ちんこ

世楽 八九郎

ちんこ

 青春とは夏の日差しからはぐれた群青色だ。

 燦々さんさんとした陽の光が差し込まない廊下の影はやけに青みがかっている。

 まるできらびやかな世界からはみ出した色彩が陰影に潜んでいるかのように。


「……っと」


 一人の男子高校生、畑中信二はたなか しんじは一瞬その色に目を奪われたように固まったがすぐに後ろ手でドアを閉めた。

 信二は特別教室が並んだ廊下をゆっくりと進んだ。目的地はハッキリしているようで足取りは確かだが、その瞳はどこか遠くを見つめているかのようだった。


「…………」


 がらぁ、と硬質で軽い音を立てて自身のクラスのドアを開いた信二は目を見開く。しかしすぐ嘆息しながら踏み出し乱暴にドアを閉めた。


「なにやってんだよギャルハシ」

「うーぃ、終わったの、進路しどー?」


 教室には独り女子生徒がいた。気だるい声と裏腹に彼女は夏の青とペンキのような雲を背に群青色の影の中でもはっきりと浮かぶ瞳で彼を出迎えた。しっかりとメークを施しているその目元は力強く気弱な男子であれば怯んでしまうかもしれない。

 しかし信二は適当な仕草で返してから彼女、髙橋千里たかはし ちさとの隣に腰かけた。


「で、なにやってんだ?」


 机に腰かけ足をプラプラさせながら信二は再び千里に尋ねる。彼女のクラスは隣だ。同じく行儀悪く腰かけた千里は天井を見上げて答えた。


「早めに終わったから、あいちん待ち」

「あぁ、そか」


 信二は千里の友達である『あいちん』の席に目をやってから天を仰いだ。言われてみれば彼女の進路指導は自分の後だったように信二は記憶していた。


「そうかー」

「お疲れじゃん?」

「まーな」

「鈴木ヤスに説教された?」

「いーや」


 担任のあだ名を耳にして信二は先程の進路指導のことを思い出し眉をひそめた。二年生の夏に進路が定まっていないとなれば小言のひとつやふたつ言われそうなものだ。そんな展開を期待しているのか千里はニヤニヤしながら信二の答えを待っている。既に千里は進路を定めており諸々順調そうであった。


「お小言はうちのオカンから頂戴してるよ」

「ごめんねー、お隣の千里ちゃんがしっかり者で」

「うるせぇ、ハゲ」

「ハゲてねぇーわ」


 千里は隣の信二の脚を蹴るが、彼はされるがままだ。らしくない反応の幼馴染を千里が窺うと信二はやけに上体を仰け反らせて天井を見つめていた。その手には二つ折りになった紙が握られたままになっていた。


「信二、悩み? ハゲるよ?」

「お前は俺をハゲさせたいのかよ?」

「や、それは……ちょっと」

「なんだよ?」


 信二が振り返ると千里はそっぽを向いた。信二は追及せずに再び天井を見上げた。

 動かない二人の後ろでゆっくりと雲が流れていく。不意に視線を感じて信二が振り向くと千里が真剣な表情で彼を見つめていた。


「なんだよ、ちぃ……」

「信二はさ、なんで辞めたの? 高跳び」


 それは進路指導でも尋ねられた。現担任で陸上部顧問の鈴木ヤスこと鈴木康孝すずき やすたかは元部員である彼にその質問をぶつけた。そのときの表情は心配そうというよりは懸念しているという言葉がしっくりくるものだった。

 信二は『理由はあるが言いたくない。部内イジメだとかそういうことはなかった』ときっぱりと答えた。鈴木ヤスは信二の答えに頭を掻いてから『俺でなくてもいいからキチンと吐き出してから次に進め。気が変わったら言いに来い』と告げ進路希望用紙を彼に突き返した。

 白紙のままの用紙を手に信二は『随分と見抜かれていたんだなぁ』と思いながら教室に戻ってきたのだった。

 そしていま幼馴染の不安げに揺れる瞳に映った信二は深く長く息を吐いた。それは観念したかのようにも腹をくくったかのようにも見える。信二は隣の机に用紙を置くと、千里を見つめた。


