第27話:那月の異変

 那月は中学3年生になり、本格的に受験が始まることになる。しかし、彼女がここ数日間のあいだに放心状態になっていることが多く、周囲の友達たちも心配になってきていた。


 普段は彼女が何か悩みがあるときは必ず友達に相談するか、両親に相談するかなのだが、今回はそういう事が一切無く、周囲と距離を置くかのように学校でも家でも過ごしていたのだ。


 この異変に気が付いた先生は両親に家での様子について聞いていたのだが、両親もその事を知らなかったため、担任の先生と両親で「今後の対応どうしましょうか?」状態になってしまっていた。


 ただ、家でも学校でも普段と変わっていたのは友達に相談をしない、温度差がある程度で他の行動は変わっていなかった。


 その週の週末になり、彼女が1人でどこかに出かけたことを確認し、母親が後ろをついて行ってみた。すると、彼女が入っていった場所は普段は通っていない場所で看板には“児童・生徒カウンセリングセンター”と書いてあり、こっそり中を見ようと近づくと中には優しそうな先生と看護師さん、理学療法士の先生と思われる服を着た男性が立っていた。


 そして、母親は家に帰り、その施設を調べるとなんと“子供の悩み全般”を無料でカウンセリングしてくれる月に1回ある子供への無料開放の日だったのだ。ただ、母親は彼女がどこかおかしいという事もないし、パニック状態にならない時は普通の子供と変わらないため、何がおかしいのか分からなかった。


 数日後、彼女の幼馴染みのお母さんとランチで偶然ばったり出会った時に彼女が抱えていた悩みの1つを教えてくれた。


 それは“部活動いじめに遭っている”ということだった。母親は以前から部活動内で同級生にいじめられていることは知っていたが、そのいじめが全学年に拡大し、現在は練習試合を組んだ相手からも陰口を叩かれることがあるという。


 その事を知った母親は担任の先生に連絡を取り、部活動内の事について顧問の先生に聞いて欲しいと伝えた。


 翌日、顧問の先生から直接連絡があり、「現在、部活動内では那月さんに対するいじめを確認できておらず、以前にお話しした内容以外は把握していません」というのだ。


 そこで、母親が夜に那月と一緒にドライブしながら話しを聞くことにした。


 すると、先生たちが知らなかった衝撃の事実を次々と話し始めたのだ。


 まず、“同じ部活動内で順位が振られて、その順番の最下位の生徒が部活動の片付けをしなくてはいけない”といういじめの話しをしてきた。これはいわゆる“背番号”に関係なく、キャプテンが決めたランクで最下位の生徒が部活動で使った道具やグラウンドを1人で片付けて、他の部員は先生が来たときだけ一緒に片付けて、他は自分の荷物を片付けるという事をしていたのだ。


 こういういじめは今に始まったものではないが、毎回キャプテンが1人下級生をグラウンドの入り口に見張りとして立ち、その間に他の部員たちが自分たちの片付けをする。そして、顧問と部員での連絡ノートには“○月○日:整備担当:○○”のように毎日当番表に沿って名前を書くのだが、この日は本当なら1年生の村田さんが担当なのだが、実際には那月が5日連続でグランド整備をしていたため、どこか悔しい気持ちがあったのだろう。


 しかも、少し前には学年毎に背の順に並んで学年で背が低い5人が週替わりでグランド整備やジャグの準備、用具磨きなどをすることになったこともあった。


 このようないじめの実態が部活内で長期間にわたって起こっていて、先生も把握していないのか、わざと隠しているのか分からない。そして、他の部活動でも“今度の体力テストで50m走6秒台の選手だけをレギュラーとして扱う”といった差別などを助長する可能性のある発言もあったことが同級生の野球部のお母さんが話していた。


 そして、次に彼女が“馬鹿にされない容姿が欲しいから整形したい”と言ってきた。これは、部活動でも言われていたが、クラスや塾でも言われていたようで、かなり精神的に辛くなっていたのだろう。


