第02話 一目惚れ
水の中は好きだ。
だからといって水泳が好きかと言われたら、答えはノーだ。それでも小学校二年のころから通いだしたスイミングクラブは今年で五年目になる。
気がつけば僕は中学生になっていた。
友達に誘われてはいった野球部は、夏休みに入ると同時に退部した。
朝から晩まで仲間と共に汗水流し練習する、そんな熱い青春は僕には難しいようだった。
皆が部活に熱中する中、帰宅部員となっと僕は特にやることもなく、家にいても煙たがられるだけなので、涼みもかねて毎日のようにスイミングクラブに来ていた。
このスイミングクラブのいいところは、習い事の時間以外の時も、好きな時好きなだけプールを使っていいというところだった。
そして、今日は週に二回あるちゃんとした練習日。いつも一人で時間をつぶすためにきている日とは違い、同じスイミングクラブの生徒たちが先生が来るまでの間各自自由に水と戯れている。
僕もいつもなら気の合う仲間とふざけ合うその時間も、今日だけはそんな気になれなかった。
ソワソワした気持ちと、火照りそうな顔をごまかすように、何度も水の中に一人で潜る。
そんなことをしていたらとうとう始めりを知らせるチャイムが鳴った。まるで自分の心臓がなったかのように一瞬僕はドキリとした。
「さあ、みんなプールからあがって」
よく通る声がプール内に響く、スイミングクラブのコーチ、理恵先生の声だ。
年齢は自分の母親と同じぐらいのはずなのに、その体はとても若々しく鍛え上げられた筋肉はよく引き締まり綺麗だった、またスラリと伸びた手足もしなやかに泳ぐ姿も優雅で憧れの先生だ。
だから飽きっぽい僕でも今日までこのスイミングクラブをやめなかったのかもしれない。
「今日はみんなに紹介したい人がいるの」
先生の言葉に僕の心臓がドキリと波打った。
僕はまだ今日一度も先生の顔をまともに見ていない、いや正確には先生ではなく、その後ろに立つ女の子のせいで先生の方に顔を向けれないでいるのだ。
「初めまして
先生に背中を押されるように一歩前に出てきた彩が、消え入りそうな声でそういうとペコリと頭を下げた。
今にも消え入りそうなか細い声に、透けるように白く細い体は、小麦色の肌に焼けた子供たちが多いこの場では異質な光を放っているように見えた。
「確か彩さんは、高田中学だったわね、じゃあ
生徒達が一斉に僕の方に顔を向ける、それに導かれるように彩の視線も僕に向けられた。
目と目が合った。
瞬間僕は自分の顔が、火照っていくのがはっきりとわかった。
僕、木下健一は飯島彩を知っている。知っているといっても、それは名前とちょっとした噂話程度で、別に友達というわけではなかった。そう一方的に知っているのだ、なぜなら僕は入学式の日に彼女に一目惚れをしてしまったからだ。
入学式の日、正門前で家族と記念撮影している彩の姿を見た瞬間。雷に打たれたような衝撃が体に走ったことを今でも覚えている。
とても綺麗な目をしていると思った。
自分にはないとても強い意志が宿った、今をしっかりと見据たそんな目に僕は惹かれたのだ。
それからというもの、僕は学校で気がつくと彩の姿を目で追っていた。
だから、たまたま学校の役員で彩の母親と親しくなった自分の母親が、このスイミングクラブを紹介して今日から通うという話を聞かされた時には本当に驚いた。
まさに運命。そんなことすら考え一人浮かれた。
でも、彩が僕を知っているはずがない。クラスも違う僕達にはいままでなんの接点もなかったのだから。それに自分でいうのもなんだが僕の顔は中の中、悪くもないが、よくある顔だ。それに勉強ができるわけでもスポーツが得意なわけでもない、そう目立つ存在とはかけはなれた、どこにでもいるモブみたいな存在なのだ。
しかし僕のそんな予想を裏切って、彩は「はい、知ってます」とニコリと先生に答えたのだった。
「そう、じゃあわからないことがあったら木下君に聞くと良いわ、このクラスで一番長いから」
先生はそういうと、準備体操するから広がってと声をあげた。
僕はそれをまるで夢の中で聞くように聞いていた。
夢の中で彩が僕の隣に立った。
「二組だよね、私は三組なの、よろしくね」
そういって、彩は天使のように微笑んだ。
知っているの? 僕を?
もしかして、母親から僕のことも聞いたのだろうか。
でも今の僕にはそんなことどうでもよかった。
今彼女が近くにいる。
そして彼女は僕を知っていた。
それだけで、僕は胸は高鳴った。
そのせいで僕はその後なにを話したか覚えていない。
ただ、気がついたら僕は家の前まで帰ってきていた。
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