第35話:想定外の出来事

茉里奈が中学2年生になったときのことだった。ある日の下校時間になり、先生たちが下校見守りで正門に立っていた。子供たちは駐輪場から自転車に乗って下校していったが、いつも早いほうの集団で降りてくる茉里奈と友達が見当たらない。佑里奈はすでに家に向かって友達と一緒に帰っていることを学年主任の田村先生は確認していた。


 最後の生徒が門をくぐっても茉里奈と一緒に帰る友人たちの姿が見えないことを不審に思った先生は正門に別の先生を呼んで、校内を探すことにした。


 駐輪場を確認するとまだ姿を確認していない茉里奈とその友達の自転車があった。そこで、先生は校長室にいた校長先生に「実は2年生の藤間茉里奈さんと田中優莉さん、小藤夏実さん、森田花恋さんがまだ正門での下校確認が出来ていないのですが、校内巡回に行ってきても良いですか?」と報告をして、田村先生が担任の加藤先生に「4人の保護者の方に連絡してください」と指示し、万が一に備えて副担任の仲多先生と養護教諭の福本先生と一緒に校内の巡回に職員会議の時間を少しずらしてもらう事にした。


 まず、先生は2年生の教室のある中央棟の2階に上がっていった。しかし、電気は点いておらず、誰もいる気配はなかった。


 次に中央棟の3階にある理科室や家庭科室など2年生が使う特別教室の辺りを探したが、ここにも彼女たちの姿はなかった。


 この時、先生は数日前に担任の先生が彼女の友達の優莉からある相談を受けていた。それは“茉里奈の様子が最近おかしくて、心配なのです。”という内容だった。担任が彼女に詳しく聞くと“以前は見たことがなかったカッターやたこ糸のような数種類の紐などが彼女のバックから見えていて、給食の時間も男子にほとんどあげていて、食欲もあまりなかったように見えていた“というのだ。


 この時、先生は最悪の事態が頭をよぎった。それは、2年前に学級崩壊のようになってしまった1年A組だ。当時、このクラスにいた鶴田健という1年生にして180センチ位ある体格の良い男の子から同じクラスの小柄な女子数人が暴力を伴ったいじめをうけていた。しかし、その子に太刀打ちできるほど力のある子はそのクラスにはおらず、毎回先生が仲介に入らないと事態が収まらないこともあった。


 実は彼が彼女たちをいじめた理由が“以前に別のクラスの女子から「あの2人が健君の悪口を言っていたよ。」と聞いた”ということが発端だった。そして、彼は彼女たちに対して怒りを覚えて今回の暴力に繋がったのだ。


 そして、彼の悪口を言っていた2人の女子生徒は重傷を負い、そのケガが要因と思われる精神的なショックを受けて3ヶ月程度の入院、周囲にいた同じクラスの子供たちもカウンセリングが必要なほど精神的に追い詰められてしまっていた。その後、同じクラスでカウンセリングを受けていた男子生徒が自殺未遂をするなどクラスが少しずつ壊れていく姿を当時1年生の学年主任と1学年生徒指導担当だった先生が目の前で目の当たりにしていた。


 10分後、中央棟の1階にある生徒玄関付近の電気が点いていて、「茉里奈~どこにいるの?」という声が聞こえた。その声を聞いた先生が生徒玄関に歩いていくと茉里奈以外の3人の友人たちが探しているところだったのだ。


 3人に話を聞くと「みんなで帰りの会が終わった後に部活に行こうとしていたのだけど、茉里奈が『トイレ行きたいから先に行って』と言ってきたので、先に行ったのですが、部活が始まっても茉里奈の姿がなくて・・・」とこの時点で様子がおかしかったことを学年主任の田村先生は初めて知った。そして、再度教室のある2階に戻り、女性陣でトイレの付近や女子更衣室などを探してもらった。すると、女子更衣室の鍵が閉まっている事を不審に思った仲多先生が「田村先生、今日は部活があるので、更衣室は開放していましたよね?」と確認すると、田村先生のスマホが震えた。スマホを取ると校長先生からだった。急いで出ると「今の状況はどうだ。」という確認の電話で、「現在、藤間茉里奈さん以外の生徒と福本先生、仲多先生と一緒にいます。」という報告をした。そして、「体育主任の友村先生に確認したいことがあるのですが」と言うと校長先生は友村先生に電話を変わってくれた。田村先生は友村先生に「本日は部活動があったので、男女の更衣室は開放していたかを確認して欲しい」と友村先生に伝えると「今日は校内の更衣室の開放は女子更衣室だけで、16:30には日直の近藤先生が施錠を確認しているようです。」と答えた。


