2-5 暴食令嬢は異郷に降り立つ

 それを皮切りに、先ほどまで緊張感のある静寂に包まれていた食堂は、わっと一気に活気で満たされた。


「陛下が食べるものに興味を示されたぞ!」

「もう必要ないとおっしゃることが多かったのに……!」


 臣下たちが一斉に声をあげ、はっきりと表情に喜色を示して笑い合っている。

 歓喜の声に満たされる食堂の中で、彼らの勢いについていけていないブランシェだけがぽかんとしていた。


 食べるものに興味を示された、必要ないとおっしゃることが多い。


 聞こえた言葉から、普段のヴォルフラムはもっと食事に興味がないか、後々でまた食べたりはしなかったということはなんとか読み取れた。


(ということは、もともと食にあまり興味がない? でも、ディリアス様はある日を境にあまり食事をとらなくなったとおっしゃっていたし……)


 アーヴィンドの言い方では、もともとちゃんとした量を食べていたのが、ある日急に少ししか食べなくなったように聞こえる。

 もともと食にあまり興味がなかった場合、わざわざそんな言い方をしないはずだ。


 と、なると――やはり、もともとは十分な量を食べていたと考えるのが自然だ。

 何が原因でそうなってしまったのか、まだはっきりとはわからないが――理由が隠されているとしたら、ヴォルフラムの態度。


(わざわざあんなことをいってきたのも、何か理由があるような気がする)


 一人、静かに思考を巡らせる間にも、周囲で行われている会話はどんどん進んでいく。


「いやぁ、さすがはアーヴィンド様。他国からご令嬢を連れて帰ってきたときは驚きましたが、こんな素晴らしい力をお持ちの方を連れて帰ってくるとは!」

「今度こそは陛下のお心を動かせるやもしれませんな」

「それに、本当に美味しそうに料理を召し上がってくださるから、私たちも同席していて楽しい気持ちになりますわ」


 臣下のうち、猫のような獣耳を頭部に生やした女性がブランシェへ視線を向ける。

 己が話題に出された気配を敏感に感じ取り、ブランシェも彼女へ視線を向け、微笑んだ。


「本当に感謝いたしますわ、シュネーフルール様」

「いえ、わたくしは料理の感想を答えただけですので……それが陛下のお心に響いたのなら、わたくしもとても嬉しいです」


 紡ぐ言葉に嘘はない。

 最初は何かやらかしてしまったのではと焦ったが、実際には何かしらの影響をヴォルフラムに与えることができた。食いしん坊という印象を与えてしまった可能性も考えられるが。

 己の言葉で誰かがもう少しだけ料理を食べてみようかと思ってくれたのなら、ブランシェにとって喜ばしいことだ。


「ところで……皆様のご様子を見ていて感じたのですけれど。陛下は普段、あのようなことはおっしゃいませんの?」


 ブランシェの問いに答えたのは、先ほども声をかけてきた猫耳の女性だ。


「ええ。あのように少しはお召し上がりになるのですが、あとは破棄するようにおっしゃいます。ですので、アーヴィンド様に後で残りも部屋に持ってくるよういいつけるのは、本当に珍しいことですわ」

「なるほど……だから、皆様あんなに喜んでいらっしゃったのですね」

「はい。……ああ、シュネーフルール様を置いてけぼりにして、はしゃいでしまいましたわね。申し訳ありません」


 納得したように頷いたブランシェに対し、獣耳の女性は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

 他の臣下も同じように苦笑いを浮かべたり、申し訳なさそうに表情を曇らせている。

 わずかに落ち込んだ空気を振り払い、ブランシェは首を左右に振った。


「お気になさらないでくださいませ。そんなに嬉しいと感じたのなら、一斉に声をあげて喜んでしまうのも当然のこと。むしろ、わたくしも皆様の力になれたんだと思えて、ほっとしましたから」

「……お優しいのですね、シュネーフルール様は。そのお心遣いに感謝いたします」


 そういって、獣耳の女性は柔らかい笑顔を浮かべ、深々とブランシェへ頭を下げる。

 再度、気にしないでというように首を左右に振ったのち、ブランシェは今度こそ手に持っていたバケットを口に運んだ。

 それが合図になったかのように、それぞれが再び食器を手にとって食事を再開する。今度は静かにではなく、楽しそうに会話をしながら。


(……臣下の皆様も、心から陛下のことを心配しているようだし……。原因があるとしたら、やっぱり王宮の外?)


 和やかな空気で満たされる中、ブランシェだけが食事をとりながら考え込んでいた。


(でも、隠れているだけで王宮に原因が潜んでいる可能性もあるかもしれないし。明日は、メイドや執事の方々からお話を聞いてみようかしら)


 焼かれた小麦の香ばしさと甘さが、優しく舌を刺激する。

 これからの行動をどうするか、大体結論を出したあとは、口の中に広がる味に集中することにした。

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