第3話

 七月に入り本格的に暑くなり始めて、いよいよ夏休みだなぁと感じる季節になってきた。

 けれど、その前に一学期最後のイベント、新入生歓迎球技大会という名の強制イベントが始まろうとしていた。

 開会式、暑い中全校生徒が体育館に集まり校長やら実行委員の挨拶やらを聞かされ、——この時すでに早く終わってくれと思っていた。——最後に体育教師から怪我がないようにと締めくくりの言葉と共に、いよいよ球技大会が始まった。

 ホント、何でそんなに元気なんだと思えるくらいみんな体育館に集まり他クラスの試合を応援していたり、それぞれのクラスTシャツを友達同士で集まって写真を撮っていたりと騒ぎつつ楽しそうにしていた。

 球技大会が始まってすぐ、教室に逃げ込もうかとしたが、防犯の都合上教室への出入りは最低限しかさせてもらえず、——飲み物を買うためのお金を取りに行ったり、忘れ物を取りに行ったりする時だけ入れる——教室に逃げ込む事はできなかった。

 仕方なく体育館のあまり目立たないところへ避難して試合観戦をしていた。

 周りは本当に楽しそうで、そこのクラスのTシャツ色可愛いねだとか、デザインいいねだとか、他には、競技中のクラスの人らの笑い声なんかも聞こえてきたりして結構な熱気に包まれている。

 けれど、見ている景色がモノクロにしか見えていない俺からすれば何がそんなに楽しいのかあまり理解できない。

 だからなのかもしれないが、俺は体育館の中にいることがつまらなくて、ただ暑いとしか感じない。結局、ほんの数十分だけ中にいてその後は体育館外の階段の方で涼しんでいた。

 外にいるのは俺一人だけというわけではないので特に目立ちはせず、先生たちからも見られはしても声をかけられたりはしない。

 球技大会中は校外に出ない限りは割と自由にしていていいらしいという事が分かった。

 そういえば、椿原あかりの件はあの後対した解決はしてない。

 というのも、俺が外にいた理由に対していちいち訂正したりするのも面倒くさくなってこっちから声をかけたりする事はしていない。

 一方で、椿原の方はあの件以降そこまで多くはないが以前よりは俺に話しかけてくる事が増えた。

 授業でわからなかったところがあれば聞きに来るし、授業をサボった後なんかはどこに行ってたのか聞きにきたりする。

 それを見て他の女子達も少しではあるがグループ学習の時なんかに話しかけてきたりする事が増えている気がする。

 そして、椿原だけは普通に話しているだけのはずなのにどこか違和感みたいなのを感じる。やっぱりそれは、春希が言っていたようにあの日の事を少し特別に思ってのことなのかもしれないが今の俺にはさっぱり分からない。

 俺の方でも少し変わった変わった事があるとすれば、女子からミステリアスで割といいと思われているというのを春希から聞いて以降、クラスの男子となるべく話すようになった。話す内容はどうでもいい事だが、とりあえずいろんなやつと話していれば女子からの印象も変わって俺に対する興味も無くなるだろうと思ってのことだ。

 結果、女子からの視線は宿泊学習にらいく前に比べれば少しは減ったように感じる。

 ——これが自意識過剰だった時はものすごく恥ずかしい。——

 とりあえずこれで少しは学校生活も過ごしやすくなるのではないかと考えている。と、そんなことも思いつつ今も、ぼーっとしながら球技大会をサボっている。

 

 どのくらいの時間ここにいるだろうか?

 俺が外階段の方に座れるようになって随分時間が経ったように感じる。

 ここなら体育館の出入り口の方も見えるからある程度、状況も把握できると思ってずっといたが、そろそろお昼頃になるのだろうか。

 出入り口付近から人が少しずつ出てくる人数が増えてきている。

 陽もそろそろ真上に来る頃だし、球技大会も一段落する頃だろうと思い俺は、教室に弁当を取りに向かおうとした。

 すると。目の前から急に声をかけられた。

 その声の主は俺も覚えのある人だった。

「ねぇ、もしかしてずっとここにいたの?」

 そう声をかけてきたのは、この学校の生徒会長であり今までも二度少しだけ話したことのある篠崎凪、その人だった。

「まぁ、そうですね。最初は中に居たんですけど暑くなってきてからはずっとここに居ますよ。」

「ふーん。じゃあ試合とかにも出てないんだ。」

「別に俺がいなくてもメンバーは足りてるんで、別に出なくてもいいかなって。」

「そうかもしれないけど、試合楽しいと思うよ。」

「じゃあ午後は考えてみますよ。」

 そう誤魔化して先輩との会話を終わらせようとした俺に、先輩はニコッと笑って

「じゃあ、午後も君が一人でいるの見かけたら声かけちゃおっかな。」

 去り際にそう言い残し先輩は教室の方へと向かっていった。

 俺があの先輩に持つ印象だが、いつも最後に笑って何かを言い残していく感じがある。

 そして、その顔に何か含みがありそうな笑顔なのがいつも気になってしまう。

 流石にそんな印象が残ってしまうと、あまり人に興味がない俺でも先輩の事が少しだけ気になってしまう。あの笑顔はわざとなのだろうか?

