第2話 労働環境改善とアウトソーシング

 セイラたんをアイドル勇者として異世界に送り出し――女神権限で盛れるステータスは盛ろうと思ったのだが、運ぐらいしか盛れなかった。女神権限、ほぼないに等しい――私は改めて女神の間を見渡す。


 何故だろう。

 ずっと一人で過ごしていたはずなのに、セイラたんがいなくなっただけでこの部屋がひどく寂しいものに思えてくる。

 そもそも部屋に物が少ない。


 というか、私の労働環境悪すぎでは?


 このぷかぷか浮かぶ椅子は良い。座り心地もいいし、どことなく女神みがあるヴィジュアルも気に入っている。

 それ以外はてんでダメだ。


 まず水鉢。いちいち覗き込まなければ異世界の様子が見えない。

 長時間見続けるには姿勢に無理がある。しかも画質がゴミ。鼻息で水面が揺れると見えなくなる。


 あと音質もゴミ。ノイズがひどく、音割れもしている。

 小さな音を拾おうと音量を大きくすると、次に大きな音がしたときに鼓膜が破れるんじゃないかという有様だ。


 今までは我慢できた。けれどセイラたんを見守っていくにはこの設備では心許ない。

 無為に自堕落に過ごしていたときには気にならなかったが、改めて考えるとよくこの状態で何年もやってきたなと思ってしまった。


 壁にある内線電話を手に取った。

 壁の説明書きには女神の間で大暴れするような転生者が現れたときに使うとあったが、このままだと私が近い将来暴徒と化す可能性があるのでまぁいいだろう。


 私が労働環境の改善を訴えると、すぐさま業者が派遣されてきた。

 なんということでしょう。水鉢からHDMIケーブルで6面の55インチ4Kディスプレイを接続、スピーカーも立体配置の6.2.4chになりました。


 ネットも配線自体は来ていたようで、ゲーミングPCとしても使えそうなグラボ搭載クアッドコアの最新型PCが配備されてすぐ利用可能になった。

 通信速度も平均300Mbpsと十分だ。


 設置に来た業者に話を聞くと、もともとはもう少しましな設備があったところを、前任の女神が退屈にかまけてことごとく壊してしまったらしい。

 何というやつだ。


 希望物品等は本来オンライン経由で申請を上げ、承認されれば順次配備される仕組みだそうだ。

 マニュアル類も詳細なものが共有のファイルサーバにアップロードされているので、女神IDとパスワードを入れれば閲覧できるらしい。


 女神IDってなんやねんと思ったら、乱数ジェネレーターで作ったような単なる数字とアルファベットで構成された12桁の文字列だった。

 女神IDとパスワードも再発行してもらって、PCを立ち上げる。得られる情報量と利便性が爆上がりした。

 私のモチベーションも爆上がりした。


 ははーん、前任の女神、さてはパソコン系がダメだったな。それではさぞ退屈だろう。


 と思ったのだが、思わぬ落とし穴があった。

 前世のネット情報も見ることは出来るが、書き込みをすることが出来ないのだ。

 会員登録も出来ないし、サブスクサービスも使えない。通販も直接は利用できない。


 結果として、癒し系の子猫や子犬の動画かラー○ンズのコント動画を見るのが主な用途となる。

 ちなみに前世で推していたアイドルユニットは解散していた。さすがにその日はちょっと泣いた。


 異世界の情報もネットで得ることが出来るが、異世界自体にはネットがない。

 利用できるのは神たちばかりなのに、神同士のコミュニケーションツールやSNSもない。


 住民の個人情報をこれでもかというほど集めたデータベースのようなもの――便宜上、異世界住基ネットと呼ぶことにする――で住民の情報を検索・閲覧したり、物品の購入申請やマニュアル、Q&Aサイトの閲覧、神サポートセンターへの問い合わせをする程度だろうか。


