第24話:運命の分かれ道

 この騒動から3ヶ月後、3年ぶりに家族全員でクリスマスを過ごすことが出来た。


 あの事故のあと、那月は必死にリハビリをしたことで事故前と同じように歩けるようにはなったが、大きな段差や段数の多い階段などを上る、下る際にはまだ松葉杖は使わないと転んでしまうこともあるためまだ安心は出来ない。


 そして、柚月も以前に比べると歩ける範囲が広がってはきたものの、まだ足の筋肉が付きにくい状態が続いていて、長い時間立っていることはまだ難しかった。


 ただ、父親は久しぶりの一家団欒を過ごせていたことが嬉しかったのだ。


 実は父親の会社で請け負っていた事業が良い方向に進み、一段落したということで今日は全員定時退社をさせて家族との時間を過ごすようにと通達したのだ。そして、その評判や噂を聞いた周辺企業や取引先の取引先からも父親の会社にたくさん仕事が舞い込んできていた。しかし、父親の会社は従業員500人ほどの中規模の会社で、今回の事業も一部の業務はグループ会社で請け負っていたのだ。そのため、少人数ではたくさんの仕事を受けられないという事情があった。


 そこで、父親は求人を出すかどうかを悩んでいたのだ。なぜなら、父親の会社は父親が大学生の時に立ち上げた企業で、当初は父親の父親が起業した親会社に彼が子会社として事業参画する形で始まったからだしかも、今年の秋に3年後の年度末をもっと父親が75歳で会長を退くことを表明したため、現在72歳になる父親から彼は残り3年で事業継承する事が決まっていたのだ。


 そうなると、問題になるのが、“定年退職社員の後継社員“だった。実は、今年度から父親が引退する3年後の年度末までに約70人の社員が定年を迎えることになる。しかし、現時点で採用予定は30人とかなり少なく、これまで中途採用は積極的に行ってこなかったため、年度途中での採用に対して消極的だったのだ。


 しかし、来年度の新卒だけではこの業界は1人前までに約2年程度掛かるとも言われており、その間に他社からヘッドハンティングを受ける社員や転職をしていった社員などを相当数見てきた彼にとっては到底安心出来る人数ではなかった。


 その上、現時点で退職予定者はいないものの、社員の4割が30代以上の社員であることから今後どのような人の動きをするかも想定できないのだ。そして、社員の中にはお孫さんがいる社員もいるため、お孫さんの面倒を見るために休みを取る人や30代の社員が産後休暇と育児休暇を取得した場合、最長で2年になるため、その部分の人材確保も課題に挙がっていた。


 そして、50代・60代の社員(再雇用も含む)になると人事面談で“役職についていないので、早期退職を検討しています”や“今度、娘が育児休暇から復職するのですが、子供を預ける場所がないため、預けるこども園などが見つかるまで娘の働いている平日に孫の面倒を見なくてはいけないので、退職か休職させていただきたい”など核家族の影響が顕著に表れてしまっているのだ。


 社長である父親は“人事に関してはまかせる”と言って彼に全て一任してきた。そして、数日間悩んだ彼は試しに年度内中途採用を実施してみることにした。


 ただ、今まで求人情報誌や求人情報サイトに掲載したことがない企業だったため、応募者がいるのかどうか、採用出来る人材がいるのかどうか不安だった。


 そして、知人の社長に相談し、知人の社長御用達の大手情報サイトを紹介してもらい、掲出書類に必要事項を書いて手続きを行い、無事に求人の掲載をした。


 しかし、1週間経っても、2週間待っても応募者は現れない。そして、ウィークリー契約だったこともあり、1週間掲載すると発生する広告掲載料だけが手元から落ちていく状態になってしまった。


 父親は1度求人掲載を休止し、求人内容を徹底的に精査してみたが、原因が分からなかった。


 そこで、会社を起業したときからコンサルタントを頼んでいる友人に今回のリクルーティングの問題点を指摘してもらおうと今回掲載した求人情報のひな形と掲載期間など彼が判断しやすいように情報を書いてメールで送付した。


