第32話:停滞とミスマッチ
悠太が中学生になると同時に柚月も中学生になったが、悠太は違う中学校に進学したため、彼女は1人で区立の中学校に通うことになったのだ。そのため、今まで彼女の周りにいた子たちもほとんどが区外の私立中学校や寮制の私立中学校に進学していた。そのため、彼女は仲の良い同級生が少なく、その子たちも隣のクラスなど彼女とは別のクラスになってしまった。
そのため、彼女は毎日ただ、学校に行き、授業を受けて、部活動をせずに家に帰るという生活を続けていた。そのため、次第にクラスからも孤立し、学校に居場所が再びなくなってしまった。そして、彼女は周囲の子供たちに起きている事が理解出来ず、毎日落ち込む日々だった。
両親はそんな彼女の姿を見ていると小学3年生の時に彼女が思い浮かんでくる。それは、彼女はまだ本調子ではなかった退院直後に学校に行った時のことだった。あの頃はまだリハビリが進まず、車椅子を使っていた。そのため、周囲から「通学楽で良いな」などと心ない言葉を投げられた。今回は彼女のリハビリも一段落し、激しい運動を避けなくてはいけないなど一部の制限は残っているが、毎朝自転車で20分かけて学校まで通っている。そのため、誰かに馬鹿にされることはないが、通院治療の影響から彼女の体重がかなり減ったことで他の子のように綺麗なスタイルではなく、どこか痩せ細っていて、彼女の場合は幼少期から成長ホルモンが上手く分泌されていないということで身体に負担にならないように彼女の体調を見ながらホルモン剤治療も並行してきた。
そのため、他の子のように背は高くないし、身体が大人に向かう準備もまだ兆候がなく、他の子たちは来ている女の子の日もまだ来る気配はない。
そのため、他の子たちは体育を休むことや背が伸びて彼女たちのファッションなども変わり始めていたが、彼女は以前と変わらない事が多かった。
そして、姉である那月も同じようにホルモン剤治療をしていたからだろうか、最終的には160センチ後半まで背が伸びた。しかし、柚月は中学1年生の時点で138センチしかない。これから伸びるにしても彼女はクラスの中では1番背が低く、周囲から「チビ」や「ガリ」と言われて、ある子からは「ガイコツみたい」と言われた。
そう言われたことで彼女は再び不登校になってしまい、同級生と会いたくないと思うようになってしまった。
実はこの頃、来学期に迫った体育祭と学年スポーツフェスティバルでのフォーメーションについての話し合いが持たれていた。そこで、背の順でフォーメーションを組む案とバランスでフォーメーションを組む案があった。仮に背の順でフォーメーションを組むと、彼女は最前列になり、彼女の次に並ぶ子は彼女よりも10センチほど背が高い。つまり、彼女の背の低さが目立ってしまう事になるのだ。そして、彼女は激しい運動が出来ないため、その場から動く距離も彼女の負担が掛からないような動き方をしないといけないのだ。
そのため、彼女は参加したくないという気持ちが少しずつ頭をよぎり始め、他の子たちも「柚月は参加しなくて良いと思うよ」と言っていて、彼女はどっちと捉えて良いのか分からない状態になっていた。
そして、バランスでフォーメーションを組む案を採用すると、男子は1番低くても162センチで1番大きい子は180センチにあり、女の子も柚月の138センチが1番低く、1番高い子だと約165センチあるため、バランスを取るにはかなり難しい部分も多かった。
そして、体育祭は色別に分かれるため、彼女に対して不利益は被ることはないが、今年度からクラスポイントという着順でクラスにポイントが入り、全ての協議が終わった時点でトップのクラスが最優秀クラス賞をもらえるようになっていた。
彼女は自分が参加することはなく、他のクラスメンバーで頑張って欲しいと思っていた。
しかし、そのポイントのルールがクラス全員を対象にしているため、欠席などの場合は正式な理由(病気・登校不可の怪我など)以外は出席点が0点換算になってしまい、クラスのポイントにならないのだ。そのため、1人の欠席が大きな減点には繋がらないが、周囲が事情を知ってしまっていると、その子に対する怒りの矛先が向いてしまい、当日参加しにくいという状況になりかねないのだ。
この仕組みを導入したのも今年度着任した校長先生の忘れられない過去があったからだ。
それは、昨年まで勤務していた中学校であるいじめが起きた。そのいじめは当時2年生の男子生徒が同級生の女子生徒に素行を注意された際にトラブルになり、その子の自転車を隠して、彼女の上履きに画鋲と絵の具を溶かした水をかけるなど陰湿ないじめを繰り返して、その子を不登校にしてしまった事もあった。
