3-4 暴食令嬢は言葉を交わす
「ずいぶんと変わったしきたりだな。……だが、自身のことを使用人に任せきりにしないのは、悪くない」
呟きながら、ヴォルフラムが片手を伸ばす。
ブランシェが取り出したサンドイッチへと伸ばされる――と思いきや、ヴォルフラムが興味を示したのはブランシェが作ったものだった。
「……あ、あれ?」
パンの耳を切り落とし、白く柔らかい部分のみを使ったサンドイッチ。蜂蜜を混ぜて作ったマスタードソースをパンの裏に塗り、焼いた鶏肉とパリッとしたレタス、トマトを挟んで作った食べごたえ重視のもの。
それがヴォルフラムの手の中にあると気付いた直後、ヴォルフラムの牙が深々とサンドイッチに突き刺さった。
「あ、あの、陛下。それはおそらく食べ慣れない味だと思うのですが……!」
蜂蜜を加えてマスタードの刺激の強さを和らげ、まろやかにしたソース。薄く下味をつけて焼かれた鶏肉の香ばしさと、新鮮な野菜のみずみずしさ。白く柔らかなパンがもつ甘み。
舌の上に広がるさまざまな味をじっくりと楽しみ、味わいつくしたのち、飲み込む。
「そうだな。こちらではあまり主流ではない味付けだ」
答えながら、ヴォルフラムはもう一口サンドイッチへかじりついた。
甘辛いようなまろやかなような、不思議な味は確かに味わい慣れないものだ。
だが、その不思議な味わいは鶏肉のもつ旨味を存分に引き立て、間に挟まれた野菜が肉の脂とよく噛み合っている。
「……だが、悪くない」
味わい慣れないが、嫌いではない。
むしろ、味わい慣れないからこそ余計に食べたいという気持ちがわいてくる気がする。
少ない言葉で隣にいる令嬢に答えると、少しの間をおいたのち、ブランシェの顔にぱっと花が咲いた。
「……ふふ。陛下のお口に合ったようで、何よりです」
食べ慣れた味ではなく、食べ慣れない味に興味を持たれるのは意外だった。
だが、ヴォルフラムからすると食べ慣れないだろう味に対し、悪くないという感想をもらえたのは嬉しい。
くすぐったいようなそうでないような、ふわふわとした気持ちを抱えながら、ブランシェも自身の手の中にあるサンドイッチへかぶりついた。
最初に感じるのは、ほんのり焼かれたことにより、わずかなザクザク感のあるパンの食感。続いて、やや肉厚なレタスのシャキシャキとした歯ざわりがブランシェの舌に伝わる。一緒に噛みついたトマトがみずみずしさと、ほのかな甘味を主張する。
表面が焼かれた厚切りのベーコンは、カリッとした食感と一緒に塩気を主張してくる。だが、一緒に挟まれたレタスやトマトなどの野菜が塩気の強さを和らげているため、ベーコンの味が浮いているとは感じなかった。
ベーコンと野菜の間に挟まっているピクルスは、ブランシェにとっては食べ慣れないものだ。どんな野菜で作られているのかわからないが、酸味と甘味のバランスがほどよく、ベーコンや野菜の味を邪魔せずに共存している。
そして、パンの裏に塗られたコクと酸味が共存したオーロラソース。これらの食材を一つにまとめあげ、食べごたえのあるサンドイッチとして綺麗にまとめ上げていた。
「んん、本当に美味しい……」
口の中にあるサンドイッチをじっくり味わい、飲み込む。
もう一口、また一口とサンドイッチにかぶりついては、舌の上に広がる味をゆっくり楽しむ。
ほうっと満足げに息を吐き、ブランシェは幸せそうに表情を緩めた。
「……幸せそうに食べるな、お前は」
すぐ隣から小さく呟くような声が聞こえ、そちらへ目を向ける。
ブランシェを見つめているヴォルフラムの表情は、目立った変化がみられない。しかし、会ったばかりの頃よりもほんのかすかに緩んでいるように感じた。
「わたくしにとって、食事は楽しみですから。それに、クォータリー国では食べ慣れない味を楽しめるので……とても幸せなのです」
「……そうか」
ぽつ、とヴォルフラムが呟くような声量で言葉を返す。
それ以上の言葉が紡がれることはなく、自身の手の中にあるサンドイッチを食べ進めていく。
ヴォルフラムの一口はブランシェよりも大きく、みるみるうちにサンドイッチが小さく削り取られ、ヴォルフラムの口の中に消えていく。
最後の一口も綺麗に平らげ、カップに残っていた紅茶で喉を潤す。空っぽになったカップをブランシェに突き返し、ゆっくりとした動作で立ち上がった。
そのまま静かに立ち去るかと思いきや、ヴォルフラムは途中で足を止め、ゆるりとした動きで振り返った。
「……シュネーフルール嬢」
「はい」
名前を呼ばれ、返事をする。
気のせいか否か、ブランシェを見る金と銀の瞳がはじめて出会ったばかりの頃よりも柔らかくなっているように見える。
はたして何をいわれるのか――ブランシェの身体が緊張でわずかに固くなる中、ヴォルフラムの唇がゆっくりと音を紡いだ。
「あなたは、また何か作る予定があるか?」
「……? そうですね……あまり考えておりませんでしたが、許可をいただけるのであれば」
「……そうか」
短い返事のあと、ヴォルフラムがさらに言葉を重ねる。
「ならば、使用人がいる間ならキッチンを使ってもいい。そのかわり、また何か作れ」
「……え?」
ヴォルフラムの唇から紡がれた一言は、ブランシェをぽかんとさせるには十分すぎた。
また何か作れ――それは、ブランシェがまた何か食べるものを用意してもいいということだろうか。
ブランシェの頭が発された言葉を理解するよりも早く、ヴォルフラムが口を開いた。
「あなたが作ったものの味は、嫌いではない。あなたのならまた食べてもいい。――期待している、ブランシェ嬢」
その言葉を最後に、ヴォルフラムはブランシェから視線を外して歩きはじめた。
少しずつ小さくなっていくヴォルフラムの背中をぽかんとした顔で見つめているブランシェだったが、慌てて息を吸い込み、彼の背中へ呼びかけた。
「っはい! 必ず! また何かご用意させていただきます!」
できる限りの大きな声で呼びかけたのち、ほうっと息を吐き出した。
思わず歓喜の声をあげてはしゃぎたいが、ぐっとこらえる。
予想外で何をいわれたのか、一瞬わからなかった。だが、何をいわれたのか理解するにつれて、じわじわと強い喜びがこみ上げてきた。
あまり食事をとらなくなっていたヴォルフラムが、ブランシェの作ったものを食べてくれた。そのうえ、ブランシェの料理の味を悪くないと評価してくれた。
それだけでも嬉しいのに、ブランシェが作った料理ならまた食べてもいいといってくれるなんて!
「っふふ、もっともっと美味しいものを作れるよう、精進しなくては……!」
浮かれたような、ふわふわとした気持ちのまま、ブランシェはまだ少しだけ残っているサンドイッチを口に運ぶ。
舌の上に広がる味は先ほどまでと同じはずなのに、数分前に食べたときよりも美味しかった。
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