「引くなよ……」


 信二の言葉に千里がからりと笑った。


「おっけ! 並んでおしめ替えられてたんだから今更引くとかないって!」

「恥じらえよ、ギャル」

「いーからっ!」

「…………」

「…………」

「……俺は、変態かもしれん」

「……おぅ」

「…………」

「ぐっ、具体的には? どんなだ! どんな変態だ?」

「…………」

「言えってぇ! ここまで来たら~!」

佐成さなり先生に……」


 佐成という名前を耳にした千里は小さく拳を握りしめたが、そのままグッと信二に詰め寄った。


「詩音ちゃんか! ナニする気だ? ナニさせたいんだ⁉」


 自身の担任である佐成詩音さなり しおんの姿を思い浮かべながら千里は信二の答えを待った。


「佐成先生に……ちんこを見られたい」

「……は?」

「見られたいんだ。佐成先生に、俺の恥ずかしい部分を……!」

「…………」


 信二の確信を抱いた声に千里は頭を抱えた。


―—神様! なんで私の好きな人はこんなに馬鹿なの⁉


 信二が特殊な性癖の持ち主でないことに千里は安堵した。それに佐成詩音は美人で彼が一年のときの担任だったことから恋愛がらみであることは予想できた。しかし、現実はやや斜め上をいくようだ。

 

―—おまけに引退した理由分かんないしっ!


 千里がどうしたものか悩んでいると、信二はゆっくりと口を開いた。


「初めは普通に一目惚れだったんだと思う―—」


 信二の方はカミングアウトで落ち着いたのか淡々と語り始めた。

 入学式の後に教室に現れた担任の佐成先生に目を奪われた。ふんわりと柔和な表情と長い髪、いつもきっちりと着こなしたシャツとロングスカートという姿は特別で、胸の内をぞわりとさせたのだという。


「爆乳だしね、詩音ちゃん」

「うるさいぞ、貧乳」


 信二は続ける。

 成績と近さで選んだ高校でも信二は中学から続けて陸上部に入部した。特別な想い入れは正直なかったが、高跳びの一瞬重力を振り切るような浮遊感は好きだったし、自分はまだやれるはずだという期待があった。


「毎年県大会とか出てたもんね」

「そうだな。まあ、ここらじゃ競技人口が少ないのも理由だろうけど」

「脚とかガチムチだったよね」

「お前の脚は変わらずムチムチだな」


 千里が信二を蹴る。

 信二は今までになく陸上に熱を上げた。成績が良ければ注目される、話のキッカケになる。実に単純だが、元々ストイックな信二はそれだけでまい進することが出来たし結果は面白いほどに付いてきた。


「一年で全国に行けるくらいからな」

「……すげぇじゃん。ジューブン」

「……『モノが違うなぁ、全国は』っていうのが、正直な感想だった」

「…………」


 けれど信二の歩みはそこから停滞してしまった。

 全国で競う者を見て信二は浮遊感に冷めてしまったのだ。自分だけ違うものを見ていたんだと想ってしまった。浮遊感を高跳びに求めなくてもいいのではないか。そんなことを考えだしたら身が入らなくなった。

 それに佐成先生との関りは陸上の成績に関係なく持つことが出来る。だからといって急には陸上から離れることも出来ずに信二は無理をした。


「暴走してたんだよな、早い話」 

「おっかなかったもん、あの頃」


 その暴走の最たるは自己記録の更新を先生に宣言したことだろう。

 公式記録が取られるタイミングで自己新を叩きだすと信二は宣言して、惨敗した。

 

