第33話:予想外の連続

柚月が夏休みに入って数日経った時のことだった。その日は学校で部活があり、7時には学校に向かわなくてはいけないのだが、彼女がいつも起きてくる時間になっても起きてこなかったため、気になった母親が彼女の部屋に行ってドアをノックした。しかし、中からは何の反応もなかったため、母親が恐る恐る中に入ってみるとベッドの方で「うーっ・・・苦しい」と言っている声を聞き、近づいてみると、ベッドの上で起き上がれなくなっている柚月を見つけた。そして、母親が優しく「柚月どうしたの?苦しいの?」と聞くと「お母さん助けて・・・」と彼女が出せる精一杯の声で母親に助けを求めた。


 そして、母親が偶然通りかかった悠太に「救急箱から血圧計とパルスオキシメーターを持ってきて」と頼み、悠太が柚月の部屋に持ってきた。すると、悠太が「柚月落ちついて。お兄ちゃん今日は休みだから何でも言ってよ」と悠太が彼女に話しかけている間に母親が血圧と酸素飽和度を見た。すると、彼女の血圧は“88/55”、酸素飽和度は”97%”だったため、母親は低血圧だと思っていた。しかし、時間が経つ度に彼女はある症状が顕著になってきた。それは“呼吸の頻度”だ。通常時は吸って吐いてをゆっくり繰り返すが、今の彼女は吸ってから吐くまでのテンポがかなり早く、体内に酸素が十分に行き届いていないのではないか?と思った。そこで、学校に部活を休むことを連絡し、父親の車で病院に向かうことにした。車の中では母親が「ゆっくり呼吸して。」と繰り返し彼女に対して話しかけていた。すると、ゆっくり呼吸すると苦しい。と言ってどうしても早くなってしまう。


 家を出て20分後病院に着いた。彼女を悠太と母親で車椅子に乗せて休日受付に向かった。休日受付に向かう途中で柚月の顔色が次第に白くなり、目がうつろになってしまっていた。そして、休日受付で名前を告げると看護師さんが彼女の異変に気付き、休診の診察室にあるベッドに横になって待たせてもらえることになった。


 そして、診察を受けた時に先生からある言葉を告げられた。それは「今、婦人科の女性医師がこちらに向かっていますので、もう少々お待ちください」という母親の耳を疑う言葉だった。この時、母親は頭の中で「婦人科の先生が来るということは大事(おおごと)になる?」と思ってしまった。


 そして、10分後、ドアをノックする音とカーテンを開ける音がした。ふと前を見ると、そこには彼女を出産した時の担当してくださった先生が立っていた。少しお年を召した印象はあるが、先生の名札に“産婦人科 科長”という肩書きが書いてあった。なんと、彼女を生んでから約13年の間に産婦人科の科長に着任されていたのだ。そして、先生が「先程連絡があってびっくりしました」と言って、彼女の腹部や肺のレントゲン写真などを見て「柚月ちゃんはもう二次性徴始まっていますか?」と聞くと、母親は「おそらく始まっていると思います。この前も買い物中に倒れたので。」と話すと先生はある症状ではと疑った。それは“起立性低血圧”だ。彼女のように低血圧の子供たちが初潮を迎えると体内の血液量が不足し、体内が酸素欠乏状態のようになるだけでなく、場合によっては体内で十分な血流が確保出来ないため、酸素欠乏症や血行不順などを起こすことがある。そして、今回はベッドから起き上がったときに急にめまいを起こしたため、先生はこの病気を疑った。ただ、彼女は低血圧であることから部活動も軽く身体を動かす程度で激しい運動はしていない。


 そのため、低血圧が起因しているのか、その他に要因があるのかは現時点では分からず、自宅で数日経過観察をして、様子を見ることにした。


 そして、家に帰るとやはり動けなくなり、呼吸もかなり浅い状態が続いていた。


 病院に行ってから数日後、彼女はトイレに行こうとして起き上がって杖を持とうとしたところ、目の前が急にグルグルと回り、そのまま目の前が真っ暗になり、ベッドの前で再び倒れてしまった。


