動となるのか。技術ではなく中身に目を向けさせればよいのです。私はこのCDの中身に価値を感じる人にこそ、手に取っていただきたいのです。売りたいのは魔法道具ではありません。その中身なのです」


 流れるセイラたんの曲に耳を澄ます。

 爽やかで明るくポップなメロディーラインが耳に馴染む。


 ここでコール&レスポンスを入れたら最高だろうな。

 そう、Cメロで一気に音数が減って、そこから大盛り上がりのラスサビに繋がるこの様式美、本当によく分かっている。

 正真正銘会心の出来である。作った人の口座に直にお金を振り込みたくなるくらいだ。


 乗っている歌声が飲んだくれの酒灼け声でさえなければ。


「本だってそうでしょう。紙とインクの集まりにあれほどの金を払いますか? いいえ、いいえ。我々はその中身に、書かれていることに、知識に、物語にお金を払っているのです。以前は紙もインクも高価でした。それこそ貴族にしか手の届かないものでした。しかし今はどうでしょう。庶民だって貸本屋で本を借りることが出来ます。新品は高くとも、古本屋で本を買うことが出来ます。では何故購入するのか、何故読むのか。それは紙とインクの塊ではなく、本の中身が我々にとって必要だからです」


 おかみさんの表情を窺う。ふっくらした頬の奥の瞳が、こちらを探るような色をしていた。

 一見して人の良さそうな顔つきだが、その目の奥に宿る光は「人の良さ」だけで説明できるようなものではない。

 商品を見る目だ。商材を探す目だ。野心に満ちた目だ。


「これも同じです。人々はCDの中身を必要とするでしょう。生活に欠かせないものとなるでしょう。それこそが文化です。それこそが文明です。脈々と続いてきたあなたたち人の子の営みです」


 CDの生産と販路の獲得という意味では、もっと大きな商会はたくさんあった。

 老舗の、安定して全国展開しているような商会のブレーンを懐柔できれば、簡単に事が運んだかもしれない。


 だが私は彼女を選んだ。その理由がこれだ。

 それほど大規模ではないからこそ、隅々にまで目が届く。

 まだ本人が、現在の市場を間近に肌で感じ、自らが勝負をしている商売人なのだ。


 老舗の大手商会ほどの蓄えも後ろ盾もない。1つのミスであっという間に転落する恐れがある。

 その時に失うのは、自分やその家族の生活だけにとどまらない。

 彼女の肩には、一代で築き上げてきた商会の、数十ではきかない職員たちの暮らしが載っている。


 だからこそ、上を望むはずだ。だからこそ、迷うはずだ。

 そこが私の見出した「付け入る隙」だった。


 新しい商売、ローリスクハイリターン、そして継続性。

 それをニンジンにして、私は彼女を走らせてみせる。


「ヒトモノカネの時代はいずれヒトコトカネの時代へと変わっていくでしょう。目に見えるものだけが商品足りうるのではない。目に見えないものに価値を付加することこそが、商いの本質です。それを証明するような商材をあなたの商会がいち早く扱う。どうですか? 一発当てる以上にロマンのある話でしょう? もちろんあるのはロマンだけではありません。十分なリターンをお約束しますよ」

「ずいぶん大きなことを言う女神様だね」

「当然です。商売繁盛の女神ですから」


 胸を張って答える。

 人に物を勧めるときは、自信満々でなくてはならない。

 商売の基本だ。布教の基本だ。

 おススメです。何故なら、私が良いって思っているから。そのマインドが重要なのだ。


「これこそが持続可能な経済活動。モノに依存しないという商いの本質にさえ気づけば……あなたの元に自然と冨が集まるでしょう。未来永劫」

「未来永劫、ねぇ」


 おかみさんは呟いた。苦笑い交じりの声だった。


「御託は分かったけどさぁ。それで儲けが出るのかい?」


 腕を組んで、こちらを見上げるおかみさん。


 商売人というのはシビアなものだ。

 失うものの無かった無精ひげや、世捨て人の飲んだくれのようには簡単に懐柔されてくれないらしい。


 説得するには感情論や夢物語ではなく、あくまでビジネスの話をすべきだ。

 この話に乗れば儲かると、得であると、そう思わせなくてはならない。

 それを分かったうえで、私は彼女をターゲットに定めたのだ。


 売りたい、売り出したい。大きくしたい、一旗揚げたい。そう強く望むプロモーター。

 単なるCDの生産元や販路としてではなく、その役割を負わせることも踏まえて、私はこの人選をした。


 その選択を「正解」にできるかどうかは、私の腕の見せ所である。


「原材料は魔法鉱石の加工時に出る端材で十分ですので、普段そちらの商会で付き合いのある業者に頼めば二束三文で手に入ります。加工は女神の託宣を受けた超一流の魔法使いが行いますので品質は保証いたしますよ」

「確かに……魔法鉱石の加工工場にはいくらか伝手はあるけど」

「材料をお持ちいただければ、1枚あたりこの価格、100枚1ロットからでお請けいたしましょう」


 手に持ったフリップをおかみさんの目の前に出す。

 その数字に一度黙った彼女は、やがてゆるゆると首を振った。


「……これだと原価が高いね。こっちの儲けを乗せたら、庶民が簡単に手に入れるにはちょっと。値段を吊り上げて貴族に売るほうが儲けが出るよ」

「なるほど……」


 私はおかみさんの言葉に大仰に頷いて見せる。

 そして腕を組んでうんうん唸り、悩むような仕草をたっぷり30秒ほどお見せした後、拳を握りしめて顔を上げた。


「……分かりました! ここは赤字覚悟の大決算、女神特価でお届けしましょう!」

「女神特価!?」

「今から3日以内にこの魔法使いの工房を訪れて『女神のお告げを聞いた』とお伝えいただいたアナタだけに! なんとこの魔法CDを……特別にもう1ロットお付けして、じゃじゃん! お値段変わらず!」

「ま、まぁ!」


 通販番組もかくやというリアクションを返してくれるおかみさん。

 どうやらマダムは通販番組ごっこに巻き込まれると、この反応をしなければならないと遺伝子レベルで決まっているらしい。


「さらに! このCDは表面を削って再加工することにより、また新たな曲を上書きした魔法CDとして数回程度再利用することもできます! 在庫を抱えたとしても、僅かな加工の手間で新しい曲の入ったCDとして売ることが出来るのです! つまり、この商材は自然と資源と販売者にやさしい素材で出来ている!」


 畳みかけるようにメリットを語る。

 もともと魔法鉱石は自然のものなので、再利用することができなくても別に自然に厳しいことにはならないが……この際そんな細かいことは良いだろう。

 再利用できた方が何かとやさしいはずだ。今決めた。


「魔法鉱石も魔法道具が普及した今、生活必需品に数多く利用されています。材料供給の面から言ってもサスティナブル!」


 私の演説を聞いているのかいないのか、おかみさんはぶつぶつ言いながら何か考えているようだった。見えない算盤をはじいているのかもしれない。


 実際私は大したマージンを取るつもりもないので、魔法CDさえ売れれば破格の儲け話のはずだ。

 「売れれば」の部分は、それこそ商人の方が専門家。

 原材料も元が安いし魔法鉱石という何にでも転用できる素材である。

 売れなかったときのリスクも、他の商材と比べれば大したことはないだろう。これこそローリスクハイリターン。


 しかも女神のお墨付き。怪しみたくなるほどのうまい話だ。

 夢に現れた女神が言っていることだという、超絶に胡散臭い部分にさえ目を瞑ってくれれば。


 ……そこが一番問題な気がしてきたけど。


 彼女がダメなら、他の商会を当たるだけだが……やはり、早く見つかるに越したことはない。

 平然を装いながら、内心どうだろうと不安を抱えながら、唸る彼女を眺める。


「……とりあえず、詳しい話を聞こうか」


 永遠にも思える時間の後で、おかみさんはそう言った。

 商談における「詳しく聞かせて下さい」は、ニアリーイコールで商談成立ということだ。


「やったー!」


 思わず万歳をすると、おかみさんが目を丸くしてこちらを見ていた。慌てて咳ばらいをする。


「アンタ、変わった女神様だね……」

「いいえ。女神はみんなこうです」

「にしても、何で亭主じゃなくてアタシのところに来たんだい。商会長は亭主だよ」

「どう考えても経営の実権をお持ちなのが奥様でしたから」


 アルカイックスマイルで答えれば、おかみさんはふっと噴き出した。


「お見通しって訳か」

「女神はいつも、あなたたち人の子を見守っていますので」


 私の出まかせに、おかみさんは口を大きく開けて豪快に笑った。前任の女神を思い出した。

 そういえば、彼女も大きく口を開けて笑う女だった。

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