 そんな考えをしながら俺は改めて弁当を取りに教室へ向かった。

 

 

 教室へ行くとまだ誰もおらず、——もしかしたらまだ体育館で試合とかしてるのかもしれない——これならここで弁当を食べてしまって誰も来ないうちに午後のサボり場所でも探ししに行こうかと考えた。

 何せ午後はあの生徒会長に見つかるわけにはいかない。

 何故あの人は、俺に話しかけてくるのか全く謎だ。

 今日の球技大会、俺以外にも外でサボっていた奴は少なからずいた。そしておそらく、体育館の中にも試合に参加せずただ見学だけしてる奴はいるだろう。

 それなのに、あの人は俺を見つけて声をかけてきた。

 俺はその理由を知りたいとも、知りたくないとも思っていて、いまいち自分の感情が理解できないでいる。

 もしまた先輩に見つかった時、先輩は俺と何も話したいのだろうか?気になってしょうがない。

 いっそ、隠れる事はせずまた外階段の方で座って先輩が来るのを待ってみるか?

 隠れているところを見つかり急に声をかけられるよりかは、こちらから声をかけられるのを待ってる方が心の準備もできて余裕が生まれる。

 そしたら、どんな質問をされてもうまく誤魔化し切れるのではないか?そう考え始めてきた。

 そうこう考えてるうちに、いつの間にか時間は経っており昼食の時間が終わっていた。

 結局俺は、また外階段の方に座っている。

 そして、ここに座っている限りあの先輩——篠崎凪——から声をかけられるだろう。

 俺は、先輩が来るまで外階段に座りながら心を落ち着かせていた。

 昼食時間が終わり、少しして俺の目の前に先輩が現れた。

「またここにいるって事は、君は試合には参加しないつもりかな?倉知零士くん。」

「どうでしょう?それは先輩が俺の質問に答えてくれたら考えます。」

「質問?何だろう?私が答えられる事なら何でも答えてあげる。そのかわり、私も君に聞きたい事があるからこっちの質問にもちゃんと答えてね。」

 先輩はそういうと俺の斜め前に座った。

 この人はホント何を考えているのか分からない。先輩からの質問が何なのか気にはなるが、俺はこの人に対して一番気になる質問を聞いてみた。

「じゃあ先に、俺から質問しますね。

 どうして先輩は俺に声をかけてきたんですか?外には他にもサボってたりする人はいますよね?」

「それは、部活紹介の時に君と話して最後にまた一人でいたら声をかけるねって言ったからかな。」

 そう言われて自分の記憶を遡ってみた。

 確かに、先輩と最後に話したのは一学期初めの部活紹介の時だが、その時言った一言の為だけに話しかけたりするだろうか?

「理由はそれだけですか?」

「他にも理由はあるよ。 君と同じ一年生の女の子達が君の事少し不思議な空気を纏っててそれがカッコいいって話題にしてたから君ってどんな人なんだろうって思って、気になったから。」

「確かにそんな噂があるのは俺も聞きましたけど、そんなに不思議ですか?俺って?」

 確かに春希が女子の間で俺の事がミステリアスだという噂は宿泊学習の時に聞いている。

 だがそれは、他の男子や少しの女子と話す事で解決したと思っていた。もしや、俺が思っているよりこの問題は解決していないのかもしれない。

 もしくは、すでに女子の間では俺は謎が多いという印象が強く根付いてしまっているのかもしれない。どちらにせよ、俺がした少しだけの努力はあまり意味がなかったという事だ。

