第五話 〜生樹〜
「さて、何から話そうかな」
指元を顎に当て考える素振りをするシャル。
そして少し考えてから、よし、と一言呟き…。
「この世の仕組みと一族について、そこから話していこうか」
「仕組み…」
「そう、そこから見えるかな」
シャルは私の背後を、遠くを指差す。
その方向を見ようと身体を捻じり、先を見ればおおきな…微かに光り輝く樹を視界に捉えた。
「…樹だな…大きな」
「そう、樹だね。僕達にとって大切な〈生樹〉と呼ばれる、ね」
「〈生樹〉…」
また新しい単語。
「〈生樹〉又の名を〈生命の通り道〉とも呼ばれてるな」
「別の名もあるのか…」
「まぁ大体は〈生樹〉と呼ぶからそれで覚えてていいよ。…〈生樹〉は別名の通り死んだ者の魂があそこへと導かれ、そして新しい命が芽吹き、転生する…と言われてる」
「遠くからでも輝いてんのが分かるだろ?それが死んだ魂だって言われてる。…あそこで浄化され、綺麗になってから再び新たな人生を歩むんだとよ」
「浄化って…運ばれた魂が汚れているかのようだな」
「まぁ…ね。汚れた魂も導かれるから。例えば犯罪を犯した者、私欲にまみれた者…。……心が鬼と化した者…とかね」
「………なるほど、汚れ…か」
堕ちるとこまで堕ちた魂。
それすらも平等に彼処へと導かれるというのか。
(…なんとも言えんな)
「死ねば悪だろうと善だろうと同じだ」
ふと、レンが呟いた。
「同じ、なのか?」
「天国も地獄も見たことあるやつなんざいねぇだろ。だから生者の俺からしたら同じようなもんだ」
「……真面目に生きた者と手を汚した者が同じ扱いをされていいのだろうか」
「だからこの世には罰があるんだろうな、それこそ生き地獄を合わせるような罰を与える国や街もある。楽になんて死なせない為に」
「………」
「だけど、世の中には手を汚したくて汚したわけじゃないやつもいる。修羅に落ちざる負えない何ががあったやつがな」
「…分からんな、何があっても…手を汚す事だけは…してはいけない…と私は思ってしまう」
「別に分からないなら分からないでいい。ただ、もしそんな奴にあったら…下手に何か諭すような事は言うな。結局人の生き方に他人は口出しなんて出来ねぇんだ。そいつの生きる道はそいつにしか切り開けない。だから…リナ、お前はお前が正しいと思った通りに生きればいい。お前の正しさを見つけろ。後悔しない生き方を、お前が選んだなら誰も何も言えない」
正しいと思った事。
私なりの正しさを見つけろと、それで生きろとレンは言う。
(…簡単に難題を言ってくれる)
「えーと、話が逸れたから戻るけど…〈生樹〉はこの世界に無くてはならないもの。もし無くなってしまったら、世界は混沌に呑まれると言われてるね」
「そんなにか、でもそれこそ、その…〈生樹〉が無くなったのを見たことがないんだから分からないだろう」
「そうだね、だけど、見たことが無いから怖いんだよ。それに〈生樹〉には守り人〈精霊〉がついている。それだけで充分信憑性は増すだろう?」
「〈精霊〉…とは?」
「〈精霊〉っていうのは世界を構築するあらゆる物質、物体、その他諸々を司るもの。例えば、火、水、風、地、光、闇。リナが使える魔法の属性を司る〈精霊〉もいるし。木や植物を司る精霊もいる。とても種類が多いんだ」
「…う、頭が痛くなってくるな…」
「基本〈精霊〉は目に見えない。だからそんな存在がいるんだー程度でも良いと思うよ。……そして〈生樹〉を守るのは時間や時空を司る時の精霊…と言われてる」
「時…。そういう〈精霊〉もいるのか」
「本当かどうかは分からないけどね。でも、僕は信じてるよ」
私は再び〈生樹〉へ目を向ける。
ぼんやりと光る世界の象徴とも言える樹。
(私もいつか死ぬときがあれば、彼処へと導かれるというのか。そして、導かれた後は……)
「リナってさ、前世とか転生とかは信じるタイプ?」
突拍子もない質問。
しかし、私からしたら考えでも読まれたのかと思うくらいタイミングの良い質問。
「…シャルはどうなんだ?」
「僕?…僕はね…そうだな」
じっと樹を見て、少し間を開けた後に私の方へ目線を移す。
「僕は信じないかな、非現実的…というのもあるし、例えあり得たとしても…新しい命に過去をどうこう背負わせる必要も無い。幸せに、生きてほしいから」
言い聞かせる様にそう言うシャル。
再び樹に目を向けるシャルは今何を考えているのか、何を思い出しているのか。私には、到底分からない。
「まぁ、取り敢えず僕は信じないって事で、リナは?」
パッと雰囲気を切り替え、私へと返される。
先程の説明とシャルの考えを聞いて、私が思うのは、思ったのは…。
「…私も信じないだろうな。というより、経験が無いものを、信じるも信じないも無い…と言うのが正しいだろう。もし前世の記憶がある…という人がいても、最初は信じきれないかもしれない」
「まぁ、そうだよね。でも、案外いるものだよ?前世の記憶がありますって人。嘘な事が多いけどね。それもあるから信じれない…というのもあるかも」
「そうか…、レンは?」
静かになったレンに話を振れば、突然話を振られた事に驚いたのか、少し目を丸くした。
私達の話は聞いていたのだろう、質問の意味を理解した後は間髪入れず。
「信じる」
と一言だけ告げた。
