未来を紡ぎ交わす約束

summer

Prologue 〜出会い〜


「−−はっ…はっ……!」


若き女性は、人に紛れ走る。ぶつかりそうになりながら前だけを見据え、ただ、ひたすら…。

 

(振り向いて状況を確認するか…いや、こんな往来でそんな事をしたら尚更迷惑か…)

 

そんな事をぐるぐる考えながら走っていたのもあり目の前が暗くなったのがわからなかった女性は…。


ドンッ−−−


衝撃と共に後方に尻餅をつく。


(やってしまった…)


衝撃による鈍痛を振り払い、急いで立ち上がった。

 

「すみません…!」

 

女性は自らの失態を謝る。


しかし、日に照らされ影のように黒い、目の前の段ボールを大量に持った人はぶつかられたにも関わらずその荷を揺らすことなく立っていた。


「いや、こっちこそ…そっちは大丈夫ですか?」

 

段ボールの横から覗かせた顔はフードを被っていたが若く、と同い年に見えた。真っ赤な瞳が此方を気遣っているのがよく分かる。


ドタドタドタ−−−

 

「っ…怪我とかはありませんので、私はこれで!!本当にすみません!!」

「え…あっ!」

 

こんなとこで止まってる場合では無い、後ろから聞こえる微かな足音に急かされ、再び走り出す。青年を驚かせてしまったようだが、気にしてる暇もない。

 

「………………リナ…?」

 

小さな呟きは既に走り去ってしまった女性には届くことはない。

一つに纏められた長い黒髪がゆらゆら曲線を描きながら揺れていた。




狭い路地裏に潜り込み、女性は正直マズイ…と思ったが、此処等の土地勘が無い彼女にはどうしようもないことだ、と飽きらめ、走る。

しかし、それがいけなかった。

 

「…!……行き止まりか…」

 

(……諦めずに来た道を戻った方が良かったか…)

 

だが、後悔してももう遅い。

複数人の足音が聞こえ、止まる。

 

「…ははっ!やっと追い詰めたぞ!」

 

バタバタと止まる足音からして十数人…二十はいかないか…と考え、女性はゆっくりと振り向く。

 

「さっきは良くもやってくれたなぁ?落とし前つけてくれんだろうな!!?」

 

柄の悪い輩の集りが女性に向かって怒鳴り散らす。

 

「落とし前もなにも、悪いのは君らの方だと思うが?」

 

(そうだ…今思えばこうやって私が追われる立場なのは少々理不尽なものだ)

 

ふつふつとそんな気持ちが顔に現れていたのか、言動に苛立ったのか、それとも両方か…男達は更に怒りを露にする。

 

「あんだと…!……でも、女一人にこの人数、分が悪いだろ?ちょーっと謝れば許してやったのによぉ…痛い目に見ねぇと分からねぇようだな!」

 

男達はバットや木材を手にもって今からにも襲ってきそうだった。


…だが。


(こいつら相手なら…どうにかなるか)

 

そう思い此方も獲物に手をかけ、息を一つ、ゆっくり零す。

人数だけは圧倒的に不利、しかしだからといってやられるわけにもいかないと静かに闘志を高める。


(負けるつもりは無いがな)


相手を捉え、相手にする…。

そんなとき…ふと地面に一つの影が出来たのが私の目に映る。

 

「すみません!避けてください!」

 

そんな切羽詰まった声が上空から聞こえた。 

バッ…と女性も男達も驚いて上を見る。そこには、例えるなら白。それほどまでに白を基調とした人間が降って………きた。


「危ない!!」


悲鳴にも近い自分の声。

だが既に重力に忠実に落ちてくるそれにどうこう言った所で遅く。

その人間が完全に落ち切る前に悲惨な情景が脳裏を過ぎり思わず目を瞑る。


ドスン…。

重たい物が地に着地した音。


恐る恐る目を開ければ…。

どれ程の高さから落ちたかは分からないが、降ってきた人間は特に怪我もなく、自然にコンクリートの地面に足をついて平然な顔をしていた。

真っ白な髪をさらりと靡かせ、青い瞳を一回瞬くその姿は何も変わらない普通の青年。

青年は爪先をコンクリートにトン、トン、と軽く二回蹴り…辺りを見渡し、微笑む。

微笑む姿は優しい、白さ故か儚く見える好青年。

しかし、忘れてはいけない。


(…可笑しい)


