1-6 暴食令嬢は飢餓を抱える

「……やはり、シュネーフルール嬢を選んでよかった」

「……? ああ、もしかして例の取引のことでしょうか」


 アーヴィンドが小さく呟いた言葉が、ブランシェの耳に届く。

 最初は何のことかと思ったが、おそらくブランシェに持ちかけられた取引のことだろうとすぐに思い当たった。

 彼の主君――サントゥアリオ国の王の話し相手兼食事相手になる。アーヴィンドが以前口にした頼み事の内容を思い浮かべ、ブランシェはゆるりと首を傾げた。


「あの頼み事、一体どういうことなのでしょうか。ディリアス様の主君ということは、サントゥアリオ王のことでしょう?」


 ブランシェの問いかけに、アーヴィンドが頷く。


「はい。……到着するまでの間に、もう少し詳しくお話しておこうと、ちょうど考えていたところです」


 しゃん、とブランシェの背筋が自然と伸びる。

 焼き菓子を食べる手を止め、真っ直ぐにアーヴィンドを見つめる。

 無言で話を促すブランシェへ頷き、アーヴィンドは静かに口を開いた。


「これから向かうサントゥアリオ国は、古くから魔力と密接な関係にある国です。歴代の王は皆、魔族の中でも特に膨大な量の魔力を有しており、それが王になる条件でもあります。現在の我らが主君、サントゥアリオ王も例外ではありません」


 アーヴィンドの言葉は静かに続く。


「我らが国は、大地にも魔力が流れている。それは古くからサントゥアリオの王が民の暮らしを豊かにするため、自身の魔力を国中に巡らせてくれているためです」

「……つまり、常に魔法を使っているような状態ですよね? そんなことができるなんて……」


 ブランシェの目が大きく見開かれた。

 魔法を使うためには、魔力に関する器官で体内にある魔力を適切な形に変換し、体外へ放出する。一回魔法を使えば、体内にある魔力はその分消費される。

 常に魔力を体外へ放出し続けるなんて、一般的な人間がやればあっという間に魔力不足に陥って倒れてしまうだろう。


 だが、サントゥアリオ国を支える王はそれができる――これだけでも、サントゥアリオ国をまとめる王がどれだけ規格外な存在なのかがよくわかった。

 ふ、と。わずかにアーヴィンドの表情が曇る。


「そのとおり。しかし、ある日を境に主君の食事量が低下していまして……いくら主君が持つ魔力が膨大とはいえ、無限ではないはず。食物から摂取して補う魔力量が低下すれば、いつかお倒れになるのではないかと気が気でないのです」


 アーヴィンドは言葉を区切り、ちらりと窓の外へ目を向けた。

 流れ続ける景色を見つめる目はどこか遠く、この場にはいない己の主君の背中を見ていた。


「私たちも食事量を増やすよう促してみたのですが、何も変わらず。……しかし、一緒に食事をする相手……それも楽しそうに何かを食べる方が一緒であれば、何かが変わるかもしれない。そう考え、主君の話し相手や食事相手になってくれる方を探して多くの国を渡り歩いておりました」

「そして、その途中でわたくしの噂を耳にした……ということでしょうか」

「ええ」


 ゆるりとアーヴィンドの首が動き、再びブランシェを見つめる。


「楽しそうに食事をすると領民から評判のシュネーフルール嬢であれば、我が主君に何らかの影響を与えてくれるかもしれない。まさに、あなた様は適役だったのです」

「確かに……ここ最近は落ち込んでいらっしゃいましたが、お嬢様はいつも幸せそうに料理を口にしてくれます。とても気に入った料理があった日は、わざわざ厨房までお礼をいいにきてくださるほどです」


 黙って話を聞いていたエリサが、思い出したような声色でぽつりと呟いた。


「だって……美味しいものを作ってくれたシェフたちには、ちゃんと感謝したいじゃない。いつもわたくしたちの食事を支えてくれているのだから」

「お嬢様からすると当然のことなのかもしれませんが、私たち使用人からすると、そのお心遣いが本当に嬉しいものなのですよ。おかげで、お嬢様にはもっと美味しいものを食べていただきたいと私たち使用人も頑張れるのです」


 エリサが感謝していることは、全てブランシェにとって当然のことだ。

 身の回りの中で、特に重要ともいえる食。それを支えてくれている使用人には本当に感謝したいと常に思っているし、美味しいものを作ってくれたときは忘れずに感想や感謝も伝えたい。

 当然のことを褒められ、感謝されるのはなんだかくすぐったくて仕方がない。

 照れ隠しに口元をもにゅもにゅ噛みしめ、視線をわずかにそらした。

 エリサとブランシェのやりとりを眺めていたアーヴィンドの表情が、柔らかく緩む。


「……なるほど。であれば、やはりシュネーフルール嬢が適役ですね」


 しみじみとした声色で一言呟いたのち、アーヴィンドはブランシェへ頭を下げた。


「どうか、我らの主君のことをよろしくお願いいたします。シュネーフルール嬢」

「……わたくしも、どこまで力になれるかはわかりませんが、尽力いたします」


 彼の思いに答えるべく、ブランシェも同じような声色で返事をして頭を下げる。

 サントゥアリオ王がどのような人物かはわからない。心を開いてもらえるかもわからないし、相手に食事の楽しさを伝えられるかもわからない。


 けれど、アーヴィンドがブランシェを適役だと考えて選んでくれたのなら、その思いに答えられるように頑張りたい。

 ゆっくりと顔をあげ、ブランシェは再び窓の外の景色へ視線を向ける。

 流れ続ける景色はすっかり移り変わり、馴染みのないものに変化しつつあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る