第5話 転生女神と飲んだくれの吟遊詩人

「ますか……聞こえますか……」

「あ、貴女は……?」

「私は芸能の女神です」

「芸能の女神……?」

「あなたの祈りを込めた歌声、確かにこの女神の元に届いておりますよ」


 私至上最高に女神らしいポージングを決めながら、私は真っ白な世界に降り立った。

 目の前には例の飲んだくれ吟遊詩人が座っている。膝を崩した乙女のような座り方に少々イラッときた。


 年のころは20代後半。OL時代の私と同じくらいだ。

 透明感のある白金の髪に、金色の瞳をしている。古代ローマ人のような生成りのゆったりとした衣服を身に着けていた。女神の服と似ているかもしれない。


 年若い頃はさぞ儚げな美少年だったのだろう、と思った。今は骨格がゴリゴリの成人男性なので見る影もないが。

 彼は私を見上げていたが、やがてどこかばつの悪そうに笑った。


「女神さまかぁ……僕、特に女神さまを信仰してるわけじゃないんですけど」


 信仰心が厚いはずの吟遊詩人にまでそんなことを言われてしまった。

 前任の女神の仕事っぷりが透けて見えるようだ。

 ……まぁ、魔王を倒してこの世界を救ったのも、まぎれもなくあの女神の仕事なのだが。


「あなたの作る曲はどれも、とても素晴らしい。ポップでキャッチーでありながら、エネルギーに満ちている」

「え? あ、ありがとうございます……?」

「次世代の音楽シーンにはこういったフレッシュでグルーヴ感のあるサウンドがマストです。時代のニーズにマッチしたあなたのサウンドにはまだまだポテンシャルが眠っているはず」


 それらしい用語を並べ立てる。

 飲んだくれの吟遊詩人はぽかんとした顔をしていた。

 私はそれを気に留めず、いかにもそれらしい風を装って話し続ける。


「ただし、1つウィークポイントがあります」

「ウィーク、ポイント……」

「あなたの歌も、それはそれで素晴らしいものです。ソウルフルな歌声、ピッチを外さず、ミックスボイスを自在に使いこなすスキル。しかし、この素晴らしい二つが、見事にミスマッチ。……そう、すなわち」


 私は悲しげな表情を作って、首を横に振ってみせる。女神は嘆いて憂いてナンボである。


「あなたの曲と、歌声とが合っていないのです」


 彼自身もそれを理解しているようだった。俯いて、唇を噛んでいる。


 吟遊詩人はシンガーソングライターだ。自分で曲を作り、自分で歌う。

 彼の曲は、まだ年若い吟遊詩人の歌う詩曲とよく似ていた。

 高い声に合う、明るいメロディ。ありがちなコードをなぞることに終始し、体力もないので1曲あたりの時間が短い。


 しかし彼は普遍的なコード進行を繋ぎ合わせて、万人受けするメロディラインを生み出していた。

 そしてそれを非常に高い練度で弾きこなし、歌いこなしていた。

 まぁ当然かもしれない。彼はもう、年若くはないのだから。


 他の吟遊詩人たちは大人になるにつれ、声変わりをするにつれ、それにあわせた曲を作り、歌うようになる。

 それは最終的に情緒的で叙情的な音楽へと集約する。

 己の人生が長くなるに連れ、長く歌い長く弾く曲が多くなる。念仏の完成だ。


 だが彼は違った。若い頃に目指した音楽の最終形を、今なお追い続けているのだ。

 そしてそれは、私の求めているそれと、非常に近い形をしていた。


「だけど……僕は、僕の作りたい曲を作りたいんです」

「どんなに素晴らしい曲でも、聞かれなければ意味がありません。そうは思いませんか?」

「!」


 彼の目が見開かれる。


 そんなに驚かずとも、彼がそう考えていると推測するのは容易いことだ。

 アーティストには2種類いる。

 誰からも評価されなくとも、ただ己だけを見てその道を追い求められる者。そして、誰かに評価されることを原動力に、その道を進む者。


 そもそもからして、大多数が後者だ。評価や承認欲求とまったく無縁でいられる人間は多くない。

 まして「誰も僕の歌を聞きやしない」なんて管をまく人間が、後者でないはずがない。


「あなたがそれを一番よく理解しているのではないですか? そうでなければ、誰に聞かれることがなくとも腐ることなく曲を生み出し続けられるはずです。あなたがそうして悩んでいることこそが、その証左なのではありませんか」