男たちもそう思ったはずだろう。

表情が、それを物語っていたから。

改めて青年が落ちてきた空を見た…が、明らかに落ちて平然とできるわけが無い高さだ。

普通の人間なら、最低でも足首を捻挫、骨折するはずで、下手したら死んでいても可笑しくない高さ。

なのに目の前の青年はその場に立って背筋を伸ばし微笑んでいる。

 

「んー…まさか落ちるとは、予想してなかったかな」

 

女性も輩たちも上から人が降ってくるとは予想しないだろう。

 

「すみません、お取り込み中でした…よね?」

 

真っ白な男は少し困ったように問いかけた。その問いに答えたのは男達だった。

 

「な、なんだてめぇ…!いきなり…どっから…!」

「あいつ何処から、何で無傷なんだよ…!」

「気持ち悪ぃ…」

 

怒り、恐れ、不快、様々な反応を見せた。

その反応に白の青年は困ったように笑う。それが面白くないのか男達は青年もターゲットに含めたようで。

 

「気持ち悪ぃ!…こいつもろともやっちまえ!」


おー!!という向こうの雄叫びにハッと私は意識を青年に向けて急いで青年に話しかける。


「早く逃げろ!こいつらは最初から私目当てだ。今からでもまだ…!」

 

青年を見上げる。女性は言葉を途切れさせた。青年は、女性のことを驚いたように見ていた。あり得ないものを見るように。

 

「…君は…」

「やっちまえぇぇぇぇ!」

 

なにかを言いかけた青年を遮り、男達が襲って来る。女性は急いで青年の前に立ち、再び得物を手にかけ、鞘ごと構えた。


「…剣?」


青年がなにかを呟くが、気にせず、まず一人…と金属バットを振りかぶる男をかわし、剣の柄で腹を殴る。その後、二人一斉に襲いかかってきた男達を片方足払いで転ばせ、もう片方を肩めがけて剣を振り落とす、うめき声を上げる男に目をくれることもせず、ひたすら次から次とと薙ぎ倒していった。

 

男達が動揺してるのが分かる。

振り向き剣の切っ先を残党に向け、リーダーである男を見据え−−−。


「先程、女一人と嘲笑っていたようだが、男だ女だ、多勢に無勢とそれだけで物事を判断するのは良くないな。……さぁ、次は誰だ?」


男達は僅かに怯えを見せる。…だがすぐにまた獲物を手に取り戦意を見せた。

もう後には引けないのだろう、無駄にプライドが高いのだろう。

面倒だと思うが仕方ない。女性も武器を握る手を強めた。


が…。


「お取り込みのところ悪いけど、そろそろやめて欲しいかな?」

 

先程まで黙っていたはずの青年が男達と女性の間に入る。

最初に見えた好青年の笑み。

水を指した青年に男達が大人しくしている訳もなく。

 

「…は、はは…なんだぁ?大人しくしてれば後で構ってやったのによ、今すぐ相手して欲しいようだな!!」


思った通り男達は暴行の対象を青年に定めたようだ。

彼女では相手にならない、そう思った男達は逃げるように変えたのだろう。

あくまで、目障りな奴を消す…という前提を踏んでる所が女性にとっては気に食わない。

このままでは青年に危害が加わることになってしまう。


(それにしても……)


青年に目を向け女性は叫ぶ。

  

「何故逃げない!いくらでも機会はあったはずだ!」

 

男達が標的を青年に変え、襲いかかる。…見るからに戦いとは無縁そうな好青年の方が圧倒的に弱そうに見えたのだろう。

彼女自身も先程の出来事が心残りではあったが、この青年に戦う術があるとは思えなかった。

しかし青年は特に臆することも無く…。

 

