第3話 転生女神と無精ひげの魔法使い

「ますか……聞こえますか……」

「あ、あんたは……?」

「私は古代魔術文明の女神です」

「こ、古代魔術文明の女神?」


 私の中でもっとも女神らしいポージングを決めながら、私は真っ白な世界に立っていた。


 目の前には無精ひげの男が胡坐をかいて座っている。

 年のころは30代。OL時代の私より少し上くらいだ。

 灰色のぼさぼさの髪を乱暴に束ねていて、前髪も伸び放題といった様子だ。

 薄汚れた白衣を肩にひっかけ、下には作務衣のような衣服を身に着けている。


「うわ、なんだ、ここ」

「あなたの夢の世界です。私は夢を使ってあなたの脳内に直接話しかけています」

「夢?」


 男がこちらを見た。青い瞳だ。

 異世界的にはありふれた容姿だが、前世ではあまり見なかった色である。


 彼は魔法使いだ。

 それも、魔法大学を首席で卒業した将来有望な……いや、将来有望「だった」魔法使いだ。


「妙な夢だな……女神なんざ、いまどき誰も信じちゃいないぞ」


 おそらく前任の女神があまりに仕事をしなかったせいだろう。

 この世界の女神はすでに過去の遺物と化しており、ほとんど信仰されていない。


 別に私は信仰されたいとは思っていないので、構わない。

 いや、女神の威光で言うことを聞かせられるならそれもそれでよかったんだけど。


 むしろ、チャンスだ。今新たな信仰対象を見つければ、民衆は飛びつくに違いない。

 アイドルとは、偶像。アイドルを推すことはすなわち、偶像崇拝に他ならないのだ。


「どうせなら、もっとこう、ボンキュッボンの女神にして欲しいもんだ」

「…………」


 黙殺した。

 私は女神らしいポーズのまま、女神らしい落ち着いた声のトーンで語り出す。


「はるか昔、この地には今よりももっと優れた魔術文明があったのですが……なんやかんやあって滅びてしまいました」

「なんやかんやって何だよ」

「なんやかんやは、なんやかんやです。それからと言うもの、私は探していたのです……失われし文明の技術を現代に蘇らせることが出来るほどの使い手を……そして、あなたを見つけました」


 無精ひげに微笑みかける。

 女神たるもの、余裕たっぷりのアルカイックスマイルを浮かべてナンボである。


「あなたは素晴らしい魔法技術を持っています……必ずや成し遂げることが出来るでしょう」

「……何故俺を選ぶ。俺より、もっと適任がいるはずだ」


 無精ひげの魔法使いは、訝しげな顔で私を睨む。

 私を見ていると言うより……私を通して、何か見えない敵に話しているようだった。


「いるだろ、たくさん。今の、魔法科学大臣とかよ」

「ああ、あなたの大学の同期の方ですね。卒業時は次席だったとか。そして今は最年少で魔法科学大臣に就任されている」

「……そうだよ」


 彼の反応に、私は内心ほくそ笑む。予想通りの反応だ。

 女神の威光で言うことを聞かせられなかったときの対の選択肢くらい、用意してこの場に立っているに決まっている。


 異世界住基ネットでは、異世界に住む住人の事細かな個人情報が閲覧できた。

 それこそ揺りかごから墓場まで、初恋のあの子のことから最近抜いた親知らずのことまで載っている。


 私が彼を選んだ理由は、もちろん魔法大学の首席卒業というのもあるが……「扱いやすそう」だったからだ。


 例えば次席の現魔法科学大臣。彼の個人情報ももちろん見たが、彼はダメだ。


 頭がいいと誉めそやされて育ったが、大学でこの無精ひげの魔法使いと出会い、自分が井の中の蛙であったことを知り挫折する。

 しかしそこから一念発起して人脈作りや魔法をより効率的に一般家庭に普及させるために必要な法整備等を学び、その血のにじむような努力が実を結んで若くして官僚の座を勝ち取った。


 今もその高い志は変わらず、知識や魔力がない者も広く普遍的に魔法が利用できる社会を目指して奢ることなく懸命に政治活動を行っている。

 大学在学中に挫折した彼をずっと傍で支えてくれていた恋人と結婚、一姫二太郎の子宝に恵まれ、人柄もよい。

 見た目も清潔感があってシュッとしている。


 付け入る隙がないのである。


 私の目的は、能力のある魔法使いを唆してCDを作らせることだ。

 付け入る隙がなければ、唆しようがない。


 そこで登場するのが、目の前の無精ひげだ。


「それに対してあなたは高等魔法科学研究所に所属はしていますが……平の研究員。仕事も研究職採用のはずが、現場のクレーム対応と雑用ばかり。大学では首席だったのに……嘆かわしいことです。知識と技術の埋没です」

