第26話:夢が絶望に変わるとき

那月は中学二年生になり、定期的に模擬試験が始まってきた。そのため、彼女は必死に勉強をしていたのだ。彼女の夢は医師で、その夢を志したきっかけは自分の病気になったときに優しくしてくれた女性の先生と柚月の病気を治してくれた男性の先生を見ていて、“かっこいい!”と思ったことがきっかけだった。


 しかし、彼女は模擬試験終了後の面談で先生から“那月さんは本当に医師になりたいのですか?このままでは志望している高校進学が絶望的ですよ。”と告げられた。彼女は“あんなに出来ていたのになぜ?”と思っていた。実は彼女が模試終わったあと、自分で自己採点をしてみたところ主要3科目で280点だった。彼女は“この点数を取れているなら問題はないだろう”と心の底から思っていた。


 ただ、彼女は志望校である区立喜岡高等学校の医療専門コースの合格基準を見て顔が青ざめてしまっていた。なぜなら、医療専門コースの偏差値は78、看護コースは60と偏差値が高く、このエリアでも屈指の難関校であるのは間違いなかったが、彼女の昨年の成績から算出された偏差値は70とかなり高い。


しかしながら、この高校のコース別の偏差値には届いていない。しかし、彼女は“私にはまだ望みがある”と言って昨年の入試情報を見た。すると、昨年の合格者の全体平均点が400点/500点となっていた。この結果を見て彼女はホッとしていた。しかし、これは全体の合格基準で、彼女は「この学校は全体で見るとそれほど難しくないのではないか?」と思っていた。しかし、コース別では全く事情が異なった。


 まず、看護コースの昨年の受験者数が定員150名に対して350名と入試倍率で見ると約2.4倍の人が受験していたのだ。そして、受験者平均点が300/500で、合格基準点が350/500だった。これだけを見ると、看護科はそこまで難しくなかった。


 次に彼女の志望している医療専門コースを見ると、受験者数が定員60人に対して750人と入試倍率12.5倍もあり、合格基準点が例年は380/500だったが、昨年の合格点は420/500と桁違いの合格点だった。そして、昨年の合格者のほとんどが近隣の有名私立進学校の附属中学校からの生徒で、区立中学校から合格している人は5人程度とかなりハードルが高い印象だった。


 この事実を知って、那月は本当にこの学校を志望校にして頑張っていくべきなのか、どうするべきなのか分からなかった。なぜなら、彼女は私立中学校も受験していたが、全校不合格になってしまい、そのまま区立中学校に進学した過去がある。


 そのため、今回の受験も周囲には“どの学校行こうかな?”と弱音を吐くこともしばしばだった。そして、彼女が自分はこの学校に行けると思っていても、中学受験のトラウマが彼女の心を少しずつ恐怖で満たしているような感覚に襲われることもしばしばだった。

 その日の夜、家に帰ると明かりは点いていたが、人が動いている気配は全く無かった。そういえば、家まであと200メートルほどの広い道路でお母さんが乗った車とすれ違ったような気がした。


 そして、そのあと数十メートル後ろを父親の車が追いかけていったようだった。この光景を見て、悠太は「お父さんとお母さん喧嘩したのかも」とぼそっとつぶやいた。


 そして、家に帰って両親がいつも車を置いているガレージを見るとやはり車が2台共なくなっていた。その後、玄関を開けて「ただいま!」と言っても誰の反応もなく、鍵をかけて2階に上がると柚月と美月と彩月はいたが、両親はいなかった。そして、美月と彩月は2階にある仮の子供部屋、柚月は2階の自分の部屋で布団の中で泣きじゃくっていた。


 そして、リビングに行くと服や雑誌が散乱し、家族の集合写真の入ったフォトフレームも床に倒れていた。


 那月はこの光景を見て、パニック状態になりかけていた。なぜなら、実は彼女がいじめを受け始めて間もない頃に自分のロッカーに入っていた教科書を破かれて使えなくなってしまったこともあった。そして、彼女が美術の先生に褒められた絵も飾っていた所から誰かにゴミ箱に入れられていたこともあり、彼女はその光景を見て、当時を思い出してしまい、びっくりしたのだ。