 送ってから3日後に彼から返ってきたメールを確認すると目を覆いたくなるほど真っ赤なひな形が返ってきたのだ。この真っ赤なひな形を見て、彼は頭を抱えてしまった。


 内容を確認すると、情報が少ないことや同業他社の平均賃金に関する情報収集不足など彼の未経験な部分が露呈していたのだ。そして、この時“就職詐欺”のような風潮が社会において問題視されていたこともあり、社会全体で採用活動に対する不信感が漂っていたのだ。


 そのため、彼の会社ももれなく“就職詐欺”・“採用詐欺”というイメージを持たれていたのだった。そして、彼の運営している会社は総合企業だったため、どこかの業種で問題が起きるとその問題がそのまま彼の会社に降りかかってくるのだ。


 そして、内容を変更し、発行元に再度、掲載を申請したが、この時は10月で年末も近づいていたこともあり、各社がこの時期の転職希望者が増えることを見越して動いていたため、発行元から“3週間先まで掲載ページが埋まっている”と言われて、3週間後に掲載してもらうことにした。次にネット求人の方にも掲載依頼を申請した。こちらは彼の会社のマイページがあったため、そのまま掲載されることになった。


求人を掲載してから1週間後、彼の会社の人事課から内線で連絡があった。それは“ネットから応募申込みがあった”という連絡で、早速確認してみると応募してきた子は21歳の大学生だった。友隆は頭に「?」が浮かんだ。


 そこで、彼が掲載したページ設定を見るとなんと“新卒採用”・中途採用“・”第二新卒採用“にチェックが入っていたのだ。この設定だとすでに終了している新卒採用の一覧にも表示されてしまうのだ。


 彼は応募してきた学生さんに「この度は弊社の求人にご応募いただきありがとうございます。大変恐縮ですが、弊社は新卒採用を終了しております。そのため、今回の応募をキャンセルさせていただきたいと思い、ご連絡いたしました。」と応募してくださった学生さんにメッセージを送った。


 一方の中途採用と第二新卒の求人には未だに応募がなかったため、現時点で採用が滞ってしまうと一部の部署では教育期間が最大1年掛かるところもあるため、次第に彼の頭の中に“事業規模縮小”などを含めた長期計画方針を立てないといけないのではないか?と頭をよぎっていた。


 結局、求人を掲載して2ヶ月間粘ったが、応募者も採用者も0だったため、求人を取り下げ、翌年の4月に入ってくる新卒採用で採用した新社会人にかけることにした。


 その後、父親は取引調整や事業承認手続きなど仕事が溜まり、最初は毎日帰ってきて、夜遅くまで仕事を自身の書斎で処理をしていたが、次第に社外秘の書類や持ち出し禁止の書類などが必要になることが多くなり、家に帰ることが週に3日ほどになっていった。


 この状況を南都子はどこか心配になり、不安に覚えてきた。実は友隆と結婚する前に彼の母親から「家の息子は周囲に相談する事が苦手で、高校受験の時も前日に緊張で過呼吸を起こして大変だったのよ」と聞かされていた。それだけに南都子は彼の体調が心配で仕方がなかった。


 その週の週末のことだった。この日は家族で買い物に行くことになっていたため、母親と子供たちが出かける準備をしてすぐに出られるように用意をしていたが、出発15分前になっても父親の姿が見えなかったため、寝室を見に行くと誰もいなかった。そして、父親の書斎に行くと父親がデスクの横で倒れていたのだ。


 彼女は彼を見つけた瞬間、“パパ!しっかりして!”とパニック状態になってしまった。その時、下で準備をしていた隆太がこの声を聞いて駆けつけた。そして、父親の書斎にある固定電話を手にして救急車を呼んだ。そして、救急隊が到着すると急いで担架式のストレッチャーに乗せられて救急車に急いで運ばれた。


 そして、搬送に同伴するため母親が救急車に乗り、子供たちが留守番をすることになった。


 父親と母親が乗った救急車が病院に向かって那月と柚月は泣きながら手を振り、美月と彩月は何が起きているのかを理解しておらず、放心状態で隆太と悠太が抱っこしていた。

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