 これは飽きる。

 まぁ、私は暇つぶしのためにPCが欲しかったわけではないので、良いんだけど。


 大画面に映るセイラたんを見る。

 ああびっくりしちゃった。なんだ、天使か。


 異世界に降り立ったセイラたんは、持ち前の優しさと明るさ、そして類稀な容姿によってとても真っ当な異世界生活を送っていた。


 身一つで草原に放り出されたセイラたんは、薬草を摘みにきていた少年に助けられ、その家族の営む食堂に身を置くことになった。

 食堂の手伝いをする傍ら、冒険者ギルドの薬草摘みや失せ物探しなどの小さな依頼を受けては生活費を稼いでいる。


 素直に一生懸命物事に取り組むので周りも彼女にいろいろなことを教えるし、物覚えもよかった。

 あっという間に評判の看板娘となったセイラたんのおかげで食堂も商売繁盛、一躍街の人気者となっていた。

 あまりの素晴らしさに、スタンディングオベーションを禁じえない。


 素直で一生懸命、応援したくなっちゃう女の子。アイドルの適性しかない。

 パラメータに「アイドル性」があったら間違いなくカンストしているだろう。そんなパラメータなかったけど。

 誰が見ても掛け値なしに、街一番の美少女である。


 アイドルが活動をするために必要なのは味方だ。

 「セイラちゃんがやるなら応援しようかな!」と思ってくれる味方が必要だ。

 草の根運動は何事においても基礎基本である。


 彼女にばかり頑張らせてはいられない。

 私は神ぺディア――マニュアル類と一緒にURLがおいてあった、異世界に関するさまざまな情報を集約した事典のようなサイトである。私は神ぺディアと呼ぶことにした――とにらめっこをしていた。


 アイドルと言えば、歌って踊ってナンボである。

 そしてCDを売ってナンボである。


 前世では一般アーティストの中では配信が主流になりつつあったが、アイドル業界ではいまだ物理CD文化が根強く残っていた。

 この世界にはまだCDすら存在しないのだから、まずはそこから目指すべきだろう。


 音楽は聴かれなければ意味がない。

 だが、毎度本人が歌って楽団に演奏させるのでは人的コストが掛かるし、時間的な制約や移動距離の限界がある。それを解決するのがCDだ。

 いつでもどこでも誰でも、同じ曲を聴くことが出来る。CDの開発は急務であった。


 いや、別にカセットテープでもレコードでもいいんだけど……やっぱりなんとなく、あの見慣れた形が「アイドル」にはしっくり来る気がしてしまう。

 インプリンティングというのは恐ろしい。


 目を皿のようにして神ぺディアを嘗め回していると、古代文明時代には魔力の宿った魔法鉱石に音声を封じこめ、それを魔法力で再生するという魔法道具があったことが分かった。

 しかし、その技術は失われ、現存していない。今の世界ではオーパーツ扱いだ。


 神ぺディアにはその魔法道具を作るための魔法プログラムと魔法プログラミング言語、魔法ハードウェアの構成、魔法アプリケーション層の構成などまで事細かに載っていたが、目が滑るだけで何も頭に入ってこなかった。


 「サルでも分かる! 魔法処理の基本」という本も取り寄せてみたものの、まったく分からない。

 何だ、魔法Javaって。それは魔法なのか?


 私には無限の時間があるが、セイラたんはそうではない。

 しかし私が一朝一夕で魔法エンジニアになるのは無理がある。壁にぶち当たった私は、ひとつの結論に達した。


 外注アウトソーシングしよう。


 もともとの基礎が出来ている魔法エンジニア……もとい、魔法使いに外注すればよい。

 適材適所、分業制というやつだ。


 私はこの女神の間から出られないので、実際に異世界に赴くことは出来ない。

 しかし、女神の数少ない特殊技能のひとつに、異世界の人間の夢に入ることが出来る、というものがある。いわゆる神のお告げというやつだ。


 神のお告げで有能な魔法使いを唆し、CDを作らせる。

 そう決めた私は、異世界住基ネットにアクセスして人材を物色し始めた。

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