第6話 名刺代わりの一曲

 睡眠学習よろしく時間の許す限りJ-POPとアイドルソングを聴き漁った飲んだくれは、目が覚めると寝る間も惜しんで作曲に取り組んだ。


 無精ひげのときも思ったけれど、天才というのは皆打ち込みだすと周りが見えなくなるものなのだろうか。

 私のような凡人には分からない世界だ。

 4徹の末昏倒するように寝落ちした挙句、夢を通じて生存確認をしにいった私にまた音楽を聞かせてくれと縋りついてきたときには狂気すら感じた。


 だが、出来上がった曲は私の想像をはるかに超えるものだった。

 疾走感のあるキャッチーで爽やかなサウンド。王道のアイドルソングとでもいうべき一曲だ。


 これは、売れる。

 時代も世界も関係ない。人間を惹きつける、普遍的な魅力がぎっしりと詰めこまれていた。

 セイラたんというアイドルをあらわす看板になる名刺代わりの一曲として、100点満点だ。


 デモ音源を聞かせるため、私はすぐさまセイラたんの夢に飛んだ。


 

 ◇ ◇ ◇



「こんばんは! あなたの女神です!」

「女神様!」


 夢の中に降り立った私に、セイラたんはぱっと顔を明るくして駆け寄ってきてくれた。


「わぁ、またお会いできて嬉しいです!」


 はい神対応。女神に神対応とはこれいかに。


 会うの2回目なのにちゃんと覚えてくれてる。認知いただきました。

 推しに認知された感動で危うく昇天するかと思った。


 セイラたんからしてみれば2度目ましてだろうが、こちらはおはようからおやすみまでセイラたんを見守り続けて今日に至っているわけなのでそれどころではない。

 わぁ、生セイラたんだ。夢みたい! まぁ夢だけど。


 興奮をアルカイックスマイルの裏にねじ込み、今日もセイラたんの斜め上空5センチを見つめて話しかける。


「セイラさん。アイドル勇者としてとてもよく頑張っていますね」

「え? み、見てたんですか?」

「ええ。女神はいつでもあなたのことを見守っておりますよ」


 にっこり笑って頷く。

 なお、この場合の「いつでも」は比喩でも何でもなくリアルに24時間365日――うるう年の場合は366日――いつでもという意味である。


 違う、ストーカーじゃない。違う。

 私は守っているの。セイラたんを。何かこう、悪しきものから。

 いいね? アンダスタン?