「で、そこから二年の夏くらいまでダラダラ在籍して……退部した」

「……うん、そうだったんだ」


 話し切った信二の表情は柔らかなものだった。そこから辞めたことに対する罪悪感や燻り続けている悔しさの類を千里は感じ取れなかった。

 それからしばらく千里の『そっか』に信二が『そうだ』を返した。

 白い雲は静かに流れ続けた。


「……で、ここからが本題だギャルハシ」


 信二の言葉にぎこちなく千里は彼の方を向く。

 こうなったら信二は納得するまで止まらない。そういう性格だ。


「あぁ……アンタが正気の一線を跳び越えちゃった方の話か」

「ここまではいわば過去の話だ、これからの話をしたい」

「アンタの変態の話を、ねぇ……」


 彼は頷き話し出す。こういう時の信二は迷わないのだ。

 暴走の末に惨敗した信二だったが、佐成先生への報告はちゃんとした。ただ、流石の信二もその時は涙目になり膝が崩れかけた。

 そして、彼はその一瞬にそれを見たのだった。


「佐成先生が笑っていたんだ。見たことのない笑い方で」


 信二の『分かるか?』という瞳をしばし見つめてから千里は考えを巡らせ探るように言葉を紡いだ。


「それは、例えば……ざまぁ、って感じの意地悪い系?」

「そう見えなくもなかった。悲しいって感じじゃなかったな。うん、喜びの方が近い。けど、佐成先生はそういうタイプか?」

「ん~、ありえなくはないけど。佐成詩音だからなぁ~」


 彼女は見た目も中身も評判の先生で男子はもちろん女子からの支持も厚く、そういった悪趣味とは無縁と自然に想わせる人柄であった。


「ちなみに赴任以来『心臓とちんちんにくる女教師ランキング』不動の一位だ!」

「きもっ、男子ってほんと馬鹿だね。ちょっと距離空けてくんない、ちんじ君?」


 千里が机の上で『きもっきもっ』と言いながら信二を避けるように身体を捩じる。

 そんな幼馴染の揺れるスカートにはピクリとも反応せずに信二は顎に手を当てて思考する。なにか掴めかけた気がしてきた。


「つーか、関係ないじゃん! 辞めたことと変態!」

「キッカケと現在進行形のもやもやの両方を話さないと、ちゃんと俺の気持ちにならない。俺は先生のあの笑みはなんだったのか、それがとても気になるんだよ。それで、それを考えているうちに……」

「ちんちん露出したいってトチ狂ったの?」

「違う。見られたいんだ、佐成先生に」


 信二は千里の馬鹿を見る目がただもどかしかった。陸上に熱が入らなくなった頃から勉強をちゃんとやるようになった信二の成績はかなり良くなった。だが、最近はあの笑みが気になり何も手に付かない時があるのだ。陸上に未練はない。学力は必要だ。だからいまの歩みに間違いはないと思っている。それでも自分のなかでぐるぐる回り続けているものがある。それを確かめる必要があった。


「ここまで聞いたんだ。当然協力してくれるだろ?」

「え、協力……? やだぁ……」


 なにを馬鹿なことを言いかけた千里だったが、信二の瞳を見て理解してしまった。


―—こいつ、マジだ!


 狙いを定めた時の怖いほど真剣な信二の瞳があった。千里の胸は意識とは無関係にキュンと音を鳴らす。


―—クソ馬鹿相手に! キュンってなった!


「頼む、ちぃちゃん……!」

「止めろぉ! ちぃちゃん言うなぁ~! こんな時にぃぃっ!」


 しばし頭を振り回して悶えた千里だったが開き直ったのか、どかりと座り信二と向き合った。


「で、どうしたいのよ? 変態野郎」

「ああ、ありがとう! ちぃちゃん!」


―—殴りてぇ~!


 爽やかな信二の笑みに殺意を覚える千里だったが、努めて冷静に、けれど彼を睨みつけながらその言葉を待った。


「ワンチャン合法的に佐成先生にちんこ見られたい」

「バッと行って、サッと脱いで、見せたらいいじゃん。脚速いでしょ? 顔隠せばバレないんじゃね?」

「違ぁう! 一方的に見せるのと、見られるのは違うんだ!」

「ごめんちょっとよくわかんない」

「いいか? 俺の恥ずかしい部分を佐成先生が、こう、恥ずかしがりながらもちゃんと見てくれる。そういう状況だ」

「どーいう愛情表現だ! どう育てばそこまで歪むの⁉」

「諸々ご存じだろう? お隣さん?」

「存じているけど、がたいわ! 犯罪じゃん!」

「そう、ちょうど高跳びのように身体をこう、捻ってだな……!」

「ポーズキメるな、想像して満足そうに笑うな。高跳びに謝れ変態」


 具体的にどうやってことを運ぶかよりもその瞬間を夢見てテンションの上がる信二へんたいを見て本当にどうしたものだろうと千里は首を捻るが、不意に閃きが訪れた。


「聞いてシンジ! 聞いて聞いてっ、思いついたの!」

「マジか⁉」

「ええっ、これでアンタは犯罪者にならずに済む!」

「さすがちいちゃん! ことあるごとに姉マウント取るだけのことはある!」


 へへん、と千里が胸を張る。信二は五月五日生まれで千里は五月四日生まれなのでお姉さんなのだ。


「私がアンタのちんこ、見てやんよっ!」

「……はい?」

「だからー! 練習だと思って私に見せんのよ」

「…………」


 千里のアイデアはちん妙そのものだったが、信二は押し黙り考え込み始めた。段々と呼吸が荒くなり、瞳は忙しなく揺れ始める。


―—そうよ、気付きなさい信二! 自分の言ってることがどれだけ馬鹿で恥ずかしいことかに!


