第28話:悠太の挫折

悠太が5年生になったときに彼に顕著な異変を感じた。それは、彼のテストの成績がどんどん下がり、勉強に対して以前に比べると心がない状態になっていた。


 その理由の1つとして考えられるのが、悠太が同い年で一緒の塾に通っている沙友理と菜々華とかなり仲が良く、塾が終わったあとに家に送り届けているという普通の友人を超えた関係ではないか?と周囲から疑われるほどだった。


 しかし、その理由を周囲が知ったとき、彼の見方が変わったのだ。それは“沙友理が塾にも学校にも居場所がなくなり、家でも自分の部屋しか居場所がなかった”のだという。それを知った悠太が彼女の事をフォローして、彼女と同じ学校に行こうと思っていたというのだ。母親は柚月が倒れた時にも柚月に対して偏見を持たずに柚月に対して声をかけていた彼を見ていて、その彼が同い年の子に対してそういう気遣いが出来るとは新しい発見だった。


 そして、彼が全国私立中学校受験志願者模試を受験する為に彼女と一緒に申込みをして、家に帰ってきた。すると、母親から「うちは私立中学校に行かせられるほど経済的には余裕がないし、お父さんも会社を経営しているとは言っても毎月大きく余裕があるわけではないため、万が一学費が払えないということになることも念頭に置いて考えてね」と言われたのだ。


 もちろん、彼は家に経済的な余裕がないことも知っていたし、彼が私立を志望した理由も彼女と一緒に居たいからという理由だけではない。


 彼は少し前から学校で孤立していて、その子たちがいない新天地を求めていたのだ。そして、菜々華と沙友理は隣の学区の小学校に通っていて、塾の時だけ会える友人だった。


 そして、彼女たちと一緒に学校に行くためには彼の現在の成績を何とかして上げなくてはいけないだけでなく、生活面も見直さないと絶望的なのだ。しかし、今の成績をどのようにして好転させるかに関しては頭を抱えていた。その理由として、前年に隆太が中学校を、那月が高校をそれぞれ受験したときにも成績が悪くて内申書を出してもらえない可能性があると言われた時に那月も隆太も休みの日は一日中家で必死に勉強して、内申書の対象期間に何とか間に合わせたという前例がある。そして、2人とも希望する学校に合格して通っている。


 しかし、彼はまだ時間があると思っていたが、今年度の成績が中間成績として進路指導で使われる資料になるため、この時点である程度の成績を取っておかないと仮に志望校で推薦枠をもらえたとしても推薦してもらえない。


 そのため、彼が志望校に行くためにはほぼ手遅れ状態になっていて、先生たちも彼の進学は絶望的だろうと思っていた。


 そして、今学期最後のテストが終わり、みんなは春休みが楽しみで、お互いにどう過ごすかを話していた。しかし、彼は塾の春期講習に春季合宿とかなり忙しい春休みになる。そのため、“彼の中でどうやって休む時間を確保するか?”が課題だった。そして、上3人以外の家族は旅行に行くが、彼は兄と姉と共に家に残り過ごすことになる。


 彼は本当に旅行へ行きたかったし、学校の成績も悪かったため、受験も塾も辞めたかった。しかし、彼の頭には“沙友理と菜々華と数人の仲の良い友達たちと離れたくない”という気持ちがあり、なかなか踏み込んで考えられる余裕がなかったのだ。


 そして、春休みが中頃まで来たときだった。突然、菜々華が父親の仕事の関係で海外に引っ越すことになり、塾や学校に挨拶に行ったという。そして、出発前日にお友達を集めて送別会を開いて、翌朝、彼女を見送った。彼女の父親は今後の担当がアメリカとカナダを含めた北米・中米・南米が中心になり、日本に帰ってこられるかは分からないというが、日本の家は日本に戻るもしくはアジアで仕事がある可能性もあることからそのまま残すと言っていたが、父親の会社の異動規定では単身赴任は特段の事情(子供が飛行機に乗れない、奥さんが妊娠中など)ないと単身赴任は認められないため、受験生だった彼女は新天地で学校を探すことになるのだ。


 しかし、現地のミドルスクールに転校するには彼女自身が英語を出来ないため、現地法人の日本人学校などを探そうとしたが、今回の転勤地には日本の人が少ないため、日本人学校がなく、現地の学校に通わないといけないのだが、彼女は英語を書くことも、話すことも出来たが、日本での生活が長すぎて英語を使う習慣がなくなっていたため、英語を一部忘れていたのだ。


 そのため、試験を受けて今どのくらいの学力なのかを知る必要があり、現地にいる父親の会社の知り合いで同年代の子と一緒に勉強するしかないのだ。


 しかし、現地にいる父親の知り合いで同年代の子はおらず、年上の子か年下の子しかいないのだ。そのため、父親が彼女と年齢の近い子を探してくれて、父親の会社の現地法人でエリアマネージャーをやっているエリックの娘であるジャスミンと勉強することになったのだ。ただ、ジャスミンは現地の学校で成績上位者に選ばれるほど頭が良く、彼女に教わることは恐れ多かった。


 そして、現地に渡り、試験まで1週間に迫った時のことだった。彼女が体調を崩して勉強を教えられない事が分かり、彼女が回復するまで1人で勉強をする事になったのだ。しかし、彼女は今まで一緒に勉強してきた子が翻訳の仕方や読解方法を付きっきりで教えてくれていたため、自分1人で勉強することはそう多くなかった。


 そして、試験まで3日になり、体調が回復したジャスミンが家に来て、彼女が体調を崩す前にならっていたことを復習して行くことにした。しかし、彼女は習った内容こそきちんと出来ていたが、応用問題を出すと全く解けなくなるという“プチスランプ”状態になっていたのだ。


その状況を見て、ジャスミンは「菜々華はもう少し勉強しないと置いてかれるよ」と優しく彼女に伝えた。その言葉を聞いた菜々華はもっと本気を出して勉強するようになった。


 そのころ、菜々華がいなくなった日本では悠太がどんどん成績が落ちていき、受験できるのか?という状態になっていたのだ。そして、塾の成績も下がり、全国模試も以前は受験者全体の上位20人に入っていたのだが、現在は35位と少しずつ順位が下がっていった。これは彼女と別れた事だけが要因ではないが、間違いなく影響は受けていたと思われても不思議ではない。


 そして、柚月も以前に比べると支えなしで歩ける距離も増えたが、坂などは悠太が支えないと降りられない状態だった。


 そのため、来年からは美月も彩月も同じ小学校に通うため、今のように彼女だけを見ていることが難しくなるのだ。そして、彼女が1人で歩けなくても去年までいた田中君という身長が高くて、がっちりした体型の柚月が好きな男の子がいたため、途中で歩けなくなっても彼がランドセルを持って、悠太がおんぶするということが出来たが、今年で卒業してスポーツ強豪校に進学することが決まっていたため、来年は本当に登校班に登下校時の見守り隊のボランティアさんの配置と介助員さんの同伴登校などを求めないと登校班の規模からして対応することが難しいと見通していた。


 そして、5年生になると宿泊学習や校外交流プログラムなどの校外での行事も増えていくため、彼女は今まで塾に通うことや足のリハビリを兼ねてスイミングを習って1人で歩けるように頑張ってきたが、すぐには良くならないため、少しずつ前に進むことしか出来なかった。こればかりは彼女の努力だけではどうにもならないのだ。


 そして、悠太も彼女と同じ学校に行くためにも必死になって勉強していた。しかし、最近のスランプで彼はかなり自信を失っていた。そのため、毎日勉強していてもどこか気持ちが右往左往していて、塾でも授業を聞いているが、どこかうわの空状態になっていた。

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