第二話 暴食令嬢は異郷に降り立つ

2-1 暴食令嬢は異郷に降り立つ

 サントゥアリオ国は、森の中にある道を馬車で走り続けた先にある国だ。

 古くから魔族と呼ばれる種族の人たちが多く暮らしており、潤沢な魔力に満ちている。人間よりも魔法の扱いに長けている魔族にとって、非常に暮らしやすい環境になっている。


 森という天然のゲートを抜けた先に広がっていた景色は、豊かな自然と町並みが共存している美しい景色だった。

 人が暮らしているため、開発の手は入っている。しかし、全ての自然が取り除かれているわけではなく、ある程度の自然が残されている。シュネーフルール領も他の国に比べると自然が多いほうだと思っていたが、こうしてサントゥアリオ国を見てみると開発の手が多く入っていると感じた。


「わぁ……! すごい、こんなにも緑が残ってるなんて……!」


 窓の外から見えるサントゥアリオ国の町並みに、ブランシェは声をあげる。

 身を乗り出したくなるのを抑えながら眺めていれば、アーヴィンドが小さく笑ってから口を開いた。


「サントゥアリオ国は、昔から自然との共存を目指してきた国ですから。魔力を多く有する植物を多く残すことによって魔力を潤沢にし、より多くの国民が問題なく魔法を使えるようにしています」

「さらに、そこに加えて王様が発してくれている魔力もあるのでしょう? 本当にすごい国……」


 ブランシェたち人間が暮らしているクォータリー国は、より人間が暮らしやすくなるために多くの開発の手が入っている。領地によっては開発具合に違いがあるが、多くの場合は緑が少ない町並みになってしまっている。

 人間以上に魔法技術に長けており、多くの魔法を使いながら生きている魔族だからこその国――そう考えると、サントゥアリオ国という国の特殊性がよくわかる気がした。


 町の中に入った途端、がたごと伝わってきていた衝撃が和らぐ。かわりに馬車を引く馬の蹄が奏でる音が前よりもよく聞こえる気がした。

 美しく整えられた町並みを走るうちに、遠くに大きな王宮らしき影が見えてくる。

 馬車が進んでいくにつれて影は薄らぎ、はっきりとした形へと姿を変えていく。遠目から見ても豪奢な印象だとわかる白壁の王宮をしばし見つめたのち、ブランシェはアーヴィンドを見た。


「ディリアス様。あちらにあるのが王宮でしょうか」

「はい」


 短い返事のあと、アーヴィンドも王宮へ視線を向ける。


「あれが、我らがサントゥアリオ王が住まう場所。そして、シュネーフルール嬢がしばらく過ごす療養場所でもあります」


 あの場所が――当分の間、己が過ごす場所になる。

 アーヴィンドが持ちかけてきた取引の内容から、おそらく王の傍で過ごすのだろうと予想はできていた。だが、予想できていたからといって緊張しなくなるわけではない。

 他国の王族がいる場所で過ごす。何度か社交界に出席したことはあるが、社交界でさまざまな人や他の家の令嬢、子息とやりとりをするのと他国の王族と接するのは大きく異なる。

 ブランシェが何か粗相をしてしまえば、シュネーフルール家だけでなくクォータリー国とサントゥアリオ国の関係にも亀裂が入ってしまうかもしれない。王と接するときは、気をつけないといけない。


「王宮に到着したら、まずはシュネーフルール嬢のお部屋にご案内します。食事の時間になればお呼びいたしますので、それまでごゆっくりおくつろぎください」


 つまり、それまでに王と接しても問題ないように身なりを整えておけ――ということだろう。

 ちらり。横目で隣にいるエリサへと視線を向ける。

 視線に気付いたエリサが同じようにブランシェへ視線を向け、わずかな微笑みとともに小さく頷いた。

 ブランシェもわずかに頷き返し、再びアーヴィンドへと目を向ける。


「わかりました。何から何まで感謝いたします、ディリアス様」

「こちらこそ、厄介なお願いでしょうに引き受けてくださって本当にありがとうございます。シュネーフルール嬢。こちらでも可能な範囲でサポートをしますので、どうかご安心くださいませ」


 そういって、アーヴィンドが再度頭を下げる。

 窓の外に見える王宮は、もうだいぶ近づいてきていた。

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