「ごめんね」


そう、また困ったように微笑んだのだ。

そして男達が青年に襲いかかる。

青年を守ろうと一歩踏み出そうと、そうしたが…。

青年は微笑んだ表情を一変させ、鋭い目で一人の男の手を掴み、一瞬で男達の方へと投げた。

投げられた男によって下敷きになった仲間達。

その他に襲ってきた数人を慣れたように男達を地に伏せた。

それくらい、一瞬のような出来事で見事な体捌きだったのだ。

 

「逃げるよ」

 

青年が女性の手を取り走り出す。男達には追いかけてくる様子は見られなかった。 

追いかけられないの間違いなのかもしれないが…。

 

正直驚いた。

力もそうだが、男達の対処に『慣れていた』のだ。


(…人のことは言えないな…)


男達に向かっていった言葉が、己にも当てはまり、女性は少し自嘲してしまう。




あの連中から逃げ、少し走った後に青年も連中が追ってきてないことが分かったのか、走るのをやめて振り返る。


「…どうやら、追ってきてないようだね。…良かった、…と、ごめんね」


少し切らした息を整えて、繋いでいた手に気付いて謝罪を零した後パッと離す。


「にしても、なんであんなゴロツキ達に追われてたの?…確かにこの街はそんな治安が良いとは言えないかもしれないけど…」


心配そうに女性の顔を覗き込み、そう問いかけてきた。

確かに、彼処の治安は良くない…が、だからといってちょっとやそっとの出来事で襲ってくるか…と言われればそうでも無い。

思い当たる節が無いか…と言えば嘘になる。

しかし初めて会う見知らぬ人間に言うことでも無いような気がする。


「言いたくないなら無理には聞かないけど…」


優しい声色。

こちらを気遣う様子が、嫌でも分かるくらい。


「……そこまで深刻な話じゃない…が、楽しい話でもない。………男の子が、一人。あの輩達に襲われていた。カツアゲ、というものだろうな。十にも満たない、そんな小さな男の子相手に、あんな大勢で」


今でも思い出せる。 

大人数の大柄な男達に囲まれ震える小さな少年。


「…そっか。…でも今回は君があの人達より強かったからなんとかなった。だけど君より遥かに向こうが強かったら?その男の子だけじゃ無い。君も悲惨な目にあったかも知れない。…むしろ君の方が危なかったかもしれない」


その言葉の意味が分からない訳じゃなかった。

治安の悪いこの場所。

もっと酷い村や町は五万とある。

だからと言って、あの町よりここは治安はいい方だ…なんて安心して言い訳でもない。

この青年が言いたいこと大いに分かる。

しかし………と女性は思い。


「放ってなんて置けない」


目の前の鮮やかな青色の瞳を見つめ返す。


「綺麗事だと言われてもいい、それでも目の前で震える子供を見なかったことにして、私は青い空の下を堂々と歩いて去って行けるものか。絶対に後悔する。悩み続ける。だったら何の道を辿っても、行動してから後悔した方がマシだ」


パチリ。

青がまんまると広がる。

眉間の皺を増やし、何かを言いたげにした後。


「君らしい、ね」


困った様に笑う。


「その心意気はとても良いと思うよ。でも、勇気と無謀は全くの別物だ。君の手に負えない状況になった後、その男の子は更に危険になるかも知れない。常に何が起きて、どう状況が変わっていくのか、ある程度の想定はした方が良いよ。…まぁ、これからはそんな状況にならない様に、気を張ればいい…かな」


微笑みを崩さず、けれど真っ直ぐに。


「リナ・アルフィリア。神子の一族。この場で会えたのは偶然だけど、守護の一族として、君を護り、村へ送る」


守護の一族。

脳内で反復し、リナは急いで踵を返し走ろうとした。

だがその動作を見破られていたのだろう。


「言っておくけど逃がすつもりはないよ」


パシリ…と腕を掴まれ引っ張られる。

片腕を後ろで拘束され、もう片方の腕もあっという間に一纏めにされた。


(速い…!)


抜け出そうと力を入れれば、ミシリ…と骨の軋む音。

ゾッとして、背筋がひんやりとする。


(下手に動けば……折られる…?)


