第5話

 アルトがカレンをお姫様だっこして、猛烈な勢いで走る。重力魔法を解いた彼の脚力は常人の速度を遥かに上回っていた。

 サラはどうやってついてきてるかと言うと、魔力を使って空を高速で飛んでいる。この歳で空を飛べるとは恐ろしいまでの天才である。


「サラ! 宿屋ではなく、カレンは医者に見せるべきかな」


「大丈夫だよ。典型的な魔力切れの症状だから。少し寝れば元気になるよ。だからさ、もう少し走る速度を落として。高速で空を飛ぶのは猛烈に魔力を使うの」


「でも、少しでも早く安全な所でカレンを休ませたい。もう少しで到着だ。サラ、もう少し我慢してくれ」


「我慢は苦手なんだけどな。仕方ないわね。魔力もまだ半分あるし」


「魔力が半分? サラは凄いな。俺は3分の1程度だ」


「それでも十分凄いわよ。今朝から重力魔法を使い続けていたのに。魔力のマラソンなら私が負けるかも」


「はは、本当か? 天才のサラに勝てる所があるかも知れないな」


「肉体的なマラソンでも私はアルトくんに負けるよ。何なのよ。そのとんでもない速さは」


「これが重力魔法の修行の成果さ」


「アルトくんって漫画の主人公みたいね。その内に気を使って破壊光線でも撃つんじゃない? 髪の毛が金色になったり」


「そのネタは危ないからやめろ!」


「何よアルトくん。著作権なんか気にして。ここは異世界よ。問題ない。地球じゃないのよ。私達の冒険の日々を本にしようとしてるの? 出演料を頂戴ね」


「ああ。3人で均等に分けよう」


「カレンにも? 私はふたりだけでも最強のコンビだと思うのだけど、トリオの意味ある?」


「わからない。でも、カレンは俺達にとってなくてはならない必要な存在な気がするんだ。サラは俺達が死んだビジョンを見なかったか?」


「あれは想像よ。魔族のあの大きな魔力の弾を食らえば消滅するという想像よ」


「だが、俺は奴の魔力がたまる前に大岩を投げる事に成功した。カレンの的確な判断によって」


「確かに腑に落ちないわね。カレンって何者?」


「たぶんだけど、カレンは神様の使者さ。そうでなければ勇者だ。異世界転移には必ず意味がある。俺達の前に現れたのだってきっと深い意味があるんだ」


「その仮説が正しいのなら駆け落ちにもカレンを連れて行くべき?」


「ああ。駆け落ちをするしか俺達ふたりが冒険者になる未来は無いらしいしな。俺は不自由な騎士に絶対にならない」


「アルトくんの頑固者! はいはい。わかりました。仕方ないから、国家権利を得てふんぞり返るのを諦めて、私も冒険者になる。この私が冒険者になるからには必ず最高のSSSランクになって冒険者の社会的地位も上げてやるわ」


「サラやっとわかってくれたか! 愛してる!」


「私もよ! アルトくん!」


 サラは上空から急降下して横からアルトの頬にキスをした。相当嬉しかったらしい。アルトも物凄く喜んでいる。


「アルトくん大好き!」


「俺もサラが大好きだ!」


 これでサラと一緒に冒険者になれる。自由に各国を飛び回ってドラゴンを倒して回るんだ。

 この世界はドラゴンによって壊滅させられた町や村が無数にある。奴らは増えすぎた。食物連鎖の頂点にして最強の生物。駆逐してやる1匹残らず。

 あ、全滅はダメだ。ドラゴンステーキは美味しい。1万匹から100匹にまで減らそう。後たったの9899匹だ。1匹殺したし。


「アルトくん首都アルマにもうすぐ着くよ。空から見えた」


「わかった。俺は城下町に入って1番近い宿屋に行く」


「わかった。後から合流するね。私は宮廷魔術師に会いに行く。今月の保証金を受けとる為に。お父さんに渡したら絶対漫画を沢山買って帰るから私が管理するの」


「サラは大変だな。浪費家の父を持って」


「いいのよ。アルトくんより不幸じゃない。それに私が駆け落ちして、宮廷魔術師協会からお金を貰えなくなったら、浪費も止める筈だわ。アルトくんはそんな私の父とは違って、貯金もする立派なお父様とお母様を持っていたのに、失ってしまった。アルトくんより私は幸せだよ。でも、これからは大丈夫。私達は家族になるの。私は妻でカレンは妹」


「ああ、そうだな。サラは俺の家族だ。俺を孤独にしないでくれて本当にありがとう」


「私達は今、結婚したね。初めてだよ。アルトくんが私との結婚に同意してくれたの」


「そうだった?」


「うん。108回目のプロポーズにしてやっとだよー! 嬉しい夢が叶った!」


「回数を数えてたんだ」


「うん。返事がない度に毎回夜泣いてた」


「何かごめん。毎回本気だったんだね」


「当たり前じゃない。一体何だと思ってたの?」


「幼いから恋に恋してるだけかと思った。大人になったら綺麗さっぱり忘れると。でも、結婚願望が妙に現実的だし、サラは大人だったんだね」


「そうよ。私達は大人よ。この国の成人は12歳から」


「ええ? 早すぎない?」


「アルトくん知らなかった? ドラゴンによって人口が激減して去年から法律が改正されて成人が早められたの。産めよ増やせよ政策よ。私達も今夜からバンバン子供を作るわよ。私は発育いいから大丈夫。胸も並の大人より大きいし、お母さんよりも身長が高い。アルトくんも私のお父さんよりも身長が高いし。私達はもう、十分に大人よ」