 その後、2時間ほどして両親が戻ってきたが、2人とも違う方向を見ていて、その様子がかなり殺伐としていて、子供たちはどう話しかけて良いのか分からなかった。その後、荒れたリビングに入っていき、再び怒号が飛び交っていた。


 その様子を悠太は階段の横で耳をそばだてて、喧嘩の内容を聞いていた。すると、母親が“何でうちの子たちはあんなに自分のように頭が良くないの?”と言っていた。そして、父親が“子供たちは子供たちで考えているのだから、一概に頭が良くないわけないだろ?”と反論したが、母親は“あなたは最近、会社のことしか考えていないからそういう事が言えるのよ!もしも、那月が喜岡高等学校、隆太が蔵前国際中学校に進学出来なかったときは離婚しましょう。”と母親は隆太と那月が受験に失敗したときは離婚すると言い出したのだ。


 そして、母親が続けて“あなたはこの前の那月と隆太の模擬試験の結果を見たの?あの結果は私が中学生の時には見たことない成績よ?しかも、私の遺伝子を継いでいたなら、あの学校は行けて当たり前なのに”とまるで自分を自画自賛するような語尾の強い言葉を父親に投げかけていた。


 実は、母親は最近になって母親の両親に“うちの子は馬鹿にされないように良い学校に行かせる”と宣言していたのだ。その理由も“ママ友の間でお受験失敗したなんて口が裂けても言えないし、みんな私立中学校に行く子たちだから、彼女だけ行っていないということでいじめられても困る”と思ったのだ。そして、母親は喜岡高等学校も受かっていたが、その上の夢が丘国際高校に進学して、首席で卒業している。そのため、母親としては“子供たちには少しでも良い高校から良い大学に進学してもらいたい”という気持ちがあるが、子供たちの意見ではなく、母親の一方的な意見であり、父親としては“こういう重要なことは子供たちが自分自身で決めさせてほしい”と言ったが、母親は聞く耳を持たなかった。


 そして、那月を呼び、進路をどのように考えているのかを話すように促した。すると、那月が2ヶ月ぶりに進路に関して話してきた。彼女は“私は喜岡高等学校の医療専門コースに進むことは変わらないし、難しくても頑張るしかない”と彼女の決意が揺るがない事を示しているかのような口調で母親に話した。


 一方で、彼女の中にはある疑念が生まれていた。それは、隆太と那月が一緒に受験した場合、2人とも合格しなくてはいけないのではないか?という事だった。


 実は彼女には苦い過去がある。それは、幼稚園受験の時にあまりの緊張で上手く自分の名前の言えず、先生からの質問も上手く答えられなかった。そして、小学校も受験したが、問題があまり解けず、不合格の通知を受けとった。そして、中学校受験の時も一生懸命に勉強していったが、合格点に届かず、不合格になった。ということだった。そして、その度に“お前はお母さんの子じゃない!”・“あんたなんか生まないほうが良かった”などと何度も激怒され、罵声を浴びせられていたのだ。そのため、今回の受験も彼女にとっては“自分の将来のための受験だ”と思っていたのだが、“受験”という言葉だけで彼女はフラッシュバックが止まらなくなり、再びパニック状態になってしまうこともしばしばだった。


 そして、今回は隆太と2人で同じ時期に受験をするため、母親が同じようなことをしてこないか不安だった。


 3日後、今度は彼女だけで個人面談が行われた。その時に「私、学校にアルバイトしながらアパートを借りて通学したい」と言ったのだ。先生はこの発言にびっくりしてしまったのだ。なぜなら、喜岡高等学校はここから電車で30分かかるため、近くにアパートを借りて過ごすことには賛成だったが、一般的に高校生でアパートを借りる子は実家から遠い場合や都内で芸能活動をするために上京してきた子が多い。しかし、彼女は通学に30分しかかからないにも関わらず、なぜ、学校の近くに部屋を借りたいのか?ということが先生には過去に経験がなく、疑問だった。

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