第30話:祐希の家出

悠太はあることを考えていた。それは、“祐希君が家からいなくなったらしい”という友人からの連絡だった。


 その子は彼と同じ塾に通い、周囲に対しても分け隔てなく接する明るい子だった。しかし、彼はある悩みを抱えていたことを以前に一部の親しい友人たちに打ち明けていた。それは、“僕は受験する資格なんてない”ということだ。それを聞いた友人たちが詳しく話を聞くと、彼は3つ離れた兄がいて、中学2年生で複数の高等学校から“我が校に来て欲しい”というオファーがたくさん届いていた。ただ、両親は「どの高校もあまり良い学校ではないから出来るなら海外に行って本格的に勉強して、良い会社に入った方が良い」と全てのオファーを蹴って、海外の高校に行くように促したのだ。その話を聞いて、彼は“自分も兄と同じ学校に行かされて、同じ道を歩まされるかもしれない”と恐怖感を覚えたという。


 もちろん、彼は兄の通っている学校に行くことは決意していたが、現段階ではとてもではないが、入れるレベルではないということを先日行われた難関校受験者対象の模擬試験を受けた時に肌で感じていた。


 そのため、2週間後に結果が出た時には塾の担任と両親との面接が行われ、今の彼の志望校への合格が難しくなった場合に学校を転校させるなどして両親が力業を使ってくるかもしれないと思ったのだ。


 もちろん、彼は本当に行きたいと思っていたが、今の自分の実力を見て、言葉を失ってしまったのだ。


 そこで、友人たちで手分けして彼が行きそうな場所を探した。しかし、何時間かけて探しても彼の姿はなく、彼の家に行くと彼の自転車は置いたままになっていたため、まだ遠くには行っていないと思っていた。ただ、彼がいなくなってから半日以上経っていることから両親も“どこまでいってしまったのだろう”と心配になっていた。


 その後、両親は警察に捜索願を出して、警察にも探してもらう事にした。その日は子供たちの捜索は一旦止めて、翌日再び探すことにした。


 その日の夜、悠太の父親が「そういえば、祐希君と今朝出勤するときにすれ違ったよ」と話してくれた。悠太は「今朝どこですれ違ったの?」というと、父親は「最寄りのバス停だよ。お父さんとは違うバスだったけど、1人で待っていたから1人で乗っていったのかな?」というのだ。実は彼は塾に通うために駅までの年間定期券を持っている。そのため、バスに乗ってどこかに行くこと自体は不思議なことではないし、違和感を持つこともない。ただ、彼が塾の休みの日に駅方面に遊びに行くことはないし、彼はいつも受験のことしか頭になかった。


 翌日、再び近くにある公園に集まって探すことにしたが、その時に父親からの情報を言うと警察の人が“それはどういうことかな?”と彼に聞いてきた。悠太は警察の人に父親から聞いた話などを説明した。すると、警察の人がバスの防犯カメラや駅周辺の防犯カメラを調べてみるとバスを降りて駅の中に入っていく映像やホームで電車に乗ってどこかに行く様子が映っていた。


 この映像から彼の行動履歴を割り出して、その駅から動ける行動範囲を探すことにしたのだ。そして、近隣の警察署にも応援要請をして、300人体制で捜索活動をしていた。すると、1番遠い警察署の署員から「祐希君が見つかりました」という連絡がきた。


 その詳細を聞くと彼の行動力を物語っていた。電車に乗ったあと、3つ先の駅で降り、森などがある場所を探したが、見つからず、終点の駅まで行き、海に歩いていったのだ。そして、彼はそのまま海の中に入っていこうとしたのだが、そこを巡回していた警察官が止めに入り、一命を取り留めた。そして、話を聞いた警察官が驚くほど衝撃的な言葉を耳にした。それは、“僕は海に入ってダメだったときにはあそこの岩から飛び降りるつもりでした”と高さ10メートル以上ある岩場を指さしてそう言ったのだ。そして、彼の住んでいるエリアの警察署の刑事さんと青少年課の男性警察官が彼を迎えに来た。すると、“僕は家には帰りません。あんな家に帰っても自分にはメリットはありませんから。”と言った。この言葉を聞いた警察官は“家庭内トラブルからの子供の家出”だと確信したが、彼の心は変わることはなかった。


 その後、説得を続けたところ、彼が「分かりました」と言ってパトカーに乗った。そして、車に揺られること1時間。彼の最寄りの警察署に着くと両親と兄、妹が窓口のところで待っていた。しかし、彼は家族のことを無視して、取調室に入っていったのだ。取調室で家出した理由を聞かれて、彼が説明すると警察官は自分自身のことについて話し始めた。


「僕は警察官になったけど、自分が納得いくような勉強は出来なかったし、両親からも反対された。実は中学校も受験したけど、僕よりも妹の方が頭良かったから、何とか頑張って兄の面目を立てないといけないと思って頑張ってみると面白かったよ。だから、祐希君も諦めないで勉強してね。」と彼に語りかけるように話していた。


 彼はこの言葉を聞いて、どこか自分で頑張って受験をしないといけないのだろうな。と思っていた。


 ただ、彼が逃げ出した理由が“塾の試験が上手くいかなかった”・“両親の愛が感じられなくなった”など彼をどんどん孤独に追い詰めていたことだと分かったことで両親も彼に対して強く当たりすぎたことを後悔していた。


 そして、彼が学校に登校し、先生から「無事にお家に帰れて良かったね!」と言われたが、彼にとっては心中が複雑だった。その後、塾にも行ったが、彼はどこか浮かない表情で授業を受けていた。


 そこで、先生が授業の終わったあとに彼を講師室に呼び、彼の今の心情を聞いた。すると、彼が“自分が受験するべきか分からない。”という答えを聞いて先生は驚いていた。


 なぜなら、この段階で受験を取りやめるという話しを聞いたことはあったが、理由の多くは“家庭の経済事情”や“連帯保証人が用意できない”など経済面で断念する話が多かった。しかし、彼の場合は“自分の学力が志望校受験をするには足りない”ということだった。この話を聞いて先生は思わず、両親に確認をした。


 すると、両親は「そんな話を聞いたことがない。だから理解出来ない。」という冷ややかな回答が返ってきたのだ。


 先生はこの回答を聞いて“家庭内トラブル”があるのではないか?と思ったのだ。しかし、先生はこの事には触れず、翌週に控えた模擬試験のフィードバックと両親との面談が行われるのだが、彼はこの事が恐くなっていたのだ。


 そのため、彼の不安をどのように払拭して、来年度の受験に繋げるかを今から緻密に計画して、両親などと情報共有して進めていかなくてはいけない。ただ、彼の気持ちが揺らいでいることで方向性が定まらないことから先生としても“どのように指導が今の彼に必要なのか?”など彼がどう思っているのか分からない状態になっていたのだ。


 彼は自分の意思を持つことはあっても、彼が何をしたいのかは分からなかった。ただ、彼の中には兄弟と同じようにされたくないという気持ちは人一倍あり、彼の中では自分で決めたいという気持ちもあった。ただ、自分が一体何をするべきなのか、何が向いているのかが分からなかっただけだったのだろう。


 そして、前回の模擬試験の結果が届き、彼は何とか志望校に合格確率Cランクと評価された。ただ、受験まで1年半と迫っていて、今の学力では合格者の中に埋もれてしまう可能性があるのだ。そして、彼の志望校は昨年度の合格ラインが3科目で270点以上と今回彼が取った220点では合格点には到底及ばないのだ。


 そして、この学校に合格しないと、彼が目指す国際弁護士はまた夢の夢になってしまう可能性がある。

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