 この時、彼女の身長は147cmでクラス平均が153.5cmとクラスの平均よりも低く、150cm以下の女子は彼女を含めて3人いるが、他の2人は“可愛い!”・“すごいスタイル”と言われただけでなく、2人とも両親が高身長だったこともあり、“まだ普通に伸びるでしょ?”と言われていた。しかし、彼女は両親とも背が高く、兄弟でも全員が全国の学年平均を超えて、学校の学年平均も越えていたため、彼女の中に“私だけ何でこんなに背が低いの?”という劣等感が生まれてしまい、誰にも話せなかったのだ。


 そして、彼女は母親に“私ホルモン注射をしたい。じゃないと恥ずかしくて学校に行けない”というのだ。


 実は、先日卒業アルバムに使う部活動集合写真を撮ったのだが、3年生の部員の中で彼女が一番低く、他の子は150cm中盤から170cm後半と彼女と並ぶと身長差が顕著に見えてしまっていて、その写真を一生持っていると思うと気持ち的に辛かった。そして、この中学校の卒業アルバムの伝統である制服モデルとユニフォームモデルも彼女は選ばれなかった。


 彼女は“やっぱり自分はこれから先もいじめられるのかな?”と心の中で不安な気持ちが渦巻いていた。


 その日、家に帰ると彼女はずっと部屋にこもったまま、1度も下に降りることなく、ご飯も部屋で食べて、お風呂もみんなが寝たあとに1人で入っていた。


 両親は彼女が心配だった。なぜなら、彼女が全く両親に相談しなくなった理由も分からず、学校の成績もここ数回のテストでは学年で最高成績を取ったときから約3割も落ちていたのだ。


 翌日、先生に渡すように封筒に入れた手紙を彼女に手渡した。その中身は“学校でいじめられている”ということと“彼女が容姿を強く気にし始めたので、変な行動をしないように見ていて欲しい”というものだった。


 そして、その日の夜に先生から受け取った手紙が入った封筒がダイニングテーブルの上に置かれていた。その封筒に入った手紙を読むと母親はびっくりしてしまった。


 それは、“学校でいじめられている事実は現時点では確認できませんでした。おそらく、私どもの知らないところでいじめが発生し、誰かに口止めされているのではないかと推測されます。”という答えと“本日は各科目担当教員からの報告では落ち着いて授業を受けていたということだった。


 母親はこの手紙を読んで安心した反面、彼女に万が一のことがあった場合、にどのように動くかを考えなくてはいけないと思っていた。なぜなら、部活動でのいじめを顧問が把握していない、クラスでのいじめを担任が把握していないと彼女が学校でも部活でも助け船を出してもらえる場所がなく、精神的に追い込まれてパニック状態になる前に頼れる人が学校にいないというのは彼女が安心して学校生活を送れないことになり、受験をするにしても彼女の心のケアが不十分で受験を迎えることになる。


 しかも、彼女の中学校にはカウンセリングの先生は月に1度来ているが、カウンセリングが必要な生徒が多く、到底、1日では全員をカウンセリングすることが出来ず、カウンセリング希望者が多くなると受けられるタイミングがどんどん遅くなっていき、深刻度が高い生徒には先生が話しを聞いて、カウンセラーの先生との仲介に立たないといけない状況になってきていた。


 この時、那月が友達とトラブルになっていることを先生は知っていて、家でも両親との関係に悩んでいたことも知っていたため、早急に面接をさせたかったのだ。


 しかし、この時は自殺してしまう可能性がある子や情緒不安定になり、精神的に追い込まれて自傷行為に走る可能性がある子など問題が深刻な子供が多かったこともあり、なかなか枠を確保出来なかった。


 そして、この時には学校崩壊と分裂の危機が間近に迫っていた。実は区の学校長会で“次年度以降は受験クラスと一般クラスを分けて授業を展開する必要がある。理由としては子供たちの競争心があらぬ方向に進んでいて、その競争心がいじめに繋がる可能性があると危惧している”という合同メッセージが出てきたのだ。


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