 この時、先生は嫌な予感がした。それは、朝のホームルームが終わった後の各担任からの健康観察報告の時に茉里奈が“少し体調がおかしい”と言っていた事を思い出したのだ。


 そこで、友村先生と日直の近藤先生に女子更衣室の鍵を持ってきてもらい、女子更衣室の鍵を開けて女性陣に中を確認してもらった。すると、仲多先生と福本先生が「藤間さん!大丈夫ですか?」と声を上げた。少し間が空いて友達たちも「茉里奈!しっかりして!」と彼女に向かって声をかけている様子を部屋の外にいた男性陣もしっかり聞いていた。


 そして、福本先生が「男性の先生たちも手伝ってください」と言ったので、女子更衣室に入ると更衣室に置いてあるブランケットを掛けられた彼女がいた。彼女は顔が青ざめて意識がもうろうとしていたため、周囲の声にはわずかながら反応するものの、身体には力が入らない様子だった。


 そして、先生は彼女の状態を把握したのち保健室に向かい、校長先生に救急車の要請をすることを伝え、近くにある消防署の出張所に連絡をして、救急車を要請した。


 要請してすぐに救急車が到着すると救急車から降りてきたのは女性の救急救命士の人だった。福本先生は事情を話し、彼女の倒れている部屋に向かい、男性の先生たちは茉里奈以外の生徒と一緒に保護者の迎えの対応をしてもらうため、職員室の横にある会議室で待ってもらう事にした。


 少しして3人の保護者が迎えに来た。その時、3人の親はそろって「無事で良かった」と言っていたのだ。そして、保護者を交えて先生たちは話を聞いた。すると、優莉が集合時間になっても、部活が始まっても茉里奈が来ない事で“茉里奈に何かあったのかな?”と思っていたという。しかし、部活中は緊急の呼び出し以外では抜け出せないことになっていたため、1時間の部活動のあと、体育館の部室で着替えていた彼女たちは心配になって校舎の中やグラウンド等を探していたが、見つからず、心当たりの場所を探している時に田村先生が見つけたのだった。


 その後、茉里奈は近くの総合病院に搬送された。搬送後に受けた検査で分かったことは彼女の血圧が低血圧状態になり、同時にサチュレーションがかなり下がっていてあと少し遅れると意識不明の状態になってしまう所だったという。


 そして、彼女が倒れた理由の1つに“ストレス起因の精神疾患”があるのではないか?というのだ。その話しを聞いた両親は「いや、うちの子からはそういう話は聞いたことがありません。生理不順や月経不順ではないのですか?」と聞くと、先生は「おそらくそれも起因として考えられますが、これまで何の兆候もなかった子供がここまで症状が悪化するということになるとそれだけではつじつまが合わないです」と言ったのだ。


 そして、彼女は3日間の入院を経て退院し、退院の翌日から学校に来ると思っていた。しかし、彼女の姿は学校にはなかった。


 そこで、いつも一緒にいた優莉に聞いても「最近会っていない」と言われ、夏実に聞いても「この前電話した時に『学校楽しみ』と言っていた」と言われ、花恋に聞いても「変わった様子はなかった」と言われたため、先生たちは退院後の経過があまり良くないと判断して、明日以降担任と副担任、常駐カウンセラーが家庭訪問をすることにした。


 翌日、学校が終わり放課後に彼女の家に行くと両親も兄弟もみんな帰宅しておらず、隣の家に住んでいる同級生のお母さんが「実は藤間さんの家最近、日中留守にしている事が多くて、この時間になっても誰も帰ってこないのよ」というのだ。


 そこで、緊急連絡先になっている母親に連絡をすると、「今日は残業になるので、21時過ぎないと家に帰れないです」と言って電話を切ってしまった。


 先生は心配だったが、学校に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る