「…意外だな、この中で一番信じなさそうなのに」
「そうか?でも、生まれ変わりとか前世とか、素敵な話…だと思う。だからそういうの自体は信じる。記憶があるとか言ってくる奴を信じるかどうかはそいつ次第だな」
「そいつ次第って…嘘かどうか見破れるのか?」
「ある程度は。相手が相当嘘を付き慣れてなきゃ案外分かるもんだろ。…感で」
「感なんだね…」
「分からないもんは取り敢えず自分の感で何とかすればいいだろ。一先ずはな」
「なるほど…?にしても、レンはあれだな?ロマンチスト…と言うやつだ」
「………」
「うーん、まぁ確かに、素敵な話ではあるよね」
「…何か馬鹿にされてる気がする…」
ジトッとこちらを睨むレン。
その表情は年相応の不貞腐れた可愛げのある顔で、こういう顔も出来るのかと、純粋に思った。
たが、レンは直ぐにゴホンと咳払いをして、キリッと顔を引き締める。
「俺の話は良いんだよ。俺らは今を生きてるんだから、前世だの生まれ変わりだの考えなくて良い。死んだ後とかもな」
「だね、今を生きればそれで良い。僕達はこれからを考えていこう」
その言葉に、ハッとして二人を見れば、シャルはニコリと微笑み、レンはスッと目を逸らす。
(やっぱり、私の考えてた事が分かっていたのか…)
「……私はそんなに分かりやすいのだろうか」
「まぁそれなりにね」
「結構な」
「…はは、なら私はこれから先、嘘はつかないほうが良さそうだ。少なくとも二人には通用しなさそうだからな」
「良いんじゃないそれでも。嘘なんて、無理して付くもんでも無いしね」
「それがリナの良い所だろ」
優しい眼差しでこちらを見つめる二人。
その視線に少し恥ずかしさを感じ身体がむず痒い。
「…でも」
ふと、レンが呟く。
私を見つめ、少し目を細めて笑ってから。
「何度新しい命として生まれ変わっても、俺はお前を護る」
当たり前のように堂々と言ってのけるレン。
「…出会えるのかさえ分からないだろう?」
「まぁ、そうだな。でも、俺達はどの世界で生きようと巡り会えるって信じてるからな」
「…やはり、レンはロマンチスト、だな」
「はは、かもな」
今度は否定をせずに受け入れる。
何故こうもこの男は私に対してそこまで一生懸命になれるのか。
私の何を見て、何を知って、私についてくるのだろう。
無理強いも否定もしない。
私の意思を常に尊重して、味方でいてくれる。
…そこまでの価値が私にあるというのか。
「リーナ」
「…シャル?」
「君が何を考えて、思っているのか。全部なんて分かりきれないけど、レンも僕もリナが大切だからこの旅についてこようと思った。単純な話だよ、だからそんな難しく考えないで、君は君らしく思ったまま進んでいけばいい。だから笑って笑って!君が笑顔でいるなら僕達はそれだけで嬉しいから」
ニッコリと両手の人差し指で口角を上げる動作をするシャル。
この男もそうだ。
最初は私を助け、しかし連れ去ろうと私を拘束して。
だけど結局は私の意思を汲み取ってくれた。
今だって、考え込んで暗くなっていたのだろう私を励ましてくれる。
「…今更だが、改めてありがとう二人共」
「気にすんな」
「どういたしまして」
態度も雰囲気も何もかも違う双子。
この二人の間にも、何かがある。
しかし、今の私にはそこに踏み込む勇気も資格も無い。そして二人も今はそれを私に明かそうなんてしない筈だ。
これから先の旅で、いつかは明かしてくれるのだろうか…。
「まぁ、一先ず〈生樹〉の説明は終わりかな。それに詳しい生体とかそういうのは正直分かっていないし、本とかでも調べられないから誰も分かってない可能性もある。だからさっきのをある程度覚えてれば問題はないよ」
「あぁ、ありがとう。〈精霊〉は他に何かあるのか?」
「うーん〈精霊〉も僕達とは存在が掛け離れてるからね。それこそ精霊研究者とかそっちの分野をとことん突き詰めてる人だったらもっと説明できることも増えるけど、僕からはこれ以上は難しいかな」
「取り敢えず、世の中には色んな力を司る〈精霊〉って言うのがいるって言うのさえ分かればいいだろ」
「そうだね、基本僕達は会うことないから、そんな認識でも大丈夫じゃないかな」
「ふむ、分かった。〈生樹〉と〈精霊〉か…今更だが、結構複雑だな…」
「何言ってるの?まだまだ序の口だよ。他にも覚えてもらう事は山程あるからね」
「ゔ…」
「…まぁ、頑張れ」
「レンも何か教えられることがあったら教えてあげてね、逆に分かりません…。なんてこと無いよね?」
「ない、と…思う」
何も言わせない圧力を真正面でかけられたレンは顔を引きつらせ目をそらし不安げに答える。
シャルはそんなレンに対してニッコリと笑った。
「大丈夫だよ二人共、不安な事があったら遠慮なく聞いて?僕が手取り足取り時間を掛けて教えるから、覚えるまでしっかりね」
その笑顔を前にして、いいえを言える人は恐らくいないだろう。
シャルに対して物怖じしなかった筈のレンでさえ固まってる。
あのレンでさえこの様子ということは、シャルは思ったより怒らせたら怖い人間なのかもしれない…。
…と私はこのとき初めて感じたのだった。
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