 信二はきっと佐成先生に本気で恋をしていた。更に陸上を辞めたことで情熱のはけ口を失って絶賛暴走中なのだと千里は結論付けた。そして自身の想い人が度し難い変態であって欲しくなかった。


―—ほんとに脱がれたらヤバいけど、今日ならなんとかなる!


 実際にヤルならお互いの家がベストだが、今日という日に限っては教室でおっぱじめても問題がなかった。


―—悩み相談からの告白予定だったけど、緊急事態だからね!


 千里は信二と二人きりになるために友達あいちんを控えさせていた。教室に近づく者があれば彼女がドアをノックして知らせてくれる手筈になっている。

 閃きと幸せは用意していた者にこそ訪れるというのが髙橋家の家訓だ。

 ここで信二が脱ぐにせよ脱がないにせよ暴走の熱は冷めるはずと千里は考えている。そして信二が判断を保留することはあり得ない。彼はやるときはやる男だった。


―—さあ! どうすんの、馬鹿信二⁉


「……駄目だ」


 こめかみに押し当てていた手を放し信二は千里を見つめた。ついに目が覚めたかと笑いかけようとした千里に信二は言い放つ。


「お前じゃ駄目だ。恥じらいが足りない」

「このっ、クソ馬鹿ぁ!」

「そういうとこだぞ」

「……ちっ」

「そういうとこ……」

「うるさいっ! なにが恥じらいよ、この変態! 言っときますけどね! 私、処女ですからっ! 清らかですから!」

「またまた……」


 千里は男勝りだが、わりとモテる。カレシもいた。それでも結局一線を越えることはなかったのは、なんだかんだで幼馴染のことがずっと大事で好きだったからだ。

 そんな彼女に信二が向ける疑いの眼差しに千里はついにキレた。


「……おい、脱げよ変態」

「待ってくれ千里、話せばわかる」

「現役JKの処女がちんこ見てやるっつてんの。燃えるシチュエーションでしょ? ほらっ!」


 机から飛び降り千里はガッと信二のベルトを掴む。とっさのことに信二は対応できず、まわしを取られたかのように身動き取れなくなってしまった。


「止めろ! 痴女じゃねーかっ、まるで!」

「うっさい! 詩音ちゃんだって絶対処女じゃないわよ、あんなに奇麗なんだし!」

「お、お前っ! 男子の浪漫ろまんを踏み荒らすな……!」

「いいから、はよ脱げっ!」


 二人がもみくちゃになっていると、教室のドアがガラリと開け放たれた。


「…………」

「…………」

「…………」


 そこには困惑した表情の佐成詩音が立っていた。千里は思わず天を仰いだ。


―—あいちんのグズ! なにやってんのよ!


 三者三様に固まるなか、佐成はドアをそっと閉め二人に柔らかい笑みを向けた。


「えっと、お邪魔しちゃった、かな?」


 明るい調子の問いかけは悪戯を共有するような茶目っ気があった。

 いつものロングスカートとシャツのスタイルの彼女が首をかしげると長い髪がさらりと揺れた。ボタンを全て留めていても涼し気で大人の余裕と気品に満ちていた。

 千里は先生が用意してくれた逃げ道に駆け込むべく口を開く。理由は滅茶苦茶でもなんだっていいからこの場から脱出しなければならない。


「畑中君が暑い暑いって言うもんだから―—」

「佐成先生!」

「あっ! 馬鹿!」


 突然信二が千里を振り払い駆けだした。窓際から机の間を縫って先生の正面に来ると勢いそのままに上体を逸らしながら滑り込む。

 振り上げた左腕を床に叩きつけて上体を起こし強靭な足腰が静かに天を衝く。ヘソを頂点とするそのアーチはまさに高跳びのそれであった。

 詩音の前で停止した信二は伸ばしたままだった右手をベルトに力強く打ち付ける。


 パァン……ッ


 張り詰めた身体とみなぎる力が高らかにぶつかり合った。


「佐成先生、俺のちんこを見てくださいっ‼」


 そして彼は男らしく胸の内を曝け出告白した。その背後で千里は頭を抱え込んだ。

 

―—終わる! なんもかんも! 馬鹿! 信二の馬鹿!


 騒がしい静寂と群青色の影のなかを詩音の視線が泳ぎ回る。

 畑中信二は仰け反ったままチャックに手をかけ、髙橋千里は射殺いころさんばかりに二人を見つめている。おずおずと彼女は口を開いた。


「えっとぉ……つまり、これは……そういうプレイなの?」

「違いますっ!」「そうですっ!」


 二人が同時に吠える。詩音の瞳が更に揺れる。


「佐成先生ッ!」「詩音ちゃん!」 


 若者たちは己の望みのために佐成詩音の全てを奪わん勢いで叫ぶ。信二は熱情を叶えるために。千里は終わりにさせないために。

 クワっと目を見開く信二の身体はにわかにプルプル震えだしたのを千里は見逃さなかった。


―—くそっ、足腰強いな、コイツ……!


 ぎりりと歯噛みする千里が勢いよく挙手する。


「詩音ちゃん! 質問ですっ!」

「はっ、はい⁉」

「詩音ちゃんは処女ですか⁉」


 とんでもない発言とは裏腹に千里は彼女の非処女を切望した。


―—お願いブチ壊して、馬鹿なコイツの幻想を!


 再び静寂が訪れる。千里の荒い呼吸だけが教室に響く。 


「髙橋さん、ちょっとそういうのは同姓でもセクハラって言われちゃうよ?」


 少し呆れたような調子で彼女は笑った。千里がこれまでかと諦めかける。しかし、続けて詩音は妖艶な笑みを浮かべた。


「だけど……いいわ、特別よ」


 甘く少しだけ粘つく声で応えると彼女はシャツのボタンを外して二人にはだけさせて見せた。


「え……?」


 その首にはチョーカーのようなものがあった。ピンクゴールドの艶やかなレザーの首輪だ。


「……それって」


 驚く千里に詩音が笑いかける。どうやら信二はまだわかっていないようだ。

 そんな二人を見て彼女はおかしそうに笑った。


「ふふっ、髙橋さんも大変ね。なら、仕方ないなぁ」


 彼女は一礼するかのようにかがむと、ロングスカートの裾を摘まんだ。

 視線を外すことなくゆったりとスカートをたくし上げていく彼女の笑みが深く歪んでいく。

 白い肌が余すところなく露になった。その中心で金属が煌めく。パールホワイトを縁取るシャンパンゴールドの金属光沢は豪奢でありしなやかでもあった。


「ごめんね畑中君。私は見る方じゃなくて、見られるのが好きなの」


 自身のど真ん中に食い込む貞操帯を見せつけながら佐成詩音はうっとりと目を細め、恍惚に口元を歪めた。信二と千里は同時に悟った。謎の笑みの理由を。


―—この人、見られて興奮してる‼


 佐成詩音が去ってしばらくして。

 二人はまた夏空を背にして黄昏ていた。


「つまり、俺と先生は同志だったということか?」

「なにましてんのよ変態」

「お前なぁ」


 見ると千里は俯き顔を真っ赤に染めていた。

 その表情にしばし見惚れてから信二は憮然とする。


「……なんだよ、恥ずかしがれるんじゃないか」

「うっせ、ばぁか」

「…………」

「なによ?」

「……いやな、不意打ちで、その……」


 信二が勢いよく机から降り立つ。放っておいた進路指導用紙を胸ポケットに差し込むと千里へ向き直り、目を逸らしてから、また見つめた。

 雲は流れ二人の背後に真っ青な空が広がっていた。


「可愛いなって、思った……」

「……っ、馬鹿ぁ!」


 千里の蹴りが信二の股間に勢いよく吸い込まれた。


「恥じらぇぇぅぉぉぁっ……!」

「うるさい! 馬鹿! 馬鹿信二!」


 青春とは夏の日差しからはぐれた群青色だ。

 その青い影のなかで二人が雄たけびをあげたこの日から八年後、二人は結婚する。

 彼らを結びつけたはちんこと貞操帯でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ちんこ 世楽 八九郎 @selark896

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