夕暮れの空

第12話 勇気

 私の名前は飯島彩、私はこの世に未熟児として生を受けた。

 一命は取り留めたものの、その後も入退院を繰り返すような子供だった。

 小学校にあがるころには、ちょっとした風邪なら自宅からの通院でやりすごせるぐらいには成長したものの、それでも激しい運動はやはり苦手で、体育などはよく見学をすることがおおかった。

 少し寒くなると学校も休みがちになるため、いじめられこそしなかったが、男の子からはよくからかわれていた。それに仲がいいと呼べるような友達もいなかった。

 そのため小学生時代の楽しい記憶はほとんどない。

 だから中学に入る時には、自分を変えようと強い意志を持って臨んだ。しかしそうはいっても急に全てが変わるわけもなく、なかなかうまくはいかなかった。

 それでも、いつも笑顔は絶やさず、なるべく楽しそうに話すように努力した。


 そして色々なことが変わったのは中学一年の夏だった。

 体もだいぶ丈夫になり学校を休むことも少なくなった私に、母はスイミングクラブを勧めた。

 家でじっとしていては余計体が弱ってしまう。と思ったのだろう。

 いままで運動などほとんどしたことがなかったので素直にうれしかった。

 ただ唯一つ気がかりなのは、同じ学校の母親からの紹介だということだ。

 案の定同い年の子が通っていた、それも男の子だ。

 名前を聞くと、木下健一と教えられた。

 クラスメイトではなかったことに少しだけ安心する。

 男の子はまだ苦手だ、体育を休むとすぐにずる休みだとからかってくる。

 それにスイミングクラブということは水着だ、夏でさえ羽織りものを欠かせない私の肌はただでさえ白く薄気味悪いのに、そんな肌をほとんど隠せない格好なのが恥ずかしい。


「…………」


 それでも私はそこに通うことにした。

 ここでまた逃げたら、同じことの繰り返しに思えたからだ。

 私は自分を変えたい。

 体だけではなく、心も強くならなければいけない。


 スイミングクラブに行く日が来た。

 待っていたのは理恵先生という、とてもやさしそうで頼りがいのありそうな女性だった。

 先生に紹介されると同時に、みんなの視線が私に集中した。

 そして先生が一人の男の子を紹介してくれた。

 内心ドキドキしながら彼のほうを見た。

 彼は私と目があうと、すぐに視線をそらした。

 ドキリとした。

 拒絶されたような気がした。

 ここでもやはり自分は、つまらない存在というレッテルを貼られてしまうのではないか怖気づきそうになった。

 しかし一瞬くじけそうになった心を奮い起こすと、自ら彼に話しかけた。


「確か、二組だよね、私は三組なの、よろしくね」


 本当は友達といろんな話しをしたい。

 でも小学校の時は自分が休んでいる間に、どんどんほかの友達同士が仲良くなり、自分の知らない話題でもりあがり、自分から話すことができなくなっていった。

 中学では頑張って発言はするが、小学校から自分のことを知っている子と目が合うと「初めから彩の意見などあてにしていない」と、いわれているような気がして言葉尻がしぼんでしまうことが多々あった。

 そんな自分が嫌いだった。

 でもここでは私の過去を知っている人は一人もいない、そして人数も少人数だった。

 ここでなら萎縮することなく、自分の言葉を相手に伝えられるような気がした。


 何度も鏡の前で練習した最高の微笑みを浮かべ、人生初めての先制攻撃である。

 彼は驚いたような顔をした後、少しはにかんだ笑みを返してくれた。

 私はその笑顔に救われた。

 その後彼はスイミングクラブの友達を一人ひとり私に紹介してくれた。

 こうして私は、自分の人生を変える一石を投げ入れたのだった。

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