第14話 噂話
夢でも見ているんじゃないかしら。
私は話しながらそう思っていた。
自分の周りにはクラスメイトの女の子たちが、ぐるりと席を囲むように立っていた。
それは自分をいじめようというわけではない、みな好奇心でキラキラした目をしている。
中には憧れの人でもみるような視線を向ける子もいる。
「ねぇ、木下君と付き合ってるの?」
誰かが聞いた。
「そ、そんな……」
耳の中まで赤くなったのではと思うぐらい顔が熱い。
ただでさえいままで話題の中心になったことがないうえ、こんなにたくさんの友達と話したこともなかったので、少なからずパニックになりかける。
しかし好奇心にかられたクラスメイトは待ってはくれない。
矢継ぎ早に質問をしてくる。
中学生になるとみな恋の話に夢中なのだ、でもいまだ正式に付き合ってるカップルなどほとんどいない、だから白馬の王子様に憧れる。
そして彩を助けにきた隣のクラスの男の子は、まさに一夜にして女の子たちのヒーローになったのだった。
「私たちは、同じスイミングクラブに通ってるだけだよ」
しどろもどろになりながら答える。
本当にそうなのだ、同じ学校ということで初めてスイミングクラブに行った日は私も気を張っていたが、彼は別に私をからかったりもしなければ、学校で会っても挨拶する程度でこれといって親しく接してもこなかった。
嫌われてはいないと思うが、親しいというわけでもなかった。
でもそんな回答をみなは望んでいないらしい。
いや初めから彩に答えなど求めていなかったのかもしれない、すでに本人を目の前に勝手に話が進んでいる。
「なんか格好良かったよね」
「颯爽と現れて、姫を守ったらそのまま立ち去るなんてまさに白馬の王子様」
「白状しちゃいなさいよ」
「いいなぁ彩あんな頼りになる彼がいて」
「だから、私たちはそんな関係じゃないんだって」
言えば言うほど言い訳めいてくる。
「彩にそのきがなくても彼にはあるのかもよ」
誰かが言った。
「そういえばよく廊下ですれ違う時とか、うちの教室覗いたよね彼」
「彩やったじゃん、OKしちゃいなよ」
みなそれぞれに勝手なことを言っては盛り上がる。
「だからそんなんじゃないって」
まさか木下君が自分に気があるなど、どうしてそんな話になるのかびっくりして否定した。
スイミングクラブで一緒になっても挨拶だけで話などしたことがないのに。
そう反論しようとしたとき、
「へーあいつ、まだあそこ通ってたんだ」
思いもしない方向から声がかけられた。
女の子の視線が一気にそちらに向く。
「知ってるの?」
口を挟んできた男の子に聞く。
まだ入学まもないので隣のクラスの男の子の情報などほとんど知らない。
それに木下は部活動をしていなかったし、特にずば抜けて格好いいというわけでもなかったのでみな勝手なことをいっているわりには、本当は彼の名前ぐらいしか知らなかったのだ。
だから木下を知っている口ぶりの男の子に今度は質問が集中した。
それは彼について知りたいという恋心というより、若さゆえの好奇心なのだが。
ただ、彩だけはその子の言う言葉を一語一句聞き漏らさないように耳を傾けた。
「俺も、小学校まであそこ通ってたからなぁ、それに同じ野球部だったし」
その男の子は言った。
「彼野球部なの」
「でももうやめたけどな、あいつ根性ねぇし、なんにでもなんか冷めてるというか熱くなんないんだよなぁ」
その言い回しが少し彼を貶しているように思え、思わず眉をひそめた。
「ほとんどなんにも興味示さないあいつがまだ通っているってことは、やっぱあれか、理恵先生まだいるのか?」
いきなりその子が、私に問いかけた。
おもわず頷く。
「やっぱしな、あいつ理恵先生好きみたいだったからなぁ」
一瞬、私は頭を強く殴られたような衝撃を受けた。
なぜそんな衝撃を受けたのか、自分でもわけがわからなかった。
「そうなんだ。好きな人いるんだ」
「でも先生というと年上でしょ」
「まだ彩にも望みあるって」
「そうだよ、それにそれ小学生の時の話でしょ」
「彩こうなったらこっちから告白するしかないよ」
口々に女の子たちがそんなことを言う。
私は愛想笑いを浮かべながら、どこかそんなクラスメイトの言葉を遠くで聞いていた。
(私なんで落ち込んでるの?)
自分でもわからない感情に、ぼんやりとそんなことを自問自答してみる。
しかし答えは全く出てこない。
そんなことをずっと考えていたら気がつくと放課後になっていた。
今日一日続いていた質問からようやく解放される。しかし私は初めのはずかしいような、うれしいようなそんな気持ちはもうなくなっていた。
なぜか無性に虚しい感情だけが胸を占めていた。
(早く帰って寝ちゃいたい)
思った時いきなり自分を囲んでいた輪が開いた。
一瞬、頭が真っ白になった。
開いた輪の先には彼が立っていた。
そして、気がつけば教室に二人っきりにされていた。
「あの……なにか、言われたの……」
彼が切り出した。
「……ううん」
なぜか無性に恥ずかしくなり、俯いたままおもいっきり首を横に振った。
「なら、いいけど……」
校庭には部活動などしている生徒がいるはずなのに、まるで学校中に私たち二人しかいないように教室内は静かに感じられた。
何か言わなくては。
「「あの……」」
二人の声が重る。
再び重たい沈黙ができる。
「ごめん」
瞬間なにを言われたか理解できず思わず顔を上げる、視線と視線がまともにぶつかった。
「余計なことして……ごめんなさい」
そんな私にお構いなくさらに木下君は言った。
「なんで、木下君が謝るの謝るのは私のほうなのに」
人間緊張が高まりすふぎるとおかしくなるらしい、私はなぜだか無性におかしくなって小さく笑った。
笑ったら緊張がほぐれて、そして
「ありがとうと、私、助けてもらって本当にうれしかったんだよ」
こんなに素直に自分の気持ちが言えたのは始めてかもしれない。
さっきまでのもやもやした嫌な気持ちも今はなくなっていた。
「今度理絵先生の飛び込みの大会があるんだけど、水泳の仲間みんなで応援しにいこうかという話になって」
彼が思い出したかのようにそう言った。
理恵先生の名前を聞いたとたん、少しだけ心臓がチクリとして、私は少しあせった。
理恵先生は大好きだった。
でもなぜだか木下君の口からその名前を聞くのはなんだか悲しかった。
わけのわからない感情に押し流されまいと腹に力をいれる。
「――いかないか」
ハッと彼の顔を見る。突然自分に襲い掛かった感情に驚いていてよく聞いていなかった。でも何か返事をしなければ。
私は口を開いた。
「いいよ」
とりあえずその一言を言うのが精一杯だった。
そして私は、なぜか拍子抜けしたように微笑む彼の顔を見た。
間違った答えをいってしまったのではと内心あせったが。それを聞き出す勇気はなかった。
そして私たちは待ち合わせの約束をしてその場を別れたのだった。
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