第04話 噂
「木下健一君」
朝僕が席に着くやいなや、クラスで仲のいい男友達が数人、ニヤニヤしながら僕の席を取り囲んだ。
「おはよう」
フルネームでそれも君付けで呼ぶなんて、なにかたくらんでる時ぐらいだ、と僕は警戒しながら返事をかえす。
「おはようじゃねぇよ」
なにやら含むような物言いにさらに警戒心を高める。
「水臭いじゃないか、で、いつからだよ」
「いつ?」
「三組の飯島と付き合ってるんだって」
「はぁ!?」
おもわず大きな声をだしそしてハッとした。
その時初めて、僕はクラスの異変に気がついた、全員が全員あからさまにみているわけではない。しかし背中を向けている人も、他の友達と話をしている人も、僕達の話に耳をそばだてているのが、なぜだか気配でわかった。
「そんな、付き合ってなんかいないよ!」
僕は必死に否定したが、友達は全く取り合ってくれなそうになかった。
「愛する飯島を極悪非道の有田から守るため、すごい戦いをしたって聞いたぜ」
かってに話を進めて盛り上がっていく。
あぁ、昨日の男子生徒は有田というのか、僕はまったく僕の話を聞こうとしない友達にため息をつきながらそんなことを思った。
戦ったって、一方的に僕が殴り倒しただけだ。
それに彼は僕に手を出していない、確かに女子をからかうのはよくないが、極悪非道とまでいわれてるのは、ちょっと有田に同情する。
「俺は、有田と木下がどちらが付き合うかで、飯島をめぐって戦って聞いたぞ」
また話が勝手に大きくなっている。
ってちょっと待て。今なんて言った? 付き合う? 有田も彩ちゃんが好きなのか? でもそれもありえない話ではない、好きな子に意地悪なちょっかいだす男ってやつは本当に存在するのだ。
内心焦る僕をよそに、友達の適当な話はなおも続く、僕は話についていけずただの傍観者になっていった。
それにしてもこのタイミング最悪だ。
こんな噂が経たなくても、他のクラスの女子に話しかけるのは勇気がいるのに。
今日は彩に伝えなければならないことがあったのに……
とりあえず、休み時間はきっとみんなの注目の的だから動くのはやめておこう、放課後人が減ってからにしよう。
そうして僕は否定すればするほど大げさになっていく噂は無視して、静かに放課後まで過ごした。
ようやく最後のチャイムが鳴り、帰り支度を始めていると、友達に遊びに行こうと声を掛けられた。でも僕は用事があるからと断った。
すると「彼女が出来ると冷たいねぇ」とまたからかわれた。
もう勝手に言ってろって感じである。
廊下にでて三組の教室を確認する。
「良かったまだ三組のホームルームは終わっていない」
僕はそれが終わるのを一人待つ。
「しかし本当、タイミング悪いなぁ……」
待ちながら今日一日を思いかえし、大きく嘆息する。
今日は本当にいろんな人に事件のことや彩のことを、根掘り葉掘り聞かれた。
僕がどういおうが、なんど否定しようが、みな含み笑いをするだけで、信じてないという感じだった。
もう彼らの中で、僕達は付き合っているのだ。
人の噂も七十五日というし後半はもう面倒になって肯定も否定もやめた。ただ当人をおいてかってに盛り上がるまわりを客観的に眺めていた。
それにまんざらそういわれることが、うれしかったのもあったのかもしれない。
三組のドアが開きまず先生が出てきた、生徒たちもそれに続いて出てくる。
しばらくその流れをみていたが、彩がなかなか出てこないので、僕は今日も休んでいるのかもと心配になった。
ある程度生徒がでて人が少なくなった教室を僕は恐る恐る覗いた。
すると教室にまだ残っていた一人の女子生徒が、僕に気づきあっと声をあげた。
そして隣にいた女子の肩をたたくと、ほらというように僕を指で差す、肩を叩かれた女子も同じようにその隣の子を小突く、やがて、そこにいた数名の女子たちは、なにか目配せをしてその場から離れていった。
「なんだあれは……」
しかし理由はすぐにわかった。離れていった女子たちの輪の中心には彩がいた。
彩は立ち去る彼女たちの言葉に反応して、赤い顔でしきりに目の前で手を振っている。
女子たちが、彩を残して教室から出て行く際、ちらりちらりと僕を見ていく、そして廊下の端までいくと、キャキャと声をあげて消えていった。
教室には彩と僕だけが残された。
「あの、なにか、言われたの……」
なぜか視線を合わそうとしない彩に僕は聞いた。
今日の自分の出来事を振り返れば、もう一人の主役も同じ目にあっているのは想像にたやすい。
「……ううん」
俯いたまま、彩は首を横に振った。
「なら、いいけど……」
校庭には部活動などしている生徒がいるはずなのに、まるで学校中に僕たち二人しかいないように教室内は静かに感じられた。
「「あの……」」
二人の声が重る。
再び重たい沈黙ができる。
「……何?」
先に僕が聞いた。
「木下君こそ……」
彩が言った。
僕は大きく息を吸い込むと。
「ごめん」
瞬間彩が顔を上げる、視線と視線がまともにぶつかった。
「余計なことして、ごめんなさい」
僕はかまわず続けた。するとクスクスと小さな笑いが聞こえた。顔を上げると、なぜか彩が笑っていた。
「なんで、木下君が謝るの、謝るのは私のほうなのに」
彩はそういってごめんなさいといった、そしてありがとうと付け足した。
「私、助けてもらって、本当にうれしかったんだよ」
「でも、変な噂がたって困ったでしょ?」
彩はその問いに小さく首を横に振る。
「昨日早退したのだって、なにか言われたからとかじゃ……」
「あのあと熱が出たのは本当なの、私って駄目ね、昔からそう、運動会も遠足の前の日も、うれしくても悲しくても、すぐ熱がでちゃうの」
「余計な心配かけてごめんね」と小さな声で彩は続けた。
「そうなんだ」
僕は安心すると同時にもう一つの用事を思い出した。謝りたいということもあったのだが、わざわざこんな噂が立ってる日に再び彩に話しかけたのはこのためであった。
「今度理絵先生の飛び込みの大会があるんだけど、水泳の仲間みんなで応援しにいこうかという話になってって」
深呼吸を一つして
「待ち合わせして、一緒にいかないか?」
言い切った。
「いいよ」
僕の緊張とは裏腹に、彩はいともあっさりと返事を返した。
やった! という喜びと共に、あまりにあっさりした返事に少々拍子抜けする。
自分では会場までとはいえ一緒に待ち合わせして行こうという言葉を口にするには、ちょっとやそっとの勇気ではなかったのだが。
それもおかしな噂までたっている今は、さらに変な誤解を招きかねない。
それでも勇気を出して誘ったのに、あまりにあっさりとした答えが逆に、彩にとってはたいした問題でもないと言われたようで、それは男としては見てないからではないかとちょっと悲しくなる。それでも約束をしたことを嬉しく思いながら僕はその日を待った。
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