第六話 〜一族〜
「まぁ、リナには覚えてもらう事が沢山あるけど…ここからが君にとっても、僕らにとっても大事なの事で、これからを生きていく為に必要な事を教えるよ」
シャルの顔つきが変わり、思わず唾をごくりと飲み込む、やけにその音が耳に響いた。
レンもただ黙ってシャルを見つめてる。
これから話す内容とやらに大体の目星はついているのか…。
いや、何となく私にも察することが出来る。
「それは…〈一族〉…についてか?」
この二人の口から何度も聞いた単語。
〈一族〉
それが何を意味するのか、私自身に深く関わり、目の前の二人にも大きく関わるもの。何もわからない今の私には到底それの重大さなんて理解出来ない。
しかし、今、やっと知る事が出来る。
「流石に察しちゃうか、うん、その通りだよ。〈一族〉について、簡単に話していく」
「…あぁ」
「まず、リナは聞いたことあるかな?この世には六つの一族がいて、何の力も持たない普通の人間…〈凡〉とで分類されている事を」
「…少し耳にした事は、ある。しかし詳しくは…」
「分かった。それじゃまずは六つの一族についてそれぞれ話していこう。えーっと…紙に書いたほうが多分分かりやすいよね。待ってて」
ゴソゴソと肩から斜めがけされていた鞄からメモ帳とペンと取り出すシャル。それを私に見えやすいように置き真っ白な紙の面積に黒のインクがじんわりと滲んだ。それをスラスラと慣れたように滑らせ文字を書く。
そこには〈守護〉と力強く書かれている。
「まずは僕達の一族から話していこうと思う。でもその前に〈一族〉と〈凡〉の説明をするね」
書かれた紙等はそのままにシャルは微笑みを携え説明を始める。
「〈一族〉って言うのは特別な力を持った血族…と言えば良いかな。それとは違い〈凡〉は力を持たない普通の人間。平凡の〈凡〉…。僕はこの言い方はあまり好きじゃないけど…」
「特別な力…」
「そう、大昔はもしかしたらもっと数がいたのかもしれないけど…戦争…己の力の主張をどちらも譲らなかったが為に今は六つしか残ってないと言われてるね。実際生きてきて耳にするのは僕も六つしか知らない」
戦争という言葉に背筋がゾクリと寒くなった。
今よりも昔の世界にはそんな事も起きていたのかと…最初がどれ程の数の一族が存在していたか分からないが、今では六つしか生き残っていないと考えると…。きっと多くの血が流れ…今の世が出来ている。
それを考えるとなんともやるせない気持ちに心が囚われる。
「そんな昔もあってか今は平和に、干渉せず暮らそうとお互いに思ってるんだろうね。戦争…なんて言う程の争いは僕の知る限りは起こってない。書物とか見た限り四百年は起きてないんじゃないかな?」
「…そうか」
その言葉に少しだけホっとした自分がいる。
しかし裏を返せば争いが終わってからまだ四百年しか経っていないとも考えられる。
今の平和がいつまで続くか、ただでさえ魔物も蔓延るこの世界だ。
皆が皆、武器を持ち己を守る術を身に付けるだろう。完全に無力にはならないし、大きくは無くても少しの争いは何処でも起きるものだ。
…あの小さな少年が狙われたように、弱者を虐げ愉悦に浸る輩も現れるぐらいには…。
「…平和がいつまで続くか…だな」
「…レン」
「その昔もあって、表面上は何もないように見えて内心は下らないプライドのぶつかり合いだ。互いに関わらないようにしましょう…って言っても、力を見せつけたくてたまらないやつは少なからずいる。…それに昔に囚われてるのは一族だけじゃ無い。力を持ってない人間も…内心は俺等みたいな〈一族〉に恐怖、怒り…そういった負の感情を潜めてる奴らが一定多数いる」
目を伏せ、告げるレン。
「…そう、だね。案外〈一族〉の人間は普通に紛れて暮らしてる人も多いんだ。集落から外れて…“普通”に暮らしたいって思いで、力を抑えて…働いて…。でも、それが返って〈凡〉の人達は疑心暗鬼になるのかもね。何処に理解し難い力を持つ“化物”がいるんだろうって」
“化物”
そう告げるシャルの顔にはなんの感情も宿っておらず、違和感を覚える。いつもの彼なら、また、困った様に微笑むと思ったから。
…否、違う。
きっと彼は“慣れて”しまったのだろう。
世界の扱いに。
それが当たり前だと受け入れてしまっている。だから何も感じず、なんてことも無いように言葉を紡げるのだ。
これが…この世界の普通。
あの村で、囲われ生きてきた私の知らない世界の常識。
何故、村の人達は私にこういった事を教えなかったのだろう。そのうち知る事になるのに。
隠してた?言う必要が無かった?
