第4話 次なる課題解決のためのタスク

 CDの開発は急ピッチで進められた。


 私のまるっきり理解していない説明でも何やら理解をしたらしい無精ひげは、寝る間も惜しんで開発に没頭した。

 ちなみに研究所は休職したらしい。


 同僚たちは「とうとう辞めるのか」と彼を揶揄していたが、彼はどこ吹く風、というか耳に入っていないようだった。

 よほど久しぶりの研究が楽しいようだ。


 夢で話を聞いたところ、何でも魔法鉱石に魔法デジタル信号を刻むことの出来る魔法道具を作成すると微弱な魔力を流しただけで音楽の再生が可能な魔法道具を量産できるとか、何とか。

 魔法デジタル信号ってなんやねん。魔法C++もなんやねん。


 とりあえず形を直径12センチくらいの円盤状にしてくれとだけ注文を付けて、私は次なる課題解決のためのタスクに着手する。


 CDが出来ても、中に入れる曲がなければどうにもならない。

 やっぱりアイドルは、歌って踊らなくては。


 もちろん私には作曲など出来ない。何だったらおたまじゃくしも読めない。

 前世のアイドルソングを丸パクリしようにも、それを書き起こす力がないのだ。


 あとたぶんセイラたんにバレる。

 既存曲を丸パクリするような大人の汚いところは、セイラたんには見せたくない。ずっと清らかなままでいてほしい。

 「アイドル」と「清純」は他音同義語だ。


 となるとこれも外注したいのだが、なかなか適任が見つからなかった。

 この世界の音楽は大分すると、管弦楽団の演奏するクラシック、高貴な方々の楽しみであるオペラ、あとは各地に伝わる民謡とそれに連なるダンスミュージック、吟遊詩人が歌う詩曲といったところだ。


 ではどれがアイドルに近いのかといえば、やはり詩曲だろう。

 なぜならアイドルは、「信仰」だからだ。一人で完結する音楽、というところも近い。

 前世で言うならシンガーソングライターというのが適切かもしれないが、見目のいい吟遊詩人のほうがウケがよいようなので、そのあたりもアイドルと類似性がある。


 だが、音楽性は正直あまり近くない。

 吟遊詩人の音楽というのは、何というかミュージカルや弾き語りに近いと言うか……いや、アイドルソングにも「ぼく」と「きみ」みたいな登場人物が主軸のストーリー性のある曲はあるが、詩曲はそういうテイストではない……私の求めているキャッチーさやポップさが足りていないのだ。


 しかも1曲が長い。抑揚も少ない。だんだんとお経を聞いているような気分になってくる。

 琵琶法師だって和製吟遊詩人みたいなものだし、ほとんど親戚だろう。

 クラシックの演奏会ですら途中で眠たくなってしまう私にとっては、もはやだれる。飽きる。


 しかし踊り子が使うようなダンスミュージックも、違う。

 やはりアイドルソングは歌詞も重要だ。歌を載せることを考えると……などとうんうん悩みながら、そろそろお布団に入る準備を始めるセイラたんと2窓で異世界の街をぶらぶら流し見る。


 ふと、酒屋で飲んだくれている男の姿が目に入った。

 白金色の髪を振り乱し、店主相手に管をまいている。


「どいつもこいつも、どうして僕の歌を聞かないんだ。こんなにいい曲なのに……ひっく」


 男の傍らには、使い込まれた竪琴がある。

 どうも彼は吟遊詩人らしいが……見た目はただの飲んだくれだ。


「昔は良かったよ。僕が若くて可愛かった頃は、下手でも皆聞いてくれたのに。せっかく歌も演奏もうまくなったってのに、今じゃこの様だ」


 ポロン、と竪琴を爪弾く。男がメロディーを紡ぎ出した。

 その旋律は、他の吟遊詩人のものとは少し違っていた。

 ポップでキャッチーで可愛らしく、きらきらしていて、エネルギッシュなメロディー。


 惜しむらくは、そこに乗っているのが声変わりのすっかり終わった、酒やけした男の歌声であるという点だ。

 しかし、そこさえ目をつぶれば。


 私はPCに向かうと、ベッドで眠るセイラたんにおやすみの念を送りながら、ディスプレイに映った飲んだくれ吟遊詩人の情報を探すため、異世界住基ネットへアクセスした。

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