「そうなんだ。結婚ってもっと先の未来な気がしてた」


「違うよ。未来ではなく今よ。私達の年齢で結婚するのは貴族の間では増えてきているの」


 カレンが寝ている間に結婚しちゃったぞ。カレンは妹か。カレンはどんな男と結婚するんだろう。同じ地球の日本からやって来た男がいいな。たぶん出会えるだろう。

 その男はたぶん勇者になる。俺達は勇者を支えて守って勇者のパーティーになるんだ。きっとそういう運命に決まっている。

 それまでに沢山学んで沢山修行して強くならなくちゃ。先ずはドラゴンハンターからだ。そして、勇者の冒険を手伝うんだ。アルトの胸は期待でいっぱいだった。


「カレンちゃん。君は将来どうなるのかな。凄く楽しみで凄く不安。でも、大丈夫。俺と天才のサラが一緒だから」


「アルトくん。それじゃ私は行くね。ギームの事も宮廷魔術師協会に伝えてこないと。魔族を召喚したという事は、法律違反の悪魔崇拝者。私達を1回殺したのだから、ただではおかないわ」


「ギームの家族は妙に金があった。両親が働いてる様子も無かったのに。今にして思えば怪しい。あの家族の周囲で謎の怪死事件も多発していた。今にして思えば悪魔召喚の為の生け贄だったのか」


「許せないね」


「ああ、許せない」


 サラは大きな決意を胸に宮廷魔術師協会の詰所に向かった。魔族はドラゴンと並ぶ人類の敵である。サラの光魔法は魔族と戦う切り札になる。魔族も駆逐してやる。復活しても何度でも倒す。

 宿屋に到着したので宿帳に素早く記入し、俺は急いでカレンを部屋に運んで寝かせた。

カレンはまだ目を覚まさない。だが、寝息は穏やかだ。白い肌に桜色の頬。健康そうだ。サラもただの魔力切れだと言うし、大丈夫だろう。1時間ほど見守っていた。その時、カレンの細い眉がピクッと動いた。


「うん……アルトちゃんここはどこなの?」


「首都アルマの宿屋だよ。カレンちゃんは謎の魔力切れで倒れたんだ」


「わたし、カレンの魔法はね、うんとね、あのね」


「うん。聞いてるからカレンちゃん落ち着いて」


 カレンは興奮して言葉が出てこないようだ。その時、サラが部屋に入ってきた。


「カレンちゃんの魔法は何かな。私も気になってるんだ」


「アルトちゃん、サラちゃん。私の魔法はね、時間を戻せるの。ふたりが死んじゃった後で必死に願ったら時間が戻ったの」


「なんだって!」


「なんですって!」


「流石異世界転移してきただけはある!」


「異世界転移は伊達じゃないわね!」


「神様が俺達の死の運命を変える為に地球の日本から呼び寄せたんだな!」


「そうよ! きっとそう! 私達3人は運命で結ばれているのよ!」


「えへへ、何だかよくわからないけれど、もしかしてカレン褒められてる?」


 カレンの顔は真っ赤だ。満面の笑顔で大喜びしている。異世界に来て、今までで1番の笑顔だ。


「そうよ! 時を操る能力は人類の夢なのよ! まさか実在するなんて! 世界最高の魔法と言っても過言ではないわ」


 サラは大興奮だ。まるで自分の事のように喜んでいる。良かった。カレンとサラが仲良くなって。親友だと言っていたが、何か変だった。だが、手を取りあって喜ぶ今の姿は本当の親友に見える。

 そんな時、ぐーぎゅるるという大きな音が鳴った。カレンは赤面が落ち着いたばかりなのにまた赤面した。


「カレンちゃんお腹が空いたのね。下でなにか美味しいものでも食べよ」


「うん!」


「もちろん金持ちのアルトくんのおごりで」


「俺かい! いいけどさ。可愛いふたりの為だ。おごるほうも嬉しいってもんさ」


 こうして、俺達は楽しく食事をした。カレンは異世界の料理も美味しそうに食べてくれた。口に合うようだ。調味料は地球からの輸入が多い事もその要因だろう。

 物は地球から転移で送れるが、人間を転移させようとすると何故か、肉体が乾燥してミイラのようになって崩れるのだ。生物もダメだ。腐ってしまう。本も新しい筈なのに古びている。

 つまり、異世界転移は神様にしか出来ない事になるのだ。これは間違いない事実だと俺は推測している。

 食事を済ませた俺達はアルマの街に買い物をする為に出かけた。街は活気に満ちている。凄く沢山の人がいる。流石首都だな。

 俺ははぐれて迷子になるといけないので、サラとカレンの手を握って歩いた。両手に花状態だ。ふたりも、うきうきのルンルン気分らしく、ふたりで仲良く同じ鼻歌を歌っている。サラの後にカレンが続くのでまるで二重奏のようだった。 




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