「それは、……」

「考え方を変えましょう。あなたの素晴らしい曲を聴衆に届けるために、必要なことは何か。……それは、あなたの曲のよさを十二分に引き出せるアーティストとの出会いです」


 飲んだくれが私を見る。

 金色の瞳に映る私は、胡散臭いほど女神らしい仕草で両手を広げていた。


「高音域が限られた中での作曲。無理を感じていませんか? マンネリを感じていませんか?」


 白金の髪がはらりと落ちた。前任の女神を思い出した。

 そういえば、彼女も透き通るような白い髪をしていた。


「あなたにとって曲は我が子も同然でしょう。彼らが表舞台に出られないことを、もっとも悲しんでいるのはあなたのはずです。彼らを十分に輝かせることが出来ない自分に無力を感じているのはあなたのはずです。自分の子どもを粗末に扱いたい親などいません」


 言うまでもなく、出まかせだ。

 もし本当に「親」と言う存在がそんな人間ばかりだったなら、世の中はずいぶんと良いものになっていただろう。


 だけれどそんなことは、今は論じても意味がない。私は何も、正確なことを言うためにここに立っているわけではないのだから。

 私はただ、私の目的のために、ここにいる。


「もし満足のいくアーティストに出会えたなら……あなたの曲は、もっと輝くことでしょう。親は子どもを手元において庇護するだけの存在ではないはずです。時に行っておいでと背中を押して見守るのも、愛のかたちです」

「愛……」


 飲んだくれが感じ入った様子で呟く。こういう浮世離れした人種は好きに決まっている。

 愛とか、希望とかのそういう、漠然とした概念が。


「私が斡旋するアーティストに、あなたの曲を歌わせてもらえませんか。きっとたくさんの人に聞かせるとお約束します」

「でも、そんな、どうやって」


 パチンと指を鳴らす。

 空中に、無精ひげの魔法使いが作ったCDの試作品が現れた。


 指先で触れて魔力を流すと、音楽が流れ始める。

 夢の中ではこのぐらい、お茶の子さいさいだ。正しくは夢の中でだけ、だけど。


 飲んだくれは仰天した様子で、CDを手に取り矯めつ眇めつしたり自分の魔力を流したりしていた。


「こ、こんなものが!?」

「これにあなたの曲を入れて各地で売りさばきます。さらに、ここにインストゥルメンタルバージョンも入れます」

「イン、スト……?」

「歌のない、曲だけの状態です」


 インストゥルメンタルは通じなかったらしい。

 ウィークポイントは通じたらしいのに、妙な感じだ。


「そうすると、……分かりますね? 歌が入っていたものから、歌が抜かれていたら……皆、歌いたくなります」


 飲んだくれの目が開いていく。空間に満ちた光を取り込んで、きらきらと輝きだした。


「あなたの作った曲を、多くの人間が歌うのです」

「!」

「多くの人間があなたの曲の素晴らしさに気づくでしょう。きっとオファーがたくさんあります。もっとあなたがビビビっとくるアーティストを見つけられるかもしれません。この曲を歌って欲しいという人にめぐり合えるかもしれません」


 今この国では、多くの人間が歌える歌というのはほとんど存在しない。

 せいぜい童謡がいいところで、他は地域や身分によって隔絶されている。

 世代や身分を越えて誰もが口ずさむようなヒットチューンが、存在しないのだ。


 しかし、これからは違う。


「この手法が確立されれば、音楽はもっと身近なものになります。あなたも他の方の音楽を聴く機会が増えるでしょう。逆にあなたが自分の歌以上に、歌いたいと思う曲を作る人とめぐり合えるかもしれません」

「僕が、歌いたい曲……?」

「人はみな、一人では生きてゆけません。助け合って生きる。それが我々神があなたたち人の子に与えた力のはずです」


 勝手に神々を代表しておいた。

 私が与えたわけではないし単に人類が勝手にポリス的動物に進化しただけに他ならないのだろうが、神であることは事実なのだから、多少盛っても良いだろう。


「あなたの曲は歌い継がれるでしょう。あなたの歌は誰かの胸に残るでしょう。たとえあなたが死んでも、未来永劫」

「み、未来……永劫……」


 ぼんやりを呟く彼を見て、落ちたな、と思った。

 飲んだくれはばたばたと立ち上がり、私の手を握る。


「女神さま! 僕、やってみます!」

「か、感謝します、人の子よ」


 勢いに面食らいながらも、私は鷹揚に頷いた。


「それではまずはあなたに作っていただきたい曲のテイストをご理解いただくためにインプットをお願いします!」

「え?」


 私が袖から取り出したのは、MP3プレイヤーとワイヤレススピーカーだ。


「め、女神さま、何ですかそれは」

「これは女神的なデバイスなので詳細はお答えできませんが、これをこう、ぽちっとな!」


 私が再生ボタンを押すと、空間に音楽が満ちる。

 前世にいたときに大流行していたアイドルグループの曲だ。


 ちなみに推しの曲ではない。私の推しは客観的に大ヒットしたかというと少々怪しいし……どの曲も思い入れがありすぎて、聞くと秒で泣いちゃうから。


 飲んだくれは目をまん丸にかっぴろげ、大きな声で叫んだ。


「な、なんじゃこりゃ――――!?」

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