第一話  〜理由〜


目の前に映るのは黒と白。

お互いに見つめあい、牽制しあってるように見える。

どちらも一歩も引く素振りすら見せず、じわじわと下からせり上がってくる緊張感。

ーーーに、リナは耐えられなかった。


キュルルルルーーー


小さななんとも可愛らしい音がリナの耳には勿論。

目の前の青年達にも聞こえた事だろう。

プツリと張り巡らされていた緊張の糸が切れた感覚がした。

そして音の元凶であるリナは……。


「………」


何も言えず、黙って俯いて肩を震わせていた。

勿論、恥ずかしさでだ。


(なんでこんな時に鳴ってしまうんだ、私のお腹……!空気を読んでくれ…!)


俯いた顔では二人がどんな顔をしてるかなんて見えない、が…きっと呆れてるに違いない。

明らかに話題の中心人物であるリナがこんな間抜けな事をやらかすなんてこの場の誰も、何より一番鳴らした本人が思ってなかっただろう。

穴があったら入りたい、とはよく言ったものだ。


「…はぁ」


零された溜息にビクリ…と反応してしまう。

恐る恐る二人へと顔を向ければ、白の青年…シャルは最早見慣れた困った様な微笑み、というより苦笑い。

黒の青年…レンはなんとも言えない顔でこちらを見ていた。

さっきの溜息は恐らくレンの物だろう。


「………取り敢えず、此処から移動しようか」


苦笑いを絶やさず提案するシャルにレンは少し顔を顰めたが異論は無いのかリナに選択を促すように見つめてきた。

選択を迫られたが出来るのは唯一つ。


「………はい」


か細く返事を返すだけだった。




「本当に申し訳無い………」


活気の良い酒屋で三人テーブルを囲み、リナとシャルの出会い等を話しながら食事を取っていた。

先程の事もありながらリナは肩身を狭くしながら目の前に置かれた料理をもぐもぐと食していた。


「まぁ、沢山走ってたみたいだしお腹空いてても可笑しくないよ。むしろ健康的な証拠なんじゃないかな?」

「必死なのも良いけどよ、前くらいは見たほうが良いんじゃないか?」

「それは同感。ちょっとした不注意で大きな怪我に…なんてザラにあるからね」

「にしても、子供を助ける為とはいえ…無鉄砲だな。正義感強いのも否定しねぇけど、突っ走んなよ、何かあってからじゃ遅いんだから。」


と、言ったように双方から注意を受けながら口にする食べ物はお腹が空いてたのもあり普通に美味しかった。

さっきまでの空気を一切感じさせないこの二人は一体何なのか。

フォークで巻いたミートソースが沢山掛かったパスタを口に含み相対的だが似ている二人を見る。


「俺達が何なのか、気になるって顔だな。」

「んぐっ…!」


考えを見透かされパスタが喉に詰まりかけ、急いで近くにある水を口に含んだ。

そしてガンッと勢いよく叩きつけてしまったグラスを気にする余裕もなく、ぜーバーゼーハーと呼吸を整えるのに必死なリナ。


「落ち着いて、ね?」


コポコポと注ぎ足される水のグラス。

有り難く水を再び含み込む。

またコポコポと足される水音。

その音を聞いていくに連れ少し心が落ち着き、呼吸も安定してくる。


「あ、ありがとう……。死ぬかと、はぁ…思った…」

「大袈裟だな…」

「大袈裟、なんてことは無いよ。息が出来ないって普通なら慌てるし冷静でなんていられないから」


優しい声を掛けてくれるシャルを見て、自分を拘束して村へと連れ戻そうとした時の人間とは別人の様にリナは思ってしまう。

そして、頬杖を付きながら呆れと少しの優しさを含んだ目をこちらに向けるレンも細道での彼とは想像がつかないくらい穏やかで。


(さっきの光景が嘘のようだな…)


…なんて思ってしまうくらい落ち着いていた。


「で、まぁ、リナの疑問に答えるなら…俺達の関係はお前が言った通り、だな」


こちらの様子が落ち着いたのを確認してから切り出すレン。

双子。

それはあの出来事の最中に私がふと、零した単語で、本当にそうだ、とまでは考えてなかった。

だが実際に事実だと述べられれば、認めざる負えない。

それくらいこの二人は似ていた。


「だけど」


レンは頬杖をやめ、上体を椅子の背凭れにくっつけ、静かにシャルを見た。

その目には微かな怒りの焔が宿っている気がしたが、きっと気がしたではなくそうなのだろう。


「俺はもうお前を兄とは思わない事にした」


言葉を紡ぐ声がひんやりと、刃物のように冷たかったから。

言われたシャルは少し目を伏せ、またレンを見つめ返す。


「そうだね。そう言われても仕方ない…」


諦めたように、受け入れる。

また、出会った時と同じ困った様な微笑みで。

思わず眉を顰める。

チラリとレンの顔を伺えば、表情はあまり変わらず、しかしその眉間にはリナと同じく…微かに顰められてた。


分からない、この二人が何を考えてるのか。

何が、今、この二人の中で渦巻いているのか。

しかし…例え何も分からない部外者の様なリナは考えてしまう。


(………兄弟というのは、そんな簡単に違えて良いものなのか?)


