第25話:隆太の進路選択

 年が明け、隆太にとってはチャレンジの1年が始まった。なぜなら、今年隆太は6年生になる。つまり、来年は中学生になるのだ。そして、3学期が半分過ぎて、進路希望調査や個人面談など進路指導が本格化していた。現段階で中学校受験をするのか、区立中学校に進学するのかをまず本人が決める。しかし、彼はかなり悩んでいた。なぜなら、公立中学校に進学した場合、いじめてきた先輩がいるため、再び去年の自分のようになってしまうのではないか?と不安が先行していたのだ。


 そして、私立中学校に進学すると、彼の現在の学力では不完全燃焼を起こす可能性がある。その他にも学費が月に10万円、定期代が月に3万円など、これまで掛からなかったお金が掛かるようになり、経済的にも家計に打撃を与える可能性があるのだ。


 現在は柚月の通院費、美月と彩月の保育料、来年度からは美月と彩月が通っているこども園の制服が2パターンに変更になることになり、追加で買わなくてはいけないなどお金がかなり出ていくようになる。


 そのため、彼としては他の部分を削ってまで私立中学校に行くのは申し訳ないと思っていた。


 そこで、先生に他の方法が無いかを尋ねたが、方法としてはこの二つしかないと告げられたため、彼は頭を抱えてしまった。


 そして、年度末になり、次第にクラスの物が消えていく状況に“もう5年生は終わりなのか・・・”と寂しさと期待と希望が入り交じっていた。


 そして、卒業式、終業式を迎え、春休みに入った。春休みは春期講習や次年度に向けた準備などで慌ただしく過ぎていくことになるが、同時に彼の学習スタイルを見直す良い機会でもあった。


 そんなときだった。隆太が塾の春期講習から帰ってくるといつも閉まっている玄関のドアが開いていた。彼は“今日は那月が部活でいないし、お母さんと柚月はリハビリで病院に行っていて、そろそろ帰ってくるくらいだけどさすがにまだ返っていないだろうし、悠太は家にいるけど、部屋で読書しているか、春休みの宿題をしているかだから下には誰もいないはず。”と思ったのだ。


 恐る恐る家の中に入ってみると玄関に母親の靴があったのだ。そして、リビングに行くと母親が倒れていたのだ。隆太はすかさず“お母さん!お母さん!大丈夫?”と何度も呼びかけたが、彼女の意識がもうろうとしているのか、かすれた声で何かを言っている状態だった。


 “これはまずい”と思った彼はすぐに救急車を呼び、母親を病院に搬送してもらうことにした。そして、救急隊が到着し、母親をストレッチャーに乗せて、悠太と柚月は美月と彩月がいるため、家でお留守番してもらい、隆太が付き添って病院に行くことにした。病院までの道中、隆太は“最近、お父さんも忙しくしていて、夕飯の準備も個々に合わせてしなくてはいけないだけでなく、那月と柚月の通院に付き添うなどしてかなり疲れていたのかな?”と思ったのだ。そして、病院に着くと、母親は処置室に入った。


 母親が処置室に入って2時間後、その日は夕方から会議だったため、空き時間を使って病院に来たのだった。父親は「隆太!お母さん大丈夫か?」と聞くと隆太は「分からない」というのだ。確かに、彼は倒れる瞬間を見ていたわけではないため、どのような状況で倒れたのかをいまいち彼は理解していなかった。そして、母親が処置室から点滴などを付けて出てきた。


 そして、そのあとから担当してくださった先生が出てきて、「旦那さんですか?お話があるので、面談室まで来てください」と言われて、面談室まで行くと先生から「奥さんですが、おそらく過労だと思われます。最近、奥さんに変わった様子はありませんでしたか?」と聞くと彼は「変わった様子はありませんでしたが、最近私が仕事で遅くなることが多くて、夕飯も子供たちの分と、父親の分と2回作らないといけない事や今週は娘たちの通院もあったので、かなり疲れていたかとは思います。」と話した。その結果、「奥さんは少なくとも点滴が終わって帰宅しても3日程度は安静にして過ごすように」と言われた。


 父親は隆太に点滴が終わって母親と帰る時はゆっくり帰るように促した。そして、今夜の夕食は那月が調子良いなら手伝ってもらい、何か2人で作れる物を作ろうと思った。


1時間後、母親の点滴が終わり、まだ完全復活という感じではないが、母親の姿を見られて良かったと思った反面、母親の絶対安静が3日程度必要になることを考えると、明後日の午後に控えている隆太の個人面談をどうするかを先生に相談しなくてはいけないと思った。


 なぜなら、この面談は両親が先生と面談することになっていたため、父親と母親いずれかが参加できない場合には面談を延期しなくてはいけないのだ。


 しかし、父親のスケジュールの関係で延期できても最大で来週の月曜日の午前中しかないのだ。


 そして、翌日、先生に相談すると“月曜日のお昼なら時間が取れる”ということになり、月曜日のお昼に面談することにした。


 その後、母親の体調が少し安定したことで父親と2人で学校に向かった。母親はまだ少し不安があったが、何とか学校にたどり着き、先生と面談をした。


 実は先生と会うのは彼がいじめられて学校に行かなくなったとき以来だったため、久しぶりに会ったという感じはしなかった。


 面談が始まると両親の顔が曇り始めた。なぜなら、先生が事前に隆太と面談しているのだが、その内容を伝えると両親は驚いたのだ。そして、父親は「彼の希望としてはどっちなのでしょうか?」と聞いた。すると、先生が「彼はかなり迷っているようです。」と答えた。


 そして、先生は「ご両親はどう思われているのですか?」と両親に質問すると、両親は「出来るなら那月と一緒に公立中学校に行ってもらう事が1番良いのですが、彼女の1つ下の学年に昨年いじめを主導した男の子がいるので、私立中学校に行って欲しい気持ちはありますが、兄弟が多いので、そこまでお金が回るかどうか?・彼がバスなどに乗って通えるのかどうかですね。」と答えた。


 面談が終わり、先生から「隆太さんだいぶ思い悩んでいるようなので、自分自身かなり心配です。ご両親も大変かと思いますが、気にかけてあげてください」と深刻な表情で伝えられた。


 そして、家に帰るとちょうど塾に行くところだった那月と悠太が出てきたところだった。両親は「塾頑張ってね。いってらっしゃい」と声をかけたが、両親は違和感を覚えていた。なぜなら、リビングに貼ってある3人の塾の予定表を見ると、3人とも同じ時間にクラスが始まることになっていて、終わる時間は小学生組が19時、中学生組は20時だったため、隆太は一緒に出なくてはいけないのだが、彼の姿が見当たらなかったのだ。


 両親は急いで彼の部屋に行き、外から「隆太!塾行く時間だよ!」と何度も呼んだが、中から反応がなかった。それから少し呼び続けたが、反応がなく、父親が「隆太入るぞ!」と言って部屋のドアを開けるとそこに彼の姿はなく、彼の部屋のカーテンが穏やかに揺れていた。


 まさかと思い、両親が窓の近くに駆け寄ると部屋の下に隆太が倒れていたのだ。両親は急いで救急車を呼び、病院へと向かった。


 病院に着くと、両親は集中処置室に入っていく隆太の姿を見て胸が張り裂けそうだった。なぜなら、彼の様子を見ていて、普段と変わらない様子だったため、両親は大丈夫だと思っていた。しかし、彼のメンタルはギリギリで、両親に心配をかけたくないという気持ちがこのような状態を引き起こしていたのだろう。そして、先生が危惧していた事が早々に起きてしまったことで両親の後悔が更に募っていった。

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