「街の人を助けて、誰にでも分け隔てなく、何にでも一生懸命に取り組む姿。それでこそ私がアイドル勇者として見込んだ女の子です」

「そ、そうでしょうか? えへへ……」


 照れ笑いをするセイラたん。

 びっくりした、この殺風景な白い世界に春が来て桜吹雪が舞い散ったかと思ったらセイラたんが笑っただけだった。

 なんだ、ただの奇跡か。


「最近、勇者としては結構頑張っているかなって思うんです! 魔法でスライムも倒せるようになったんですよ!」

「ええ、ええ。見ていましたとも。目覚ましい成長です。あと一ヶ月も修行すればこの世界はあなたの手中に収まることでしょう」

「いえ、あの。手中に収めるつもりは……」


 ふむ。セイラたん、謙虚である。

 世界サイドもセイラたんになら手中に収められてもいいと思っていると思うのだけど。


 まぁ、セイラたんがいらないというなら無理強いするものでもないか。


「今日は勇者としてのあなたではなく、アイドルとしてのあなたのステップアップのためにきました」

「アイドルとして……?」


 セイラたんが小さく首を傾げた。

 小動物的な仕草、解釈の一致。たすかる。


「食堂で踊ったり歌ったりして、結構お客さんも喜んでくれていますけど……それよりもっと、進んだことをするってことですか?」

「イグザクトリィです」


 私は頷いた。

 セイラたんはダンスの筋はなかなか良い。だが歌の方がもうひとつと言ったところだった。


 アイドルというのは総合芸術だ。

 正直なところ、ダンスも歌もそこまでレベルが高くなくとも、セイラたんの可愛らしさとアイドル性ならば補って余りある。


 しかし、CDはビジュアル込みでの勝負ができない。

 歌だけはある程度「聞ける」仕上がりにしておかなくてはならないのだ。


 魔法CDを起動して、セイラたんにデモ音源を聞かせる。

 最初はきょとんとした表情だったが、やがてサビに差し掛かる頃には彼女の瞳はきらきらと光り輝いていた。


 アニメの表現みたいに瞳に光が満ちるなんてことが起きるのか、と、こちらまで目を見開いてしまった。

 人間じゃなくて天使だからかもしれないけど。


 きらきらと輝く瞳は一等星よりも眩しい。

 その輝きを間近に浴びているだけで、ここまでの苦労がすべて報われたような気分になる。


「すごく、素敵な曲……」

「ええ、そうでしょう」


 ぽつりと、思わず零れたという様子で呟いたセイラたんに、私は胸を張って頷いた。

 素敵に決まっている。最高に決まっている。

 だって、この曲は。


「あなたの曲ですから」

「わたしの……」


 セイラたんは頬を上気させて、嬉しそうにはにかみながら、ぎゅっと魔法CDを抱き締めた。

 何という尊みのかたまりの光景だろうか。CDになりたい。


「セイラさんには、この曲を歌いこなせるようになってもらわなくてはなりません」

「えと、はい! わたし、頑張ります!」


 ぎゅっと両手で拳を作って見せるセイラたん。

 可愛い女の子の「絶対大丈夫だよ」と「頑張ります!」は最高だと相場が決まっている。


 天に召されないよう踏ん張りながら、私は本題を切り出した。


「それではまず……ボイトレをしましょう!」

「ボイトレ!」


 セイラたんの瞳がまたきらりと光る。

 百万ドルの輝き。いや、百万石の輝きだ。


「ボイトレってあの、芸能人の人がやるやつですよね!? わ、わたしに出来るでしょうか?」

「出来ますとも。あなたのアイドル適性は女神のお墨付きです」


 自信たっぷりの私の言葉に、セイラたんはどこか真剣な面持ちで頷いてくれる。


「あなたのお世話になっている食堂に、飲んだくれの吟遊詩人を送ります」

「飲んだくれの……??」

「彼に教わってボイトレに取り組んでください。白金の肩くらいの髪に、白くてゆったりした服を着た、目が死んでいる30歳くらいの男です」

「め、目が……????」


 セイラたんは目が死んでいる人間に会ったことがないらしかった。

 現代日本の大人はそこそこの割合で眼が死んでいたが……どうかそのまま、大人の目が死んでいる理由なんて知らないで生きていってほしいと願ってやまない。


「あ、あの! 女神様!」

「はい」


 要件を済ませてふわりと浮き上がり、夢から出ていこうとする私を、セイラたんが呼び止めた。

 大きな瞳で私を見上げながら、彼女は言う。


「また、会えますか?」


 どこか不安げなセイラたんの言葉に、私は頷いた。


「もちろんです」


 一生懸命やっているが、突然異世界に来て不安なはずだ。

 2度目ましての女神であっても、前世の事情を知っている存在は多少なり、セイラたんの支えになっているのかもしれない。

 であれば、私はいつだってセイラたんを陰に日向に支えるつもりだ。


 私としてもまだまだセイラたんにやってもらわなくてはならないことが山積みだ。

 会わないという選択肢はない。私の精神的疲労の回復のためにも定期的に会いに来たい。


 手を振って見送ってくれるセイラたんに後ろ髪を引かれながら、私は無精ひげの夢に飛んだ。



 ◇ ◇ ◇



 無精ひげはすでにCDを量産するための魔法道具を完成させていた。


 魔力消費はそこそこあるようだが、腐っても魔法大学の首席。

 起きている間中稼動させ続けても、寝て起きたら回復する程度のものらしい。

 自慢げに長々話されたが、9割がた何を言っているか分からなかった。


 複数レーンが稼動できるので、材料さえあれば一日数百枚単位で量産が可能とのことだ。

 前世と比べれば生産数は圧倒的に少ないが、この世界の物流から見れば十分な量だろう。

 まさかこうも短期間で、このレベルのものが出来上がるとは思っていなかった。

 素直に賞賛すれば、照れくさそうに無精ひげを触っていた。


 さて次は、生産体制の整備だ。

 すべてを無精ひげの魔法使いには任せておけない。材料の安定供給が必要になる。

 そしてもちろん、CDは買ってもらって、ファンの手元に届けてナンボである。

 セイラたんが手売りするには限界がある。つまるところ、必要なのは販路だ。


 これについて、私はすでに異世界住基ネットを用い、目星をつけていた。

 睡眠も食事も必要のない私には、時間だけは潤沢にある。

 一時期は待ち遠しく思っていた転生者の来訪を知らせる鐘の音も、今は作業を中断させる邪魔なものだ。

 最近は「はいはーい! ちょっと待ってくださーい!」とまるで宅配便のように対応している。


 国内を手広く股にかける商会のうちでも、たたき上げの新興商会。

 私がターゲットに定めたのは、その商会長の妻だった。

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