4-3 暴食令嬢は心を溶かす

 ……さすがに、作らないだろうと思っていたのだ。


 日が落ちた夕食時。いつものように臣下たちが待つ大食堂に続く扉を開いた瞬間、ヴォルフラムを出迎えたのは机に並んだ色とりどりの料理たちだった。

 ヴォルフラムにとって馴染みのあるサントゥアリオ国の料理はもちろん、あまり見覚えのない料理までずらりと並んでいる。馴染みのない料理は好みが分かれると判断したのか、希望者のみが食べられるようビュッフェ形式にされていた。


 普段は全員が揃ってから配膳を始めるが、量が量だったのか、今日は先に配膳を終えている。だが、並んでいる料理はどれもまだ冷めておらず、食欲を誘う香りと湯気を放っているのはさすがというべきだろうか。

 ちらりと己の臣下へ目を向ければ、驚いた顔をしている者から見慣れぬ料理に目を輝かせている者まで、反応はさまざまだ。その中に混じっているアーヴィンドは、肩を揺らしてくつくつ笑っている。


「……これは一体どういうことだ?」


 大量に並んだ料理たちを前にし、なんとか発せた言葉はそれだった。

 大体の犯人は予想がついているが、思わず問いかけずにはいられない。

 ヴォルフラムが静かな声で問いかけると、すでに席へついている者の中から一人、予想どおりの人物がおずおずと手をあげた。


「申し訳ありません、陛下。大体わたくしの仕業です……」


 つぃ、とヴォルフラムがブランシェへ目を向ける。

 以前と同じ席に座っている彼女は、片手をおずおずとあげたまま、ほんの少しだけ苦笑いを浮かべていた。


「シュネーフルール嬢」

「その……キッチンにいた使用人たちと、陛下のお好みの味を探そうというお話をして……なら、一度いろんな味のものを作ってみようかということになり……」

「……その結果がこれか」

「はい……」


 アーヴィンドからの報告で、彼女が使用人たちと協力することはわかっていた。

 それを報告したアーヴィンドからも、夕食時は覚悟しておいたほうがいいといわれていたが、こんなにも早くたくさんの料理を用意するとは。


(ある意味、行動力に溢れているな)


 考えながら、ヴォルフラムは自身がいつも座っている椅子を引く。


「本当に申し訳ありません……ちょっと、途中で楽しくなってしまい、わたくし自身も作りすぎてしまったなと……」

「いい。それよりも、この中にあなたが作ったものはあるのか」


 きろ、と再びブランシェへ目を向けて問う。

 アーヴィンド以外の臣下たちが驚いた顔をしていたが、彼、彼女らに対しては特に反応しない。


 たくさんの料理が並んだことには驚いたが、ヴォルフラムがもっとも気にしていたのはブランシェの作ったものが並んでいるかどうかだ。

 まだ知り合ったばかりの相手の手料理を楽しみにするなど、自分らしくない。

 だが、できるならもう一度食べてみたいと思わせる何かが、ブランシェ・シュネーフルールの作る料理にはあった。


 ヴォルフラムの視線の先で、ブランシェがはたはたと数回瞬きをする。

 少し遅れて何をいわれたのか理解すれば、ぱあっと彼女の顔が一気に明るくなり、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「はい! あちらにあるものとこちらにあるものは、わたくしがルビアからレシピを教えてもらって作りました。それから、こちらにあるのが我がシュネーフルール領でよく食べられている料理です。これは陛下にとって馴染みのない料理かと思いますので、無理には」

「それが欲しい」


 ブランシェが言い切るよりも先に、彼女が示した料理へ視線を向ける。

 臣下たちから向けられる視線がちくちく刺さるが、一瞥すればアーヴィンドを除いた全員が視線をそらした。

 ブランシェが一瞬きょとんとした顔をして、けれどまたすぐに嬉しそうに笑い、傍に控えていたメイドへ声をかける。


「エリサ。牛肉のタリアータを陛下へ」

「承知いたしました」


 丁寧にお辞儀をし、エリサがテーブルに並べられた料理のうち、一つを皿に盛る。

 食べやすい大きさに切り分けられた牛肉にルッコラとベビーリーフ、薄切りの玉ねぎを添え、甘酸っぱい香りがするソースをかける。

 エリサの手によって盛り付けられた一皿は、一人分よりもわずかに少ない量になっており、今のヴォルフラムでも無理をせずに食べ切れそうだ。


(……よく見ているな)


 口には出さず、心の中で素直に称賛する。

 ヴォルフラムがブランシェの前で食事をとったのは数回程度。片手の指で数え切れる回数だ。

 その中にはエリサも同席していた日もあるが、たった数回で今のヴォルフラムにとって適している量を記憶したらしい。観察力と記憶力は、王宮にいる使用人たちよりも優れているかもしれない。


「失礼いたします、陛下。こちら、牛肉のタリアータでございます」

「……ああ」


 足音一つ立てず傍へ来たエリサの手が、ヴォルフラムの前に敷かれたプレースマットに皿を乗せる。

 さまざまな料理が並んだ皿に新たな一枚が添えられ、より華やかさが増す。どれもがすぐに食べ切れる量になっているが、一品二品ではないため、普段よりも多い。

 いつもなら途中まで食べて離席するところだが、今日は不思議と全て食べられるような気がした。

 一礼し、ブランシェの傍に戻っていくエリサを見送る。


 彼女がブランシェのすぐ後ろに控えた様子を目視すると、新たに並べられた皿へ手を伸ばした。

 ナイフとフォークを手にとり、牛肉を一口サイズに切り分けて口に運ぶ。

 ブロック肉を焼いて三センチほどの厚みになるよう切ってある。表面は程よく焼けているが断面はまだ少々赤く、口に含むと食べごたえのある肉々しさが伝わってくる。噛みしめるごとに牛肉がもつ旨味としっとりした食感を楽しめるため、非常に食べごたえがある。


 次はソースにしっかりと肉を絡め、口に運ぶ。先ほども感じた牛肉の味わいにソースの甘酸っぱい風味が重なり、先ほどとはまた違った味わいに変化した。

 肉に甘酸っぱいソースを使うのはあまり慣れないが、肉の味わいを邪魔していないのだから少々不思議な気分だ。


「……これは……ベリーか?」


 牛肉の旨味とともに感じた甘酸っぱさを舌の上でじっくり堪能し、ヴォルフラムは小さく呟いた。

 一口に『甘酸っぱい』といっても、さまざまな甘酸っぱさがある。舌の上に広がった甘酸っぱさは、砂糖や酢で作り上げたものとは異なる。作り上げたものというより、ベリー類に多くみられる甘酸っぱさによく似ていた。

 正体を確かめるため、再び肉にソースを絡めて口に運んだ直後、ブランシェが嬉しそうな表情で声をあげた。


「はい! カーネリアンベリーとラピスベリーがこちらにもありましたので、これら二つのベリーをじっくり煮詰めてソースにしました。カーネリアンベリーとラピスベリーは、肉と合わせるとさらに美味しくなるんです」

「なるほど……。カーネリアンベリーやラピスベリーは、我が国でもよく使われる。だが、こちらでは主にデザートとしてだ。肉と合わせるソースには使われていない」


 ブランシェの説明に耳を傾けつつ、改めて口の中の味に意識を向ける。

 サントゥアリオではやはり馴染みのない味だが、不快感や違和感はない。むしろ、新しい味わいに胸が躍る。

 ピリッとした辛味と爽やかな苦味のあるルッコラや柔らかなベビーリーフの食感も楽しみ、全て綺麗に食べ終わると次の料理に手をつける。


 次に選んだのは、魚をカダイフで作った衣で包んだ魚料理だ。濃厚なクリームソースをかけたそれは、ソースが染み込んだ箇所はしっとりとして、そうではないところはパリパリとした食感になっている。シンプルな旨味が舌の上に広がるため、おそらく白身魚を使っているのだろう。白身魚を多く使う料理は、幼い頃から慣れ親しんだものだ。


 一つを食べると、不思議とまた次が食べたくなる。ここ最近失っていた食べる気力が再び湧いてきて、自然と次の皿へ手が伸びた。

 だが、ふと脳裏にキンキン響く声がよみがえる。

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