「うるせぇな、ほっとけ」


 あからさまに機嫌が悪くなる無精ひげ。


 大学を首席で卒業し、花形の研究開発職として高等魔法科学研究所に就職したものの、周りは彼をやっかんだ。

 もともと人付き合いが得意でなかった彼は味方を作ることも出来ず、上司にも同僚にも疎まれ、閑職に追い込まれた。

 もう何年も研究開発には携わっていない。腐るのも当然のことだろう。


 まぁ、よくある話だ。

 人間というのは、立身出世のシンデレラストーリーと同じくらい、他人の不幸が大好きな生き物である。

 出る杭は打たれる。そして皆打った杭を見て哀れむのだ。「昔はすごかったのにね」と。


 我々のような凡人にとって、落ちぶれた天才をおかずにして食べるご飯は、おいしいものだ。

 前世でもこの世界でも、根本は変わらない。


「あいつの所に行けばいい。中身も俺より『まとも』だからな。俺と違って真剣に聞いてくれるかもしれないぜ」


 自嘲気味に笑う無精ひげ。


 そうそう、こういう相手の方が扱いやすいのだ。

 コンプレックスと抑圧された自己顕示欲を感じさせる相手。付け入る隙は十分だ。

 そして私の脳内には、彼に関する情報が事細かにインプットされている。


 この状態で唆せないようでは、女神どころか、現代日本で社会人としてやっていけまい。


 私は女神然とした所作で微笑み、彼の言葉を肯定する。


「確かに彼は優れた人物です。魔法科学大臣として、きっと歴史に名を刻むでしょう」

「ああ、そうだろうな」

「ですが、あなたがなりたかったのは魔法科学大臣ですか?」

「え?」


 私の問いかけに、無精ひげが目を丸くした。青い瞳が見開かれている。

 前任の女神を思い出した。

 そういえば、彼女も青い瞳をしていた。


「世界で一番優れた魔法使いになりたいと、かつてのあなたは夢見たのでは? 幼いあなたは思い描いたのでは?」


 異世界住基ネットで見た情報を引っ張り出して、私は語る。

 本人ですら忘れていたかもしれない過去の記憶の扉を、無遠慮に開け放つ。


「得てして、真の天才と言うものは世の中に理解されないものです。没後、後世になってから正当な評価を得た天才の例は枚挙に暇がありません」


 前世のことを思い出しながら話す。

 前世でもこの世界でも、人間の根本は変わらない。それなら同じような事例があってもおかしくないだろう。

 現に目の前の彼は、特に反論もなく私の話を聞いていた。


「大臣として記録に残って何になりましょう。それが何の証明になりましょう。子どもたちは歴史のテストのために、ごろ合わせであなたの名前を覚えるだけです。他には何も残りません」


 ゆるゆると首を振ってみせる。

 無論、詭弁である。立派な行いをした大臣であれば、子どもたちはテストのためにその偉業も一緒に覚えるだろう。

 興味を持つ者も、影響を受けて同じ道を志す者もいるかもしれない。


 だけれどそんな真実をここで並べ立てることは、ぶっちゃけ無価値だ。

 私は別に、真実を話すためにここに来たわけではないのだから。


 私は私の目的のために、ここに立っている。

 彼を唆すためにここにいる。

 目的達成のために不要なことは、不都合な真実は……大真面目な顔で覆い隠すのが、正解だ。


「しかし、真に優れた魔法使いというものは……名前が消えても、その作り出したものが広く長く、世界に影響を与え続けるものです。未来永劫」

「未来、永劫……」

「幼いあなたが憧れたのは、お役人を勤めた魔法使いですか? それとも……人々の生活に革命をもたらすような発明をした、大魔法使いですか?」


 目の前の無精ひげの表情を見て、私は心の中でガッツポーズをする。


 顔つきが先ほどとまったく違う。

 現在に腐った顔ではない。未来を見た顔をしていた。

 勝ち確だ。


「どうせ名を残すなら……稀代の魔法使いとして、名前を残してみたくはありませんか。あなたの力で世界に革命をもたらしたくはありませんか」

「お、俺に……できるのか……そんなことが……」

「女神の人選に誤りはありません」


 私は言い切った。


 そう、誤りはない。

 私は正しく「扱いやすい」人間を選ぶことに成功したのだ。

 気分はウイニングランである。


「……いいぜ、女神様。やってやるよ!」

「感謝します、人の子よ」


 私は彼に向かって鷹揚に頷いた。

 そして、ゆったりとした服の袂から、B4サイズの四角いボードを取り出す。


「それではこれからあなたに作っていただきたいものについて、フリップでご説明します!」

「フリップ!?」



 ◇ ◇ ◇


 女神の身体と女神のスキル。神ぺディアに異世界住基ネット。

 それから前世で培った、事なかれ主義の日本の社会人なら誰でも修得している基本スキル「手八丁口八丁」。

 それが私の持っているすべてだ。


 目的達成のために、知識と技術は最大限に活用する。

 そう、すべては、セイラたんをトップアイドルに導くために。

 そして私が、心置きなくセイラたんを推すために!

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