完璧に抑え込まれた両腕。

…しかし、無駄だと分かっていても抵抗せずにいられない、せめてもと思い、ギッと後ろの青年を睨み。


「離せ!」


吠える。

腕は動かせずとも、口は動かせる。

されるがままなんて、私らしくも無いと。

しかしリナのそんな抵抗は何も効かず。

青年は微笑みを携えたまま。


「脱走した…って言うのは前から知っていたけど、ここまで逃げてるなんて…」

「私は戻りたくない!あの村には!!」

「でも、君は村にとって必要不可欠な人間だ。それに下手に外へ出るよりも、村での方が不自由無く暮らせる。」

「死ぬまでか、死ぬまで私は誰かに見張られ、気を使われ、世話をされ、期待されながら生きなければいけないのか…!?そんなのは御免だ。私は…私は…!」


村でのリナの待遇。

これからの人生。

色んなことがリナの頭を駆け巡る。

それに何より………。


「私は記憶を取り戻し自由に生きる為にあの村を出たんだ!!!」


建物に囲まれた仄暗い細道に必死なリナの声が反響し、木霊する。

次の瞬間ーーー。


「その手を離せ」


拘束が外れる。

キンッと甲高く短い音が背後から聞こえ、前のめりに倒れそうな身体を右足を出し支え、反転させ振り返った。

そこに居たのは黒。

闇に溶けそうなくらい黒い短髪。

グレーのフードを揺らし、黒の両袖の片方にはポーチの様なものが着けられていた。

ゆったりとした黒のズボン。

先程の青年とは正反対な色。

しかし………。


「…双子…?」

リナを拘束した青年と、そっくりな顔立ちをしていた。

アシンメトリーに片方垂らした前髪も正反対。

目の色も鮮やかな青と深い赤。


(…あ)


その赤を見た事がある。

先程、リナがぶつかってしまったダンボールを抱えたの青年。

真っ赤な瞳がリナを捉える。


「無事か」


ただそれだけ。

リナは目の前の状況に唖然とし言葉を発することもできず、コクリと一つ頷くだけ。


「……レン」


ハッとして、白の青年を見直す、また拘束されないように、注意を払う為。

だが、白の青年は呆然としていた。

さっきまでのリナのように。

少しの沈黙。

それを破るのは突如この場へと姿を表した黒の青年。


「シャル、これはどういう事だ」


鋭い眼光が白を捉える。

捉えられた青年は顔を顰めた。


「どうもこうも、村の掟だろう。リナは、神子の一族は村で崇め讃え、その身を一生護り続ける。それが僕達守護の一族の役目だろう。それに、どういう事…と問いたいのは僕の方だ、レン。どうして村を抜け出した。村の皆は君を血眼に探してる」

「探してる…か」


一瞬。

レンと呼ばれた青年は仄暗い光を瞳に灯した。

瞬き一つでパッとその光は消え、再び鋭い眼光がシャルを捉える。


「先に消えたのはお前の方だろうが…!それを棚に上げて俺に色々聞くのはお門違いなんじゃねぇか?」

「…そう、だね。先に君らの前から消えたのは、僕の方だ。…でも……!」

「生きてたのは良い事だ。だけど、何でお前が、あの村の手先に成り下がってんだよ…!!」

「………」

「…だんまりか…。そっちがその気なら、俺だって何かを言うつもりは無いし、村に戻る気も…」


ちらりとレンがリナを見た。


「リナをあの村へ返す気も無い」


はっきりとそう断言するレン。

渋い顔をして何かを考えるシャル。

そんな会話の的であるリナはと言うと、何も出来ず、呆然とその場に立ち尽くすだけ。

しかし、一つ分かったことは、ある。


(私の知らない私をこの二人はもしかしたら知ってるかもしれない)


いつの日か消えた幼い頃のリナ・アルフィリアの記憶。

リナと呼び捨てにするこの二人の事をリナ本人は知らない。

記憶を取り戻したくて、縛られる未来から逃げたくて、飛び出した無鉄砲な旅に。

一つの光が差し込んだ。

そう、リナは確信した。



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