第40話:菜々華の葛藤 ①

菜々華はセメスターが終わりに近づいた頃、両親にあることを打ち明けた。


 それは「もう1度日本にいる友達に会いたい。」というアメリカに来てから1度も彼女が口にしなかった言葉だ。この言葉を聞いた両親はすぐに日本にいる父親の弟にメールを出した。すると、このような返事が返ってきた。その内容とは「今、自分は繁忙期で休日出勤しているし、嫁さんも3番目の娘が少し前に同じ塾の子が不審者からつきまといやストーカー被害に遭ったみたいで塾から通知が来て、防犯上の理由でその事件があってから両親いずれかが塾の迎えに行かなくてはいけなくなったから何かあったときに責任取れない。」というものだった。


 妹2人に連絡を取ってみたが、2人とも「その頃は国内出張やら海外出張で家を空けることが多い時期だから泊まるだけなら家に来ても良いけど、ご飯は出せないかも」という。


 両親はがっくりと肩を落としてしまった。


 確かに、アメリカのセメスター制と日本の学校の学期制ではスケジュールが合わないし、Thanksgivingの休暇が終わるのが11月下旬だから滞在できても3日ほどしかない。もしくは来月の中旬以降なら冬休みに入るため、長期滞在は出来るが、彼女が登場する路線は繁忙期の扱いになるため、往復の航空運賃がすごく高くなってしまうのだ。


 両親は「どうやって彼女を日本に帰国させて、友人たちに会わせようか?」と頭を抱えていた。


 翌日、父方の両親から一通のメールが届いた。そこには“みんなから話を聞いたぞ。菜々華ちゃんが日本に帰ってくるなら私たちの家に泊まらせる事は出来るから心配するな。久しぶりに孫に会えるのは私にとっては幸せだ”と書いてあった。


 なんと、多忙にしていた兄が両親に相談したのだ。そして、その話が決まったのだが、父親は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。なぜなら、両親はもう80歳近い年齢であること、後から聞くと1ヶ月前に母親が急に家で倒れて救急車で病院に救急搬送されて、翌日から毎日母親が入院する病院に面会に行っているというのだ。


 この話を聞いて父親は自分たちが住んでいた日本の家で過ごすのはどうだろう?と考えたのだ。しかし、日本の家は引っ越して以降、2ヶ月に1回程度父方の兄妹がパーティをするために使うか母方の妹の子供が1階のゲストルームをお泊まり会のために使っている程度だったため、2階は手つかずの状態でアメリカに引っ越した3年前のままだった。そのため、彼女たちの置いていった荷物はカバーが掛けられた状態で置いてあるだけだった。


 そこで父母両方の兄弟・姉妹に相談して、菜々華が滞在中に誰か様子を見に行ける人が居ないかを探したのだ。


 ところが、11月は誰も空いておらず、12月も子供たちは学校の終業式や冬期講習が入っていたため、一緒に泊まれる人がいない状態だった。


 そうこうしているうちに12月中旬以降の日本発着の飛行機の便がどんどん完売率が上がってきた。現時点で最安往復運賃でも往路が米国空港発08:30→日本空港着10:30(翌日)、復路が日本の空港発9:30→米国空港着7:30(前日)の$21,000(=日本円:210,000円)で、往路の便を日本に夕方着の便にすると$28,500(=日本円で285,000円)になっていた。


 これらの状況から早く決めないと、どんどん航空券の値段が上がっていき、帰国を断念せざるを得ない可能性もある。そして、彼女はまだ留年こそ決まっていないが担任の先生からは“留年ギリギリだから気を付けてね”と言われていたこともあり、かなり彼女としては複雑な心境でもあった。


 ではなぜ、彼女が突然帰国したいと言い出したのか?


 その理由が“カルチャーショック”と“価値観の不一致”が主な理由だと思わざるを得ない前兆が数日前に起きていた。


 その日の朝は“モーニング・ディベート”というクラスが2つに分かれて、その日のテーマに合わせて担当のグループが持ってきたトピックをクラス全体で話し合うという時間を持つ日で、これはホームルームの前に実施されることになっていて、彼女の担当ではなかったが、彼女はかなり緊張していたように両親は感じたという。


 ただ、いつもスクールバスの時間ギリギリに家を出る彼女がバスの到着時間の20分前に家を出たことから“今日は学校にすんなり行けたのか”と両親が安心していた。


 しかし、1時間後に母親が家を出ると、近くでパトカーのサイレンとレスキュー隊の車両が大通りの方に向かって走っていっていた。その時、母親は「まさかうちの子に何かあったのかな?」と不安になったが、すでに学校に行くために家を出ていたため、深くは考えなかった。


 ただ、その日のランチタイムだった。突然、母親の携帯に彼女の学校から連絡が来た。急いで出てみると、先生から「菜々華さんはどうしました?」と聞かれたのだ。とっさに母親は「娘は今朝7:30頃家を出ました。」と答えると、「おかしいですね。今朝、彼女の路線を走っているスクールバスに乗っていないみたいで、路線担当のドライバーたちから報告を受けて今連絡しているのですが」と菜々華がスクールバスに乗っていないことを気にしていたのだ。


 この時、母親は先生に対して今朝の出来事を話すと「もしかするとその可能性も否定できないですね。以前に、私共の学校で登校途中に事件に巻き込まれて重傷を負った生徒がいたので」と冷静に返された。


 その後もいろいろと聞かれたが、心当たりはなかった。ただ、「万が一事件に巻き込まれていた場合ご両親が捕まる可能性があることをご理解ください」などと言われたことで冷や汗が止まらなかった。


 その日の夜、母親が家に帰るとそこには菜々花の姿があった。母親は安心した一方で周囲に迷惑をかけたことに対していらだちを隠せなかった。そして、他の兄弟は何事もなかったかのように過ごしていたのだ。


 そして、「菜々華、こっちに来なさい」と彼女の手を引き、リビングの横にある小さな部屋に連れて行った。


 そこで、母親は「なんで今日学校休んだの?お母さんのところに先生から突然連絡が来て、お母さん怒られちゃったじゃない」と菜々華に怒りをぶつけた。


 すると、菜々華は「授業は受けていたよ」とつじつまの合わない答えを母親に言った。


 実は彼女は担任の先生ではなく、別の先生に相談して“パーソナル・スタディ・ルーム”という彼女が通っている学校のある地域ではあるが、学校とは別の場所にあるコミュニティーセンターに併設されている地域の子供たちで学校生活になじめない子などが集まる学習センターに行っていたというのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る