7-5 暴食令嬢は竜の怒りを見る

 ……一体全体、何がどうしてこうなった?


「……大丈夫か、ブランシェ嬢」

「ええ、まあ。大丈夫です……」


 ぴちゅぴちゅ、ちゅぴり。平和な鳥の声がどこかから聞こえてくる。

 ヴォルフラムの手に引かれるままやってきたのは、いつもヴォルフラムと会話をする際に使っている温室――の奥に作られたテラス席だ。

 普段はベンチに座って会話をしているため、奥深くまで足を踏み入れたことはあまりない。故に、温室の奥にテラス席が用意されているなんて知らなかった。


 日当たりのいい一角に用意された白い鉄製のティーテーブルには、道中で出会ったメイドに用意してもらったティーセットが置かれている。白地に青い模様のティーカップの中には、柔らかな水色をした紅茶が優しい香りを漂わせている。


「……この温室、こんな場所があったんですね」

「最近、庭師に話を通して用意してもらった。ブランシェ嬢とここで話をすることが増えただろう。ベンチもいいが、もう少しゆっくり話ができるスペースが欲しいと感じて、用意させた」


 なるほど、それならブランシェが知らなかったのも無理はない。

 内心納得しながら、ブランシェは目の前に置かれたティーカップへ手を伸ばした。

 まずは、先ほどから感じる優しい紅茶の香りを楽しむ。心を落ち着かせてくれる香りをじっくり堪能したのち、そっとティーカップを己の唇へ寄せて傾けた。


 適度な温度の湯で淹れられた紅茶の味は清涼感と若々しさを感じさせる爽やかな味だ。渋みも強すぎず、どちらかといえばストレートで楽しむのがよさそうだ。

 喉の乾きを癒やして心を満たす味をゆっくり楽しめば、上手くまとまりきっていなかった思考が少しずつまとまってきた。


(陛下は、わたくしが犯人ではないと信じてくれたのよね)


 チェルニーは声高々にブランシェが犯人だと訴えていた。

 大勢の人がいる中で、一人が犯人を指摘する声をあげれば、指摘された人が犯人だと思考がそちらへ傾きやすい。ヴォルフラムとアーヴィンドが密かに証拠を集めてくれていなければ、あのままブランシェが犯人に仕立て上げられていたかもしれない。


 必死になっていたから気づかなかったが、冷静になった今、改めて思い返してみると自身がいかに不利な状況に置かれていたかがよくわかる。

 ヴォルフラムが口にしていた言葉を一つ一つ思い返していき、己を安心させるため、頭の中で何度か繰り返す。

 そのうちの一つを思い返し、ブランシェははた、と瞬きを一つした。


『俺の客人であり宝であるブランシェ・シュネーフルールを犯人に仕立て上げようとした、お前の罪は重い』


 恐怖を感じさせる声で、凛と言い放った言葉。

 こちらを大切に思ってくれているのかもしれないと、希望を持ってしまうような言葉だが――ヴォルフラムは。

 ヴォルフラムは、どういうつもりであの言葉を口にしたのだろう。

 純粋に客人だから? でも、それなら宝という表現を使った理由は? ……わからない。


(わからない。陛下が何をお考えになっているのかも、陛下の気持ちも)


 ブランシェは、ヴォルフラムに密かな想いを寄せている。

 では、ヴォルフラムは? ヴォルフラムは、ブランシェに対してどのような感情や気持ちを抱いているのだろう。

 ここまでしてくれたのだから、好意的な感情を向けられているのは確かだ。けれど、具体的にどのような感情を向けてくれているのかは闇に包まれたままだ。

 わからない――けれど。


(今は、もう少しだけ)


 彼の傍にいれる時間を。

 静かな、けれど落ち着く空気に満たされたお茶会を楽しんでいたかった。

 静かに紅茶を楽しむブランシェの視線の先で、ヴォルフラムが愛おしそうに目を細めた気がした。

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