 その日は休日だったため、家には母親がいたが、母親はお昼の用意をしていて、倒れたときには気が付かなかった。しかし、近くでかすかに声が聞こえた「ママ!お姉ちゃんが倒れている!早く来て!」という美月の声だった。実は彼女は向かいの2部屋を子供部屋として2人が使えるように父親が改装し、そこにあった荷物は奥にある倉庫部屋に動かした。


 すぐに母親が駆け上がってきて、彼女を見てかなり焦っていた。なぜなら、彼女の顔面が真っ白になり、ピクリとも動かない状態だったからだ。そして、母親は車では間に合わないと思い、救急車を呼んで病院に向かった。救急車の中はかなり緊迫していた。というのも、彼女の意識レベルが次第に下がり、血圧も80/50で推移していて、心拍も60と70の間を行き来しているような状態だった。


 家を出てから10分後彼女のかかりつけの総合病院に着き、到着と同時に救急処置室に入った。


 部屋の外で待っている母親は彼女の無事を願いながら救急処置室の前にあるソファーに座っていた。


 母親は「一時期よりも安定してきたのになんでこの子はいろいろな病気を経験してしまうの?」と心の中で自分を責めていた。2時間後、彼女の処置を担当した先生が処置室から出てきて、“おそらくですが、起立性低血圧と発育不順による肺の発達が影響している可能性があります。”と言って処置室に再び入っていった。


 そして、彼女が見える場所に移動し、ガラス窓越しに彼女の姿を見ると点滴などがいくつも吊され、安心したような寝顔でゆっくりと寝ていた。


 ただ、母親は以前に彼女が低血圧を起こして入院したことがあり、あの時も彼女の意識が戻るまでは2週間以上かかり、安定するまでに約1ヶ月程度掛かっていたことを考えるとかなり今回も長期戦になる可能性を秘めていた。


 そして、あとから先生に聞いたところ、その日は近くで大きな事故があり、その時間は救急車が出払っていて、救急車が到着するまでかなり時間が掛かっていたというのだ。つまり、彼女は救急車がまだあるときに運んでもらえたことで助かったということなのだろう。


 そして、家に帰ると今度は那月が申し訳なさそうにリビングに座っていた。そして、「お母さんにだけに話がある」と言って、兄弟・姉妹たちを部屋から出して、自分の部屋に戻らせた。


 母親はどこか那月の行動に違和感はあったが、まず、那月の話を聞くことにした。


 那月は深呼吸をして、「実は付き合っている男の子がいて、その子と私の子供がお腹の中にいる」というのだ。この話を聞いた母親は一瞬、頭の中が真っ白になった。


 母親は「お腹に赤ちゃんがいるのは間違いないの?」と彼女に尋ねると「うん。間違いないよ。さっき彼氏と産婦人科に行って確認してきたから」と彼女は全てを受け入れて、その子を産む覚悟を伝えていた。そのため、母親はこの先学業に支障が出るのではないか?と心配になっていた。


 そして、母親は彼女の事を気にかけながら、他の子たちに心配をかけないように、その事を察されないように平等に接していた。そして、お姉ちゃんが大好きだった妹たちは「遊んで!」と彼女に寄っていくが、お母さんがすかさず「みんなお外で遊ぼう!」と言って外に出したが、彼女たちは母親の行動に少し疑問を持っていたのは表情からも分かったが、まだなぜお姉ちゃんが一緒に遊んでもらえないかは分かっていなかった。


 そして、母親もまたびっくりする事を子供たちにはまだ話していないが、嬉しい報告を持っていた。それは、母親のお腹に新しい命が宿っていた。しかも、妊娠3ヶ月の三つ子ではないか?と病院で言われたのだ。つまり、那月の子供と母親の子供が同級生になるかもしれないのだ。


 そして、数日後に那月にだけ母親はこの事を告げた。これは、お互いに妊婦生活の間支えながら過ごすための母親の配慮だろう。那月も弟か妹と自分の子供が同級生になると思うと心中少し複雑だったのだろう。しかも、母親はこの時43歳だったこともあり、高齢出産と言われる年齢になっていた。母親の周囲にも40歳で2人目や3人目という人はいたが、この時点で6人の子供に恵まれている人はいなかったため、那月も母の身体を心配し、父親も「本当に生まれてきてくれるのか?」と不安な毎日を過ごしていた。

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