兄弟、双子という関係を断つと断言したも同じのレンとそれに反発することもなくただ笑って受け入れるシャル。

傍から見ても異常だろう。


そんなリナの心境が顔に出てたのだろう。

レンはリナを一目見た後に纏う雰囲気をふっと緩め。


「…こいつと会うのは約十年ぶりだ、もっと言うならお前と会うのもな」

「…え」


突然の告白。

十年、余りにも長い時間。

本当なのか…という意味を込めてシャルに目を向けると、こちらに気付いたシャルも肯定の頷きを一つ。


「リナは今、十八歳だよね。僕らと同い年だから」

「…あぁ、そうだ。…つまり…私達は八歳の頃に離ればなれになった…という事か?」

「そうだね。といっても先に離れたのは僕が先だから、その後何があってレンが君から去ったのか迄は僕には分からない…多分、説明もしてくれないと思うけど」


シャルの言葉にレンは黙る。

図星なのだろう、レンの表情が簡単に話す気は無い…とそう物語ってるようで…。

…しかし、八歳の頃迄リナはこの二人と一緒だった

それだけで十分…リナ自身の中では進展したようなものだ。


ーーーリナの記憶は今より十年前の、幼き八年の記憶が失われている。

彼らの話を聞く限り、リナの記憶が失われた切っ掛けを握るのは彼らかもしれない。

そう考えると、リナはこの機会を逃すわけにも行かず…。

意を決して、言葉にしようと喉を震わせる。


「…私が」


ぽつりと、リナは言葉を漏らした。

二人の目はリナに向けられ、捉われる。

この問いをするべきか、悩みが声に乗っていたのか、少し震えているように感じた。


「私が旅を始めたのは…自由になりたかったから、というのもある………が…」


自由。

一つの村で崇め奉られ、一生見張られて生きる。

それが嫌で、飛び出した。

しかし、もう一つ、村を出た理由がリナにはあった。

伝えなければ、無関係では無いであろうこの二人に。

次の言葉を発しようとした時…。


「…記憶を取り戻したい、だったか」


レンが、ぽつりと呟く。

リナはそれに反射する様に彼を見た。


「…どうして」


問えばレンはまたリナを一目見たあと、ふい、と目を逸らす。


「お前がこいつと一悶着あった時、叫んでただろ」


発せられた言葉に、あ、と記憶が呼び出される。

レンが助けに入る前に、確かに言った。


『私は記憶を取り戻し自由に生きる為にあの村を出たんだ!!!』


リナの、心からの叫び。

あの時は敵わない力にどうするべきか分からず、必死だった。

その《敵わない力》の持ち主へ視線を恐る恐る向ける。

いつも微笑みを顔に貼り付け、言葉遣いも丁寧な白き好青年。

見た目もあり、儚げ見えるその姿とは反対に、恐らく彼は独自の武術か何かを嗜んでいるのだろう。

軽やかに大の大人一人を軽々と投げ飛ばす程の筋力、人体のどこを抑えれば相手は大人しくなるかを知ってる知識。

リナは、拘束された両腕を思わず擦ってしまう。

未知の存在、力。


(…正直、恐ろしかった)


見た目と反した実力もそうだが、何より怖いと感じるのが…。


(………危険を感じさせないその微笑みが、少し怖いな……)


パチリとシャルと目が合う。

あの出来事を思い出し、身体が微かに固まるのが分かった。

シャルはそんなリナに気付いたのだろう。


「リナ、凄く遅れてしまったけど、ごめんね」


申し訳無さそうに、告げられた謝罪の言葉。


「君を怖がらせてしまった」


表情に嘘はない、ように見える…。

だが、それは…。


「…それは、あの村の一員としてか?それとも、昔の友人…としてか?」


友人、小さい頃から関わり合いがあるのならかつての幼馴染と言っても良いのかもしれない。

リナには、記憶が無くても、彼らにはある。

だけど今までの過程を考えると、どちらの立場での謝罪なのか、私には判別できなかった。

シャルはリナの問いに一瞬固まった、が、すぐに真剣な目で返す。


「幼馴染として、だよ」


と、そう断定した。

はっきりと、告げられた一言に。

固まっていた身体から、力が抜けた気がした。


「そんな簡単に信用するなよ」


瞬間に掛けられるレンの言葉。

レンはリナを見ずにシャルを鋭い目付きで射抜くように見ていた。


「こいつはお前を軟禁同然に扱った奴らの仲間だぞ、それはお前が良く知ってるはずだ」


レンの言う事は真っ当で、彼が助けに来なければ、リナは再びあの村へと連れ戻されていた…。

頭では分かっている。

レンの言葉は注意と心配。

しかし、リナは………。


「…すまない、レン。今の言葉が、嘘だとは思えない」


凛とした声を発する。

驚いた様にレンはリナに目を向けた。

深い赤色が困惑してるのが、良くわかる。

リナはそんな目から目を逸らし、瞑る。

深呼吸をして、目を開け、二人を捉え。


「私には、八歳迄の記憶が無い。どうして無いのかも、原因とかも何も分からない、自由を求めて…というのも確かにある、が…一番の理由は、旅をして、広い世界を見て回れば失われた記憶を取り戻す何かが、あるかと思ったんだ。………頼む、何か知っていたら私に教えてくれ。この通りだ…!」


リナは懇願するようにテーブルのすれすれまで頭を下げる。

先程のシャルの言葉が嘘だと思えなかったのも、リナの中の何かがそう感じたから。

見に覚えの無い謎の信頼。

リナは、どうしても知りたかった、思い出したかった。


「…リナ、顔を上げて?」


優しい声が、耳に届き、リナは顔を上げる。

リナが顔を上げたのを確認すると赤と青の瞳が、交差して、リナを再び捉えると。


「悪い、俺達から教えられることは何も無ぇよ」

「本当に、ごめんね」


懇願と虚しく、告げられた言葉は非情なものだった。



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