第22話:姉の自信喪失

 那月は中学生になって半年が経ち、楽しい学校生活を送っていると思われていた。


 しかし、彼女に対して「学校に行きたくない」と思ってしまうような事件が立て続けに起きていた。


 1つ目は“チビ”・“ガキ”など容姿を蔑視する発言を学年の同級生や部活動などで言われていた。その理由として彼女の同級生は入学当初よりも身長が伸び、中学1年生の平均身長を超える子が増えてきていた。しかし、彼女は身長が少ししか伸びず、平均身長よりも低かったため、そのように揶揄される事が次第に増えていった。そして、その言動は彼女が所属している部活動にも派生し、連鎖的な広がりを見せていた。


 そして、毎月行われる他校との親善試合や学年の交流試合、大会などさまざまな場所に行くたびに彼女は誰かから言われているのではないかと過剰に気にするようになっていた。


 2つ目は“兄弟に関すること”だった。那月には5人の兄弟がいるが、下4人は双子で、特に柚月は身体の自由が利きにくいため、支えなしでは歩けないのだが、数日前に近くのスーパーに那月と柚月でお買い物に行った時に偶然同じ中学校に通っている同級生とすれ違った。すると、後ろから「あいつ、妹いたのか。それにしてもお人好しは変わらないみたいだな。」という声が聞こえてきた。その言葉を聞いて彼女は心の中で「柚月もちゃんと生きているのだから姉として支えていかなくてはいけない」という姉としての決心を持っていた。


 そのため、自分の事は何を言われてもいいが、兄弟たちのことを言うことだけは許せなかった。


 そして、ある日、先生から呼び出された。理由は彼女が受けたテストの成績が下がっていて、おまけにいつも彼女が獲得している得点よりも低く、ケアレスミスが多数起きていた。


 先生はそのテストの点数やケアレスミスの数を見たときに彼女と1度面談をして、原因を探った方が良いと思っていた。


 後日、先生が那月を呼び出して面談をすることにしたが、彼女は先生に呼び出されたということで少し気難しい表情を浮かべていた。そして、面談室に入ると彼女はいきなりそわそわし始めた。


 先生はその行動に対して違和感を覚えていた。なぜなら、今までの彼女は何があっても気丈に振る舞い、周囲に対して何か助けを求めるということもなく、自分で抱え込んでいたのだ。


しかも、彼女が入学当初にいじめに遭っていたことも先生たちの耳に入ったのはエスカレートし始めた3ヶ月前とかなり遅かった。だからこそ、先生は今の彼女の精神状態が心配であることは言うまでもなかった。そして、彼女に「最近、学校生活はどうですか?」と聞くと彼女は「学校に慣れてきたので、楽しく過ごせています。」と答えた。


 そして、今回の面談で確認する予定になっていた彼女の成績の話をしようとしたところ、彼女の表情が曇ったのだ。この時、担任の先生は彼女の表情の変化を不思議に思った。なぜなら、他の学生は成績の話しをしても普段と変わらない表情で話してくるが、那月の場合は他の子たちと違ってどこか真剣だった。


 先生はおそるおそる那月に「実は今の成績が少し落ちてきているのだけど、何かあったの?」と聞いたところ彼女は「何もないです。ただ、自分が頭悪いだけです」とだけ話して面談室を飛び出した。


 この時、彼女の行動を見て、先生は頭を抱えた。なぜなら、彼女がいじめられているということは知っていたが、その後、彼女へのいじめがさらにエスカレートしているということはまだ先生たちの耳には入っていなかったからだ。


 そして、先生は様子がおかしいと思い、学年主任の先生と養護教諭の先生に相談し、最悪の状況を想定して、週に1度学校に来る区の職員のスクールカウンセラーの先生との面談も視野に入れなくてはいけないのではないか?と先生たちに伝えた。


 そして、その面談後から彼女は学校を休みがちになっていて、学校に登校してきたとしても1人で過ごしていた。


その後、保護者面談があったが、彼女の家庭での近況を聞くかどうか迷った。なぜなら、彼女の家庭での様子によっては学校での対応も検討しなくてはいけないからだ。


 そして、彼女の両親と3度目の面談に挑んだ。すると、彼女が学校では見せない一面があることを知る事になる。


 それは、彼女が“オーディション”に応募するためにいろいろな事を始めたというのだ。もちろん、先生はその事を1度も彼女から教えてもらったことはない。そして、可能なら中学校を卒業するまでには有名な女優さんとモデルさんになりたいという目標まで立てていたというのだ。


 しかし、先生にはあることが気がかりだった。それは、彼女の社交性と学校での人間関係を見ていて女優さんやモデルさんになれるような社交性や人間関係などは持ち合わせていないように感じた。そして、女優さんやモデルさんになるためには激しい競争を勝ち抜かなくてはいけないため、彼女に他の人たちよりも優れた特技や趣味などがないとたくさんいる女優さんやモデルさんの中に埋もれてしまう可能性がある。


 先生の私見として“この時点で将来の夢を決めているお子さんは多いのですが、ほとんどのお子さんが今だけを見て決めてしまっているようなので、そこが心配です”と伝えた。そのうえで両親に“那月ちゃんはその方向で心を決めている様子ですか?”と聞くと、母親が“どうなのでしょうね・・・?本人は友達を見返してやる!と張りきっているようなので・・・。”と彼女の勢いだけで方向を決めてしまっているのではないか?という疑念は払拭できなかった。


 そして、面談が終わり、家に帰って母親が彼女の部屋に行って、面談で話した内容を伝えた上で今の彼女の気持ちを聞いた。すると、“自分の場合、容姿端麗というわけでもないからみんなを見返すにはそれくらいのことをしないといけないように感じたの。”と彼女の本心を打ち明けた。そして、“女優とモデルになるという気持ちは変わらない”と改めて強調した。


 彼女は母親と話が終わり、母親が部屋を出ると、両親に黙って買ったファッション誌や女性誌などを隠した場所から持ち出して、改めて読み始めた。実はモデルと女優になりたいと思っている彼女はこのような雑誌に出ているモデルさんを目指そうと思っていた。


 しかし、彼女はあることに衝撃を受ける。それは、高校生モデルでもこの雑誌の場合は平均身長が160cm代あるのだ。あるページの全体写真で写っているモデルさんで一番高いのが高校3年生でリーダーのゆーたんこと愛居優希乃で176cm、一番低くても高校1年生でみんなの妹的存在であるかなぽんこと佐野佳菜実の167cmなのだ。この時、彼女はモデルになるには身長がある程度ないといけないのではないか?と推測したのだ。


 しかし、調べてみると160センチ前半のモデルさんも多くはないが、その雑誌のモデルさんとして活動していることは分かった。


 その事を知って彼女は安心したが、同時に学校で言われたことがフラッシュバックしてしまい、吐き気やめまいに襲われて部屋の床に倒れてしまった。


 そして、彼女の部屋の下は廊下だが、彼女が倒れる直前にちょうど隆太が塾を終えて帰ってきたところだった。玄関を入った隆太が「ただいま!」というと靴を脱いでいるときに上から“ドスン”という鈍い音が聞こえた。その音を聞いた隆太は「悠太か柚月が何かを落としたのだろう。」と思っていたが、2階から悠太が階段を駆け下りてきて、「お母さん大変!お姉ちゃんが倒れた!」とかなり焦った様子で母親に伝えた。ただ、母親は「何も音はしなかったけど?お姉ちゃんは上にいるから大丈夫よ」と最初は言っていたが、那月の部屋の隣にある悠太の部