「君は確かに不思議ではあるかな。 でも多分、私が思ってる不思議と他の子達が思ってる不思議は違う気がする。」

「じゃあ、先輩は俺の事がどんなふうに思っているんですか?」

 そう聞いて俺は、少し恥ずかしくなった。

 なんだかこれは、俺がこの後先輩に告白でもしようとしているように聞こえるのではないかと思ってしまったからだ。

 けど流石にこれは、思い過ごしだったようで、先輩は特に気にさた様子もなく俺の質問に答えてくれた。

「そうだね。私は君が何でそんなにつまらなそうにしてるのかが不思議かな。 これは私からの質問になっちゃうんだけど聞いてもいい?」

「何ですか?」

「今まで私が君を見かけるたび、君はいつもどこかつまらなそうにしてるのは何でなのかな?」

「それは……」

 その質問に対して俺は一瞬どう答えようか迷った。

 俺がつまらなそうにしてるのは見ている世界がモノクロに見えているからで、何が楽しいのか分からないからだ。

 けれど、それをそのまま伝えたところで理解されはしないだろう。なら、どうにか別の答えを探さなくてはならない。

 あまり答えに詰まると変に勘ぐられそうで嫌だし、かと言って適当に答えを返してそれに対してまた質問されると今度は答えられそうにない。

 どう答えを返そうか少し迷って、この学校に来たもう一つの理由で何とかこの場を凌ごうと考えた。

「俺がつまらなそうに見えるのはきっと、学校に通ってる理由がただの暇つぶしだと思ってるからだと思いますよ。」

「そうなの? 学校に通う理由は人それぞれだと思うけど、暇つぶしで来てるって人初めて会ったよ。」

 先輩は少しビックリした顔でそう言いそれでも、またすぐ何か考えるような顔をした。

「普通そうだと思いますよ。 自分周りでもそういう人いないですし。 仮にいたとしても流石にそれを口に出す人はいないでしょ。」

「それならさ、こういうイベント毎で君が一人でいるのはどうして? 運動系のイベントなら参加してもいいと思うけど?」

「それは、単に変な目立ち方したくないからですよ。 運動は苦手ってわけではないですけど、特別上手くもないので。それに一番は動くと疲れるので参加してないだけです。」

 そう答えると先輩は今度は少しだけ声を出して笑いだし、すぐに顔を元に戻して話しかけてくる。

「確かに動くと疲れるね。 でも、疲れたりするだろうけど今のクラスでこうやって協力したりするのは少ないし今参加しないともったいないと思うよ。」

「まぁ、確かにそうですけど…… それなら、午後にも試合あると思うんで気が向いたら参加しますよ。」

「うん。そうしな。 それと、今日の事で君の事また少し気になったから今度は君を見かけたら声をかけるからよろしく。」

 最後先輩は笑ってそう言い、クラスメートに呼ばれてその場からいなくなった。

 今日、あの先輩と話してみて感じたことがいくつかある。

 最初あの人は俺の秘密に気づいた、もしくは、何かおかしいなと思って近づいてきたのかとおもった。けれど、それは俺の思い違いで、ただ純粋に俺がつまらなそうにしている事に対して、どうしてなんだろうと疑問に思ったから話しかけてきたのだという事。

 そして、今度からは見かけたら声をかけてくると言っていたが、それもまた俺自身に興味があるから声をかけてくるのだと俺自身そう思って話した方がいいという事。——これは完全に自意識過剰になっているが決して恋愛感情のようなものがあると思ってはいけないという再確認である。——

 それとこれは俺が一番大丈夫だと思った事だが、あの人、篠崎先輩には俺の秘密がバレても大丈夫な気がする。むしろ、篠崎先輩と関わる事で俺にとって大事な何かを取り戻せるのではないと考えてしまった自分がいる。

 どうしてそう思ったのかは自分でもよく分かってはないが篠崎先輩ならバレたり、こちらから話したりしても変な目で俺の事を見たりしないだろうという予感がする。

 多分これは、篠崎先輩がそこまで嫌な人ではないと俺自身が思ったからだろう。 そしていつか、自分から秘密を話したりするのではないかという予感すらしてしまう。それほど、今の俺は篠崎先輩に対して安心感を持っている。繰り返しになってしまうがこれも、別に大した根拠はなく俺自身が勝手にそう思っているだけなのだ。

 

 篠崎先輩との話が終わってしばらくして、俺は一度体育館の中へと戻っていった。するとすぐに春希と会って今までどこにいたのかと聞かれた。

 さっきまで生徒会長と話していたと伝えると少し驚いてはいたが、ただ「そうか」とだけ言い、午後の試合はどうするのかと聞かれてとりあえず「考え中」とだけ答えて二人で他のクラスの試合を観戦していた。

 

「おい、そろそろ俺らのクラスの試合始まるみたいだけどお前どうする?」

「うーん…… 最後だけ試合出ても目立ちそうだしやめておくよ。」

「分かった。 なんていうか、こういうのに参加しないところお前らしいっちゃお前らしいのかもな。」

 試合に参加するのも断った俺に春希はお前らしいと言い他のクラスメートと合流して試合に参加しにいった。

 結局俺は一度も試合に出る事なく球技大会は終わった。

 最後はこの球技大会の実行委員長が締めの言葉を言って無事球技大会は終わりを迎えた。

 その後は一旦教室に戻り軽くホームルームをして解散となった。

 最後のホームルームでは夏休みにお疲れ様会と称したクラス会をやりたいと提案があり、何と、先生が食べ放題でいいなら先生が奢ってくれるという話になりどこからか「先生太っ腹」という声がして、最後まで騒がしいまま解散となり、そのまま月日が経ちすぐに夏休みに入った。

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