6-5 暴食令嬢は痛みを味わう
個人的な頼み事をするため、そしてキッチンで働いている使用人たちの手伝いをするため、キッチンへ行ったこと。そこで手伝いをしていたときに、鍋で煮込まれていたスープを味見したこと――そのスープを飲んだ結果、今回の騒動に繋がったこと。
改めて口に出してみると、今回の騒動がいかにきな臭く、穏やかなものではないことがはっきりわかる。
「これらの情報にくわえ、スープを口にした際、調味料と非常によく似ているけれど人工的な味も混ざっていました。その味の正体を探っていた途中、急激に体調が悪くなりました。ちなみに、今日の夕食に陛下はスープをお召し上がりになりましたか?」
あんなことがあったあとだ、さすがにスープを出してはいないと思うが、気になってしまった。
不安そうな声色で問いかけたブランシェへ、アーヴィンドが答える。
「大丈夫です。本日の夕食にはスープ類は出ていませんでした。我らが主君もご無事です」
ヴォルフラムが無事でいる――。
もっとも知りたくて、もっとも心配していたことを耳にした瞬間、ブランシェの身体から余計な力が抜けた。心の中に安堵感が広がり、ベッドの背もたれに深くもたれかかる。
大丈夫だろうと思ってはいたが、どうしても不安があった。ヴォルフラムがあれを食べていないとわかれば、安心できる。
ほっと小さく息を吐き、ブランシェは口を開く。
「よかった……陛下がご無事で」
「キッチンの使用人たちも、スープに何か異常があると判断して誰も口にしていません。こちらで調べてみましたが、どうやら魔法薬の一種が混入していたようです」
魔法薬――なるほど。どうやら、あのときブランシェが感じ取ったのは正真正銘、薬の味だったようだ。
眉間にシワを寄せたブランシェへ、アーヴィンドは言葉を続ける。
「効果は、対象の魔力の流れに異常を引き起こすもの。一時的に魔力が不足した状態にし、その後一気にまた回復させる。身体が一時的に急激な魔力不足に陥った際に重い症状が引き起こされる……という内容のようです」
「……すごいですね。もうそこまでわかっているんですか?」
アーヴィンドの唇から語られた内容に、思わず目を丸くした。
魔法薬が使われていたというところまでなら、短時間でも調べられるかもしれない。
だが、そこからさらに踏み込んだ内容――魔法薬の効能まで明らかにしようとなると、時間がかかるだろうと考えていた。だが、アーヴィンドの手元にはすでに魔法薬の効能に関する情報が届いている。
目を丸くするブランシェの視線の先で、アーヴィンドがわずかに得意げな顔をする。
「解析魔法は、私がもっとも得意とする魔法ですから」
一言、自信に満ちた声で返してから、アーヴィンドは報告を再開する。
解析魔法は、人体や物体に対しての情報を得るためにもっとも多く使われる魔法だ。シュネーフルール領にも、もしものときに備えて解析魔法が得意な使用人がいる。だが、短時間でここまでの情報を得られるほど精度が高いものを扱える人間は少ない。
(さすがは、魔法に長けている魔族の国の人)
非常に優れた魔法技術に内心驚きながら、ブランシェはアーヴィンドの声に耳を傾ける。
「一通り使用人たちに話を聞いたところ、彼ら、彼女らが一度味見をしたときは特に何も感じなかったようです。おそらくですが、使用人が味見をしてからブランシェ様が味見をするまでの短い間に仕込まれたのではないか、と考えております」
アーヴィンドの推理に耳を傾けながら、ブランシェも頷く。
「まだ情報が少ないですが、わたくしもそうではないかと思います。あのときのキッチンは人が多かったので、侵入して魔法薬を混入させるのは難しいですが不可能ではありません」
もっとも怪しまれるのは、ブランシェを含めたキッチンにいた者たちだ。
だが、ブランシェはスープを口にして倒れたため、犯人から除外される。次に怪しまれるのはキッチンで働いていた使用人全員だが、メイドやシェフたちはみんなヴォルフラムを慕っている。彼らや彼女らがヴォルフラムや彼の臣下に危害を加えようとする可能性は低いだろう。
となると、次に考える可能性は外部犯の仕業だ。一見、外部犯では実行しにくいように思えるが、王宮で働いている使用人たちと同じ服装をすれば気づかれる可能性は低くなる。
脳内で即座に考えを構築し、傍に控えているエリサへ視線を向ける。
「エリサ」
ブランシェが呼びかけたのは、たった一言。
通常であれば何がいいたいのかわからず、首を傾げるところだが、エリサは静かに唇を開いた。
「王宮内でさまざまなお話を聞いたところ、例の方々――ベルニエ様の突然の来訪に驚いている、または戸惑っている方は多いようです。中には、何か企んでいるのではないかと疑っている警戒心の強い方もいらっしゃいました」
エリサの静かな声での報告は続く。
「それから、これは王宮内の使用人の方々のお手伝いをしていたときのことですが。旦那様からお嬢様あてにお手紙が届いたそうで、臣下の方から受け取りました。どうぞ」
「お父様から?」
エリサが懐から一通の手紙を取り出し、ブランシェへ差し出した。
差し出されたそれを受け取り、確認する。質のいい紙で作られた封筒は手触りがよく、封蝋でしっかりと閉じられている。封蝋に押された印をじっくり確認したところ、生家にあるシーリングスタンプと一致した。
間違いなく、シュネーフルール家にいる父からのものだ。
エリサの手からペーパーナイフを受け取り、開封すると、ブランシェは早速手紙の中身に目を通した。
便箋に美しく綴られた文字に目を通し、ゆっくりと半分だけ目を伏せる。
「……なるほど」
一言、小さく呟いてからブランシェは顔をあげた。
「……旦那様はなんと?」
「我が領地に潜んでいた不届き者が明らかになったそうです。さすがはお父様、見事な手腕であぶり出しに成功したみたい」
エリサに答えたのち、アーヴィンドへ視線を向ける。
自領の状況についての報告だけならアーヴィンドには何の関係もない。しかし、手紙の中にはアーヴィンドたちサントゥアリオ国の民にも関係のあることが記されていた。
「その不届き者から情報を抜き出した結果、ベルニエ家に雇われた者であると明らかにあったそうです」
アーヴィンドの指先が、ぴくりとかすかに反応した。
「……ベルニエ様の家が?」
「力のありそうな家や国からさまざまな方法で力を削ぎ、相手の力が大きく削がれたところで声をかけて取り込む。そのような手段を繰り返し、急激に力をつけようとしているようです。わたくしの家も標的になったのでしょう」
「……なるほど」
アーヴィンドの瞳に、静かな光が宿る。冷たさはない、けれど鋭さに似た光だ。
不穏なほどに静まり返った彼の瞳が、ブランシェの手元にある手紙を見る。
「ベルニエ様がいらっしゃったこと、シュネーフルール領にベルニエ様の家に雇われたと主張する刺客が送り込まれていたこと……無関係とは思えませんね」
小さくアーヴィンドの唇から呟かれた声は、ぞっとするほど冷たかった。
表情の変化は少ないが、ブランシェにもわかる――おそらく、今のアーヴィンドは腹の底で怒りを抱えている。
だが、すぐに怒りの色は消え去り、よく目にする穏やかな表情に切り替わった。
「貴重な情報、感謝いたします。ブランシェ様。こちらのほうで調査をしてみます。本日のところはゆっくりお休みください」
その言葉とともに、アーヴィンドが立ち上がる。
ちらりとエリサにアイコンタクトを送ったのち、ブランシェもゆるりと柔らかく表情を緩めた。
「こちらこそ、感謝いたします。ディリアス様。おかげで、わたくしも情報が整理できました。お休みなさいませ」
「ええ。どうかごゆっくり、お休みください」
最後に深々とお辞儀をし、アーヴィンドが扉のほうへと向かっていく。
エリサが素早く扉を開き、また彼女の手によって閉められる。
アーヴィンドが立ち去ったあと、ブランシェとエリサがいる客室の中は穏やかな静寂に包まれた。
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