私にはあの村の者達が何を考えて私には接していたのか少しも理解できない。
だから、逃げたのだ。
「それじゃここで僕達の一族。〈守護〉の一族について話していこう」
空気を切り替えるかのように手を一回鳴らし再びメモ帳を見せる。
「僕やレンが〈守護〉の一族なのは今までの流れで分かるよね。そして君の元いた場所は所謂守護の一族の集落だ」
カチリとボールペンのインクを切り替え青のインクを紙に走らせる。
「僕達の特殊な能力は簡単に言うと通常よりも身体が丈夫な事かな」
「…それだけか?」
「うん、それだけ。思ったよりもショボいでしょう?」
「…正直…」
あっけらかんと話すシャルがう~んと顎下にボールペンを当てて考える素振りをした。
「まぁ、言葉にすると結構しょうもなく感じられるよね。なら見てもらうしか無いかな。レン、ナイフ貸して」
「…」
シャルの意図に気付いたのかレンは眉間に皺を深く刻み込みながらも持っていた小型のナイフを取り出しシャルへと渡す。
怪訝な顔をして行われる二人の動作を見つめる私は次にシャルがやろうとする事についていけなかった。
「…は…」
シャルはシャキンとナイフの刃を出すと掌に刃を強く押し当てーーー引いた。
「何を…!!!」
思わず立ち上がりシャルの掌を掴む。
咄嗟の行動で傷口に触ってしまったとかそんな事は考えてられなかった。
焦る私とは打って変わってシャルは呑気に片手でナイフの刃を仕舞っている。
その様子を見てふと我に返り改めてシャルの掌をしっかり見た。が…その掌には傷一つも血の一滴も滲んですらいなかった。
みるみるうちに開いていく私の眼孔。
「ね、分かったかな?あれくらいのナイフや力じゃ傷なんて付けられない。もっと言うなら裏世界で流通している様な銃とか手榴弾とかでも掠り傷にならないかもね」
「…そんな」
「一族の中で一番の防御力を誇るのが僕達〈守護〉の一族。その名に恥じない強度を持ってるつもりだよ」
パチリとウインクを飛ばすシャルに私は開いた瞳を閉じる事すらできない。
シャルは静かにナイフをレンに返した。
シャキンとまた開かれ表れるナイフの刃にレンは人差し指をなぞらせパチンと刃を仕舞い懐にナイフを戻す。
「悪趣味な試し方するな。何も知らないやつから見たらただの奇行だぞ」
「こういうのは聞くより見ろじゃない?」
「……〈守護〉の一族がどういうものかは…多少分かったが…正直心臓に悪いからああいうのは出来る限り止めてほしいものだが…」
「うん、ごめんね」
カチリとインクの切り替わる音が響く。
「でもいくら防御力が高いからと言って限界はあるよ。対応もされやすい。特に魔法を得意とする人には少し弱いかもね。僕達の一族自体魔法が得意じゃないから」
赤で[魔法は不得意]とメモ帳に書かれた。
「…でも、シャルはその、魔法のような物が使えると…」
「うん、そうだね。それも説明するよ。レンが聞きたいのもそれでしょう?」
「………」
「沈黙は肯定と受け取るよ。でも大前提として、あくまで僕達は不得意なだけで完全に使えないわけじゃない、というのを頭に入れてもらえるかな」
「分かった」
「オーケー。まず魔法というのは使える人使えない人、色んな人がいる。魔力の核が人には絶対あって、その魔力量や質で扱える属性や威力等も変わってくる。僕達は核はあれど魔力量が非常に少ないんだ。だから不得意とされてるだけ。でもどんなに小さく微かな魔力でもコントロールすれば魔術や魔法とまでは行かなくても魔法を模した技くらいなら身につけることが出来るよ。多分レンもね」
右手を私達の前へ広げシャルは真剣な顔つきで己の右手を見つめている。
するとポワ…とシャルの右手から微かな冷気が漏れ出す。ヒンヤリとした空気が僅かに感じられた。
「まぁ、こんな感じでね」
冷気を漂わせた右手で私の左手を掴む。
掴んだそこから一気に私の体は突然の冷たさに驚き固まった。
「ヒャッ…!つ、冷たい…!冷たいから離せ…!!」
「ふふ、僕は氷属性の魔法と相性が良いらしくてね、結構便利だし回復技と併用して使わせてもらってるんだ。ちょっと応急処置なら患部を冷やして…ってことも出来るから」
冷気を引っ込めたと思えば今度はまた違うほんのりとした光を右手に宿した。
「こっちは回復魔法を模した技だね。魔法とかとは違って一人の、しかも部分的でしか対象を癒せない。しかも結構集中力を使うから、普通に魔法を使える人からしたら不便で役に立ち辛いように見えるかもね。…でも細かい処置や患者の何処が悪いかとかも分かったりするから僕としては便利だよ」
