第四話 〜自己紹介〜


「…所で、旅を始めるにあたって必要なことって…何なんだ…?」

「まずそっからかよ…」


呆れたようにツッコまれ、少しムッとする。


「…村を飛び出す事に必死だったんだ、それこそ行きあたりばったりを覚悟にここまで来たんだ。仕方ないだろう」


不貞腐れながらもそう伝えれば、シャルは顎に指を当て、考える仕草をする。


「うーん、そうだなぁ…」


そして、あ…と小さく溢し、ニコリと私達に笑いかける。名案を思いついたかの様に。


「これから一緒に旅をするんだから、まずは自己紹介をしようか。リナは勿論、僕達だって今のリナを知らないし、なんなら僕はレンのことも知らない。十年だもん、当たり前っちゃ当たり前の年月だよね」


良い事を提案したと満足気に笑うシャルに何とも複雑な表情を浮かべシャルを見るレン。


(自己紹介、か……)


確かに、それは良い案なのかもしれない。

私達は互いを知らな過ぎる、そんな状態ではいざ危ない場面に陥ったとき、背中を預けれるのか。

ーーー否、預けられない。


「…そうだな。自己紹介、良いかもしれない」


賛成を示せば、今度はレンの複雑な目を私に向けられる。しかし、溜息をついたあと、レンも一回頷く。


「…まぁ、良いか。簡単な自己紹介なら別に」


その言葉には遠回しに絶対に言いたくない《何か》があると言っているようなものだった。

ここまであからさまに態度や言動に表すのだから、私達がどう言おうと決意は揺るがないのだろう。

シャルもそんなレンを察して。


「じゃあ自分から簡単に自己紹介、させてもらうね」


右手を少し上げて、ちょっと照れくさそうに話し始める。


「シャル・ガルディアン。レンとは双子でお兄ちゃんです。年齢は十八歳、レンと君と同じ年だね。誕生日は三月十二日。得意な事は調合…かな。一応薬も、毒も作れるよ。後は簡単な回復術を使えるから、怪我をしたり、体調が悪くなったらいつでも言ってくれて構わないよ。戦闘スタイルは格闘術…かな。独自のやり方で戦う形になる。だから戦闘では前線で、かな」

「同い年なのか…。にしても調合って…凄いな」

「…まぁ、色々合ったからね」


曖昧に濁され、線を引かれたのが分かった。


(…《色々》…というのに触れないほうが良いか)


レンもシャルも…十年で合った事をそう簡単に話そうとしないのは、私の為か、己の為か…。


「…回復術…?」


レンがポツリと呟く。


「そうだ、回復も出来るんだったな。これからの旅で頼り切りにならないよう私達も気を付けないとな。シャルが疲労で倒れないように………レン?」


呟いてからのレンは、ずっと怪訝そうにシャルを見つめていた。

何がそんなに疑問なのか分からず、呼びかける。

シャルはそんなレンを見て、笑う。


「別に不可能じゃ無いだろう?僕達にだって出来ることはあるよ。…限度はあれどね」

「………」

「さ、次はレンが自己紹介の番だよ。君の疑問も色々後からリナに説明していくつもりだ」


目の前で交わされるやり取りに口を挟むことも出来ず、成り行きを見守るだけの私。

シャルの言い分に納得しているような、していないような、そんな雰囲気を纏わせながらもレンは口を開いた。


「…レン・ガルディアン。年齢、誕生日はそいつが言った通りだ。双剣をメインに短剣、ナイフも使う。だから俺も前線だな。シャルとは違って回復とかのサポートは出来ない。から…戦いとなると特攻メインだ。戦闘面では頼ってくれて良い」

「随分自信満々だね」

「そりゃな、十年…生き残る為には力が必要だからな」

「…確かにそうだね…」


輩に囲まれた時、シャルの動きは少し見たが実力が圧倒的に違う為、対して相手にしてなかった。

そしてレン。レンの実力は未知数で、戦闘スタイルを説明されてもどう動くのかは見ないと分からない。

今思い出してみれば、私を助けた際に一瞬鳴った甲高い…金属音。

あれはシャルへの牽制にナイフか何かを投げた音だろう。


「最後に、リナ。どうぞ?」


シャルに促されるまま、真っ直ぐ背筋を伸ばし前を見据える。 


「リナ・アルフィリアだ。必要ないと思うが十八歳。誕生日は一月二十八日…だと思う。戦い方は剣を扱う。つまり、私も前線で戦うことになる…が、魔法も使えはする。地水火風光闇、無属性、回復魔法。一通りは使えるが私が使えるのは下級魔法だけだ、だがこの三人だと場面に応じて後方に周り攻撃や支援をする事になるな」


前線を二人が切り開くと言うなら私は後ろに下がってサポートの方が安定するだろう。


「そうだね、それこそ場面に応じて…何だろうけどリナには主に魔法支援、畳み掛けるときは前衛に出てって感じかな…。一番考えて立ち回る必要があるね」

「状況によっては難しくもなる…。出来るか?」


問われたその言葉に、私は大きく頷く。


「やってみせる。二人の足を引っ張りたくないからな、私だって戦える」


堂々と言い切ったそれに、二人はニッと笑う。

年齢に合った笑顔で。


「よし、ならなんの問題も無いな」

「僕達の方こそ魔法や何だでリナに頼り切りにならないようにしないと。カッコ悪いとこは見せらんないかね。でしょ?レン」

「当たり前だろ、負けられねぇな」

「ふふ、だったら私も負けてられない」

「二人共何を競っているの?もう…。…それじゃ二人共、これから宜しくね」

「ああ」

「勿論だ」


強く返答して、ふとある疑問が過る。


「…そういえば、シャルは村のことは良いのか?」

「え?」

「私を連れ戻さなくて…いや、連れ戻される気もサラサラないんだが…それでもあの村の立場とか…一族のーーー」 

「リナ」


制するような鋭い声。

それは、さっきまでふんわりとした雰囲気で優しく話していたシャルから発せられた。

驚き、思わず口を噤む。


「…その話はここを、というか街を出てから話そう。さっきのレンの疑問とか、リナの旅に必要な知識とか詳しい事は街の外で」

「…だな」

「え、だが、外には魔物もいるし、危ないんじゃないか…?」

「それでも、ここよりはゆっくり話せるよ。《色々》とね」


含まれたように言われ、ゴクリと生唾を呑み込んだ。

私の知らない、知っておかないといけない何かを教えてもらう為には人が沢山いる酒屋では駄目らしい。

ガヤガヤと人の声と食器がぶつかる音等が混ざったこの場所では。


「…そうだな、それじゃ簡単な理由だけ教えるよ」


声のトーンを下げ、内緒話をするかのように見を前に倒すシャル。

私も釣られて前屈みになる。

レンは辺りに注意を払っているのか、目線だけをゆっくりと動かし見渡していた。

聞かれないように、牽制するように。


「…ここみたいに普通の人が賑わう場所で、あまり一族の話題は避けたほうがいい。特に治安の良くない場所なら尚更ね。自分の為に…ね」


それだけ伝えるとシャルは、すみませーんと店員を呼び会計を頼む。

渡された伝票を見て、シャルとレンはお金を出し、シャルはレジへと向かう。


「会計は任せて俺達は先に店の外に出てるぞ」

「…あぁ、済まない。お金を出させてしまった…」

「外の世界の生き方を知らないお前にそこまで金銭の余裕があるとは思えないしな、気にすんな」


そう言われてしまっては何も言えない。

簡単な物だけ持って出て来た私は、その街その街で街人の仕事を手伝ったりして僅かな金銭を得たり、又は野宿したりと大変だった。

殆ど無一文状態の私は二人の好意に甘えることにした。


カランコロンーーー。


ドアベルを鳴らし私達は酒屋を後にした。

少し待った後にシャルも店から出て来て、私達を一目見たあと、少し笑って。


「それじゃ、行こうか」

「…行くと言っても何処へ…?」

「取り敢えず街の外だな」

「もう夜だぞ…?魔物も活発になる」

「魔除けアイテムもあるし、僕とレンで交代して見張りもするから大丈夫だよ。それに街とそんなに離れるつもりもないから強い魔物とは出会わないんじゃないかな?」

「…そういえば、何で街には魔物は入ってこないんだ?村にいた頃も疑問に思ったんだが…」

「あー、それくらいなら歩きながらでも話せるかな…」

「大丈夫だろ、ここの奴らは殆ど酔い潰れてて記憶なんて残ってないだろうしな」

「それもそっか」


私達は歩みを進めながらシャルは私の質問に答えるために話し始める。


「リナは街や村の外の世界を〈フィールド〉と呼ぶのは知ってるかな?」

「〈フィールド〉?」

「基本こういう街や村は〈フィールド〉にいる魔物から攻撃されないようにとある魔術を込められた魔品が村の入口とかに埋め込まれているんだ。一種の魔除けアイテムだね、結構高価な物だから壊れたらあまり替えは効かないけど」

「そうなのか…?しかし物はいつか壊れるだろう」

「そう、だから何よりも丁寧にその魔品を扱うんだよ。誰だって危険は遠ざけたいからね、壊れたら何とか替えを用意するしか無い」

「……ここの様なあまり裕福では無い街は、そう簡単に替えを用意できないだろう?」


この街の治安が良くないのもそれが関係している筈、だから小さな子供にも集るのだ。

金銭を要求し自らの欲求を満たす為に。


「…そうだね、だから裕福じゃ無い街とかは〈ギルド〉を作っている」

「〈ギルド〉…?何だそれは」

「〈ギルド〉は、まぁ、魔物と戦える〈冒険者〉の集いかな」

「ぼ、〈冒険者〉…」


さっきから初めて聞く情報ばかりで頭が痛くなってくる。私の無知さが思い知らされる。

難しい顔をしている私をシャルは苦笑しながら続けた。


「〈冒険者〉は僕達みたいに世界を旅しようとする旅人だよ。魔物と戦い、お金を稼ぐ。そうやって世界を周っているんだ」

「お金を?」

「そう、魔品があるとはいえ不安は尽きないからね。腕に自信がある〈冒険者〉に魔物退治を依頼する。〈冒険者〉はお金を手に入れる為依頼を受ける。討伐、賞金を手に入れる。という方式で〈冒険者〉は上手くやってるのさ」

「な、なるほど…」

「俺達も今後はその方式で仕事して金を稼ぐわけだ。別に魔物退治だけが依頼じゃないしな」

「他にもあるのか?」

「物運びとかもあるな」

「…レンと初めて会った時のあれもそうか?」


レンはコクリと一回頷いた。

出会った頃を思い出せば、レンは大きな段ボールを何段も重ねて歩いていた。それに私がぶつかるという出会いだった訳だが、思えばそれも《依頼》というものだったのか。


「さっきの話に戻るけどな〈ギルド〉はそんな〈冒険者〉達が一つの街を拠点として集まって依頼を受けてる。街から認められて自分達の得意分野で仕事してるんだ。実力が無けりゃ成り立たねぇな」

「〈ギルド〉の強みって街から認められてるってのもでかいよね。依頼で受けた怪我は街負担で多少は治療費を賄ってくれる。野良の〈冒険者〉も依頼なら街で負担してくれる場合もあるけど〈ギルド〉と比べたらこっちの負担は大きい、依頼云々が無いとそもそも負った怪我は自己負担だからある程度自衛の術も〈冒険者〉は必要なんだよね…」

「……簡単に怪我は負えないのか」

「ま、そういう事だな」

「少しの怪我なら僕は治せるけど…」


コツコツとバラバラの足音を鳴らしながら会話をしてれば〈フィールド〉はすぐそこまで見えていた。


「…シャルのその《治せる術》ってのをもうすぐ聞けるってわけだ」

「………そうだね」

「そこまで疑問に思うことなのか?魔法や魔術なんて個体差はあるが誰でも使える物だろう?」

「誰でも、ねぇ」


意味ありげにレンは呟く。

私達は街から出て、少し歩いた。街の光が段々と遠のいた頃だろうか。

二人はピタリと止まり、シャルは懐から一つの瓶を取り出し辺りに振りまく。

レンも何かを取り出し、それに向かって小さく言葉を呟くと。


ポンッーーー。


三人が余裕で入れるテントや椅子が現れた。


「こ、これ何処から?」

「世の中には便利な魔品や魔薬があるってわけだ。これもそれの一つだ」


まん丸の小さな球体を翳し説明される。


「収納の魔品だね。そしてこれはさっき言った魔除けアイテム、魔薬…って言うべきかな」


空になった小瓶を差し出し言われる。


「魔品、魔薬……」

「これらについても追々ね。ーーーじゃあ、街じゃあまり話せない事を話していこうか」


三つある椅子うちの一つに腰掛け、シャルはそう言った。レンもそれに続くように座る。変わった雰囲気を感じ、私は黙って椅子に座った。

これから始まるのは、とても貴重で、あまり公に出来ない内容なのだ…。

期待と不安。様々な感情が私を渦巻く。

何を言われるのか、知らされるのか…。

私の鼓動が早まったのを感じた。


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