その他にも生徒間のいじめが絶えず、体育祭などの学校行事に参加できない子供たちも多かった。そして、この学校は毎年学年の半分以上が私立校を受験している。そのため、成績主義の考え方を持った子供たち・保護者も多く、「勝てない子は参加させないで」という親からの注文が付いて、各担任が頭を抱えていた姿を見ていて、校長先生は「どうにかならないか?」と思うようになり、全員が楽しめるような体育祭を企画する必要があると思った。しかし、いろいろと変えると今年のPTA会長は受験をする娘と息子を持つ父親であることからかなりの反発が予想される。
しかも、校長先生が最後の年には1年生に支援が必要な生徒が3人、2年生には地方から親の仕事の関係の転校による中途転入してきた男の子と女の子が1人ずついた。その子たちはまだ学校に馴染んでおらず、この子たちが万が一何かあった時にトラブルになる可能性があると感じたのだ。
実は昨年も3年生に他県から家庭の事情で転入してきた男子生徒が学年最後の運動会に参加して、順位が振るわなかったことが原因でその子が所属していた分団が負けたことでチームの一部の生徒から誹謗中傷を受けた経緯があった。その子たちは体育祭が内申書に書ける実績や成績などに該当していたため、自分の成績を下げられたと思ったのだろう。しかし、転入してきた男の子からすると、自分の最大限の力を発揮して、精一杯頑張った結果だと思っていた。
校長先生はこの時の状況と現在の状況がかなり類似していて、同じ事が繰り返された場合に「今から対策をしなくてはいけない。」と思っていたのだ。
しかし、この時と違うのは入学時から通学していて、いじめによる不登校に発展するかもしれないという点だ。そして、この学校は受験をする生徒は少ないが、勝ち負けに関してはかなりこだわっている子供たちも多く、毎回行事が行われる度にトラブルが発生するなど先生たちも行事が終わったあとは戦々恐々としていた。
その頃、クラスでは新たな問題が発生していた。それは、柚月の他にも運動会に参加したくないという生徒が出てきてしまい、クラスが空中分解する寸前だったのだ。
その原因が中間案として公表された分団ごとのクラスメンバーのリストだった。
まず、佳奈が「優茉と離れるなら参加しない」と言い始めて、それに誘発されるように優茉と愛海が「佳奈と笑里と優茉と離れるなら参加しない」と不協和音のように伝染していってしまい、収拾不能になってしまったのだ。
その頃、男子にも同じような空気が漂い始めた。裕太と離れてしまった亮太は「悠太と一緒がいい」・同じ部活の慎太朗は「なんでこんなにバラバラなの?」と今まではクラス対抗や部活のバランスを見ながら決められてきた編成に不満を持ったのか、今回の決定に苦言を呈していた。
その時クラスにいた柚月はその光景を見て、ただ時間が過ぎるのを待っているだけだった。
そして、LHRが終わり、次の授業の準備をしていると担任の先生から「柚月さんちょっと良いかしら」と言って、廊下に呼び出された。彼女は最初「何のことだろう?」と思っていたが、先生の話から「運動会には参加して欲しい」というメッセージを読み取ったのだ。
ただ、彼女は「私小学校の頃から運動が苦手で、参加しても周囲に馬鹿にされるだけなので、今回も参加するなら見学で参加させて欲しい」と今までやられてきたことにより参加することにトラウマを覚えていたのだ。
その日の夜、彼女はあと1週間で始まる夏休みに向けて何か楽しいことを探そうとしていた。なぜなら、来月のリハビリから今まで必要な時に使ってきた器具を使わないリハビリと筋力トレーニングが始まるからだ。
彼女は完全に歩けるようになる確率は高くないが、装具を少しずつ使う機会を減らしていくことで自然な歩行が可能になる日が来るかもしれないのだ。
そう思うと、彼女は辛いリハビリも乗り越えていけると思っていた。
そして、歩けるようになって離れて暮らしている兄のアパートまで歩いて行きたい。そういう希望を持って来週のリハビリを迎えようとしていた。
ただ、彼女は来学期の行事に参加するべきか悩んでいたことは言うまでもない。
実は彼女は少し前からある異変が起きていて、その異変は今まで経験したことがないほど辛い経験だった。
そして、彼女は部屋で倒れて、下にいた両親がすぐに駆けつけるとすでに意識を失っていた。
まさか、これがこれから始まる悲劇の始まりとはまだ誰も思っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます