第11話

体育の授業が校庭で開始された。とても広い。森ギリギリまで校庭だ。数10キロ単位の広大さだ。端が見えない。魔法騎士学校は相当金を持っているようだ。

広さから少なく見えるが、人数も1年のクラスメイト全員よりも多く見える。


「今回の体育は1年が井の中の蛙で調子に乗らないように3年と合同だ。さっそく天狗の鼻を折ってもらうんだな。特にそこの転入生3人。お前らの事だ。当然、賞金の10万ゴールドも3年が勝てば無しだ」


「先生それは理不尽だ! 勝てる訳が無い!」


生徒達は不満ぶーぶーだ。だが、俺はチャンスに思えた。いきなり3年生の胸を借りれれるんだ。これに勝てば一気に評価を上げられる。卒業も早まるかも知れない。日々の重力魔法の修行の成果も試せるし。


「よし、地獄のマラソンのスタートだ。背後から俺の召喚した狼の幻影が襲って来るから追いつかれるなよ。尻を噛まれるぞ。まあ、肉体にはダメージないが、精神にはダメージが行く。つまり、傷はつかないが痛みは本物だ」


「そんなマラソン嫌だー!」


こうして地獄のマラソンが開始された。1年生は必死に走る。周回が多い方が勝つと言うが、召喚された狼の幻影がそれを計測する役割も持っているようだ。周回ごとに横に数字が刻まれていく。

俺は現在2位だ。1位は女性。重そうな鎧を着ている。


「あなた1年なのに中々やるじゃない。でもね、私はそろそろ本気を出すよ。ついて来られるかな? 私は疾風のアンドレラ。あなたは?」


「俺はアルト。重力魔法のアルトです」


アンドレラは突然巻き起こった疾風と共に加速した。猛烈な速度で走り、見えなくなったと思ったら背後から現れた。


「これで1周差だね。大したことないのね」


「く! まだまだ!」


俺は速度を上げた。足が悲鳴をあげる。肉離れしそうだ。そんな努力も虚しくアンドレラに差をつけられる。


「これで1周半の差だよ。少しマシになったけど、差は広がるばかり。どうするのかな。1年坊主くん。私に勝てたら1回だけさせてあげてもいいよ。まあ、私に勝てた男はいないのだけど。戦闘でも私が1位。私は疾風だけでなく、不敗のアンドレラ」


「1回させるって何ですか?」


「セックスよ」


「セックスとは?」


「赤ちゃん作る方法よ」


「魔法で作るんですか?」


「違うわよ。もう、お姉さんが1から教えてあげる。まあ、私は負けないけどね」


何だろう。アンドレラさんは気さくでいい人みたいだ。だが、俺は彼女にも勝たなくてはならない。既に100周の差を付けられている。圧倒的なまでの実力差。

1日でも早く卒業して、授業料の余ったぶんの大金を払い戻して貰ってサラとの駆け落ち計画を実現させる為に勝たねば。こんな所で負けてはいられない。俺はカレンの所に向かって走った。


「カレンちゃんマラソンが始まる10分前まで時間を戻してくれ」


「わかった。アルトくんがそう言うのなら」


こうして、時間が戻った。俺はイシュミナの所に急ぐ。


「イシュミナさん時間の流れが外より長い部屋を作ってくれ。そこで修行する」


「それにはカレンちゃんの時を操る魔力が必要ですわよ。無料でもですわ」


「カレンちゃん頼む」


「仕方ないな。アルトくんのお願いなら聞くしかないね」


こうして、時間が沢山使えるようになった。俺はイシュミナさんの作った部屋で足腰を鍛えまくった。徐々に重力を上げていく。


「重力5倍重力10倍重力15倍重力20倍」


重力50倍に到達した頃、俺の足はパンパンに膨れ上がった。血管が凄い事になっている。3分で筋肉が進化する体を与えてくれた父親に感謝しなくてはならない。

重力魔法で膨れ上がった筋肉を圧縮した。かなり手荒いマッサージだが、効果はあった。筋肉が物凄い密度で凝縮して行く。この技は金属の鍛造にも使えそうだ。金属を押し潰して凝縮させて、鍛冶屋のおっちゃんに仕上げで鋭く研いでもらおうか。

炭素を重力で圧縮してサラに1000度以上の高熱を与えてもらってダイヤモンドを作るのもいいかも知れない。金属にダイヤモンドを混ぜるのだ。その刃は更に切れるかも知れない。余ったダイヤモンドはサラにあげると金儲けが出来ると大喜びするだろう。

魔法騎士学校の校庭から見える広大な森には沢山の資源がありそうだ。重力エネルギーを暴走させて爆発させて穴を掘って探そうか。俺の重力魔法は少しばかり進化しているようだ。


「イシュミナさん修行は終わった。部屋から出して下さい」


「もうマラソンは始まってしまいましたよ。急いで下さい」


「そうですか。急ぎます」


どうやら考え事をし過ぎたようだ。だが、負ける気がしない。俺の足は高密度に圧縮された鋼鉄の足だ。


「うわーアルトちゃん早いー! 前の時の50倍!?」


俺は早くなった。風と一体となる。アンドレラに追いつく。そして追い抜いた。前には出来なかった芸当だ。


「あらあら、やるじゃない。でもね、リードは50周。追いつけるかしら」


「やってみなくてはわからないですよ」


俺は意識が飛ぶくらい必死に走った。何も考えられないくらい必死にだ。他の生徒達が狼に噛まれる姿もあまり目に入らない。アンドレラしか目に入らない。夢中で追いつき、追い越した。


「あらやだ。追いつかれちゃった。仕方ないわね。筋肉の負担が大きいからこれは封印していたんだけど」


アンドレラの太ももが2倍に膨れ上がった。そして加速した。それは既に肉眼で見える速度ではなかった。風のように消えた。その直後俺の肩を温かい手が掴んだ。


「はい。私の勝ちね。あなたは頑張ったわ。ご褒美のキス。私に勝てたら1回だけいえ、3回だけさせてあげるわ。それだけあれば子供も出来るでしょう。私はね、男と結婚する気はないけど、子供だけは欲しいんだ。跡継ぎには兄がいるし、私は必要ない。山奥で自由に暮らすんだ。戦争を終わらせてね」


「あ、はい! 次は勝ちます!」


「うふふ。楽しみにしてるね」


その時、背後から殺気を感じた。サラだ。その瞳にはいつもの輝きがない。


「アルトくん。いったい今なんの約束をしたのかな? 私に人殺しをさせたいのかな? 私というものがありながらわかってるのかな?

かな? かなぁ!! 」


「あ、アンドレラさん。紹介します。彼女はサラ。俺の幼なじみで将来結婚の約束をしている世界で1番大切な人です」


「もう、アルトくんったら世界で1番大切とか照れる」


「という事は私が2番」


「あらそう。そんな人がいたの。残念。世界で1番足が早い子供を作れると楽しみにしていたんだけどな。でも、チャンスがあれば子種だけ頂戴。お金払うから。大丈夫。これはビジネスだよ。心は入らないから浮気じゃあない」


「やっぱりあんた燃やすわ」



「サラ、落ち着いて。何だかよくわからんけど、子種くらいならいいじゃないか」


「よくないわよ!」


なんかよくわからんがサラが怒っている。なんとかなだめて、無事に体育は終わった。3年生の実力は凄かった。完敗だった。足を鍛えるだけでは勝てない世界がそこにあった。風魔法と筋肉の融合。

重力魔法でも同じ使い方が出来ないものか。重力を逆噴射して弾くとか。無理だな。せいぜい、重力を先に設置して引っぱるくらいか。重力の大きさによってその速度も増すし。それなら応用して、空中に設置する事で空も飛べそうだ。

今の腕の重力を上げて重くする使い方だけでは限界が見えてきたな。今日から新しい可能性を模索した修行に移ろう。さっき使った、筋肉の圧縮は使えるが、武器や宝石の製造技術の方向が正しい使い方だ。今日は負けたが収穫は沢山あった。

これからはガンガン新しい使い方を試すぞ。俺はワクワクしていた。空間を重力の限界まで圧縮してみたら空間が歪んで大変な事になったが。黒い玉に吸い込まれそうになった。あれは一体何だったのだろう。とりあえず、封印だ。直径1センチ程度でも恐ろしかった。あれが大きかったら山ごと飲み込むかも知れない。


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