「…回復出来る術があるなら十分だろ。回復魔法はそれこそ相性によって全く使えない奴も存在する」
「そうなのか?…私はどうだろう」
「多分リナは全属性下級魔法レベルなら使えると思うよ。回復魔法もね」
「下級…?」
「魔法にもレベル…というか段階があって、下級、中級、上級、最上級って感じでね。上に行けば行くほど魔力の消費と比例して強力な魔法を扱える。威力も能力も下級と最上級なら桁違いだ。まぁ、上級、最上級レベルに関しては使える人は結構限られるけど。余程魔法に特化した身体をしてるかとか、核の魔力量とか…後は……〈呪術〉の一族の可能性とかね」
淡い光を握りつぶすかのように掌を握る。
暖かいような癒やされる光は瞬く間に消え去り残るのは月光に照らされた私達だけ。
「…焚き火でもしようか。完全に辺りも暗くなってきたし」
立ち上がったシャルは少し私達から離れて適当に落ちてる木々を拾い戻ってくる。
それを中心に落とすとシャルが持ってる小さな鞄からマッチの箱を取り出し、一本、マッチ棒を手にして慣れた手付きで着火しそれを木へと放り投げた。
投げられたマッチの火は簡単に木を燃やし辺りは一気に明るくなる。
「…こういうのでは魔法とか…魔薬?は使わないんだな」
「…便利なものって頼りたくなるのは分かるけど、なんだって頼り過ぎは良くないからね。これくらいは自分で出来たほうが何かと良いよ。…って言ってもマッチも人工的な物だからものに頼るって面では変わってないけどね」
パチパチと燃える炎をぼんやり眺めながら再び腰を落とすシャル。
木が燃えてることによって上へと昇る煙を目だけで追う様子が私には何を考えてるのか分からなかった。
見つめていると突然合わさるシャルとの目線。
ニコリと笑ってシャルは口を開く。
「それじゃ次はさっき話にも上がった〈呪術〉の一族について、話していこうか。と言ってもあったこと無いから見聞きした情報でしかこれからは話せないけど…」
「構わない。どんな話でも今の私には新鮮で重要な情報だ」
「吸収力抜群って感じかな。教えがいがあるね」
ちょっとした冗談も交えながらもペンを取りメモ帳へと文字を走らせる姿は様になっている。恐らくこうして誰かに何かを教えるのは得意な方なのだろう。
面倒見も兄という立場を考え尚且今までの言動からして良い。
(…優しい男ではあるんだろうが、何か、引っかかる。これが《リナ》としてなのか、ただの勘なのか分からないが)
ちらりとレンを見れば、いつの間にか色んな道具を用意してさっきのナイフや短剣の手入れをしていた。
すると視線に気づいたのかレンの赤い瞳が私を見返す。
「なんだ?」
「い、いや…何も。あー…いや、そうだな…。レンの聞きたいこととやらは解決したのか?」
咄嗟にだが、そのうち疑問に思うだろう話題を思いつけたことを褒めてほしい。
質問されたレンは目を数回瞬かせ、あぁ…と思い出したように呟いて手入れの途中のナイフに目を落とす。
「まぁ、自分の中では解決したっちゃした。今まで使おうと思ってなかった…というか使えないと思ってたからな。魔法とかそこらへんは…。でも、まだ自分が強くなれる可能性があるって分かって、これからはシャルのようにそいつを活用して自分の力を高められるか色々試してみる」
「…レンはなんでそこまで強くなろうとする?」
これも咄嗟に出た疑問。
しかしレンは私を一瞥したあとナイフを見ながらすぐに答えた。
「大切なものを守る為」
単純な答え。
シンプルで簡潔な答え。
しかし、私にとっては少し気恥ずかしく、尚更疑問を抱える答えだった。
(そこまでする価値が…私にあるのか)
力を貸してほしいと願ったのは他でもない私にだが、レンもシャルも…あまりに私に甘過ぎる気がする。
ただの幼馴染、それだけの関係なはず。
本当かどうかは知らないが、彼等はそう言った、一族関係無しに私を守りたいと。
その気持ちをどう受け止めれば良いのか、今の私にはまだ判断出来ない。
カチリとボールペンの音がした。
丁度良くシャルも書くことが終わったようで、私とレンを見る。
「丁度話も終わったみたいだね。なら僕からの話を始めよう。心して聞くように」
ヒュウと生温い風が私達の間を抜ける。
〈呪術〉と書かれた紙が風に吹かれて少し浮いた。
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