練習試合とクリスマス ②
体育館に戻ると既に試合前のアップを始めている姿が見えて、入り口に心配そうな顔で美影が立っていた。
「やっと戻ってきた……もう、どこに行ってたの?」
俺の姿を見るなり、美影は少し怒った様な口調になる。当たり前のことだが、俺が黙って体育館の外に出ていたのだから言い訳は出来ない。
「ごめん……ちょっと気分転換のつもりが遅くなってしまって……」
既にアップが始まっているとは予想外で、拙かったと反省している。美影がムッとした顔で問いただしてくる。
「もしかしてあーちゃんに会ってたの?」
「えっ、いや、絢に会ったのは偶然でそこで白川にいろいろと追及されていたんだ。でも気分転換は本当だよ」
「そう……」
美影が寂しそうに返事をした。嘘を言っている訳ではないが美影の表情を見るとなにか悪いことをしたような気分になる。
「絢が美影と行くのを楽しみにしていたぞ」
「う、うん。そうね、私も楽しみにしているよ」
そう言ってやっと美影はいつも表情に戻ったが、なんとなく微妙な空気が流れる。俺と美影の様子を窺っていたのか、タイミングよく志保がボールとバッシュを持って来てくれた。
「ほら、早く準備してアップしなさい、時間がないわよ!」
「あぁ、分かった……ありがとう」
志保からバッシュを受け取り準備を始めると志保が美影に話しかけている。俺はしゃがんで紐を結んでいるので二人がなにを話しているのかよく分からない。でも志保がひとこと言った後には美影は笑顔で答えていたようなのでとりあえず安心してアップに加わった。
「遅いぞ、どこ行ってたんだよ?」
練習の輪に加わるとすぐに皓太がからかうように声をかけてきた。
「誰のせいでこうなったと……」
ムッっとして愚痴るような口調で呟くと皓太は涼しい顔でシュートを打ち始めた。
「それぐらいいいだろう? 宮瀬ばかりいい思いしてるんだからな」
「あぁ⁉︎ なんだよそれ?」
イラッとした口調で答えると、皓太は小さく息を吐いて呆れたような表情になる。
「そんなにムキになるなよ、冗談だって……」
再び皓太がシュートを打つが外れてボールが反対側に大きく転がっていって追いかけようとする。
「俺だって大変なんだよ……」
「それは宮瀬の責任だろう」
不貞腐れたように呟くと皓太は当たり前のような顔で答えるとボールを取りに行った。そろそろ気持ちを入れ替えて試合に臨まないといけないと大きく息を吐いてボールを突いた。
試合開始の時間になり、ベンチに集合をする。美影は普段と変わらずマネージャーの仕事をしている。俺と目が合うといつものように『頑張って』と合図をしてくれた。美影の表情を見てほっとしていたが、スタメンを聞いて驚いた。
(まぁ、仕方がないよな……練習試合と言え、集合時間に遅れてしまったしチームの雰囲気を悪くさせてるし……でも先生はさすがだな、よく見てるな俺達のこと)
久しぶりに試合開始をベンチで見ることになった。美影はスコアをつけるために俺とは離れた場所に座っている。美影もスタメンを聞いた時は驚いていたが、マネージャーの立場もあるので話しかけてはこなかった。下手に励まされたりすると、みんなからなにを言われるか分からない。俺の気持ちを察してくれているに違いない。
試合が始まると、やはりいつもとは勝手が違うようだ。ある程度までは攻め込むが、あと一歩のところでシュートが決まらない。もちろん長山は頑張ってリバウンドを取ろうとするが、マークが集中して思うようにボールがとれない。デフェンスでも同じよな状況でチーム全体が波に乗れない。
俺はベンチで黙っていると不貞腐れているように見られそうなので出来るだけ大きな声で声援を送っていた。第一Qの途中で絢の姿に気が付き隣には白川もいる。
(あの顔は相当心配しているな……)
絢は試合よりも俺のことが気になるみたいでベンチの方ばかり見ているようだ。いくらベンチだからと言って、試合中なので何度も絢の方を見る訳にもいかず、心配しなくても大丈夫だと知らせることが出来ない。もちろん美影もスコアをつけているから試合に集中して絢には気が付いていない。
(試合が終わった後に説明するしかないか)
そんなことを考えていると、先生が俺の所にやって来た。今日は出番がないだろうと予想していた。
「宮瀬、後半からいくからな、気持ちを切らさず試合をよく見ておけよ」
「はい……」
周囲には聞こえなぐらいの声で伝えてきたので俺も小さく返事をした。
後で先生に確認をするとこの最近みんながうわついていたので、少し懲らしめてやろうとしたら、更に俺が遅れたりしたのでちょうどいい機会だったようだ。さすがに先生も練習試合といっても負けるのは嫌なようだ。でも試合の後にはしっかりと先生から説教されてしまった。
第二Qになってもチームの状況は変わらず苦戦して得点差も開きかけている。
(後半から出場してこの状況で逆転が出来るのか……正直無茶振りだよな……)
長山はかなりキツそうな顔をして、皓太もいろいろとパスやドリブルでオフェンスに変化をつけようとしているがなかなか上手くいかないようだ。
「あぁ……そっちじゃない……あっ、そうじゃないよ」
だんだんと独り言が増えてきた。こうやって久しぶりにベンチでじっくりと自分のチームの試合を観たのはあまり経験がない。
(これはいい勉強になるな……練習とは違って試合でのみんなの動きやタイミングそして癖が見つけられるな)
ブザーが鳴りハーフタイムになって、長山達が疲れ切った表情でベンチに戻って来た。先生が軽く説教みたいなことを言って、ここで後半から俺が交代で出場することが告げられた。美影は嬉しそうな顔をして俺を見ている。
「やっぱり、お前がいないといけないな……」
長山が疲れ切った表情からパッと変わり笑顔になる。
「そうだな、なんだかかんだ言って宮瀬の力が必要だな」
同じように皓太も苦笑いをしながら答えた。
「でも俺一人では無理だから長山や皓太の力も必要だぞ、後半も頼むぞ」
みんなから頼られるのは正直に嬉しいが責任もある。後半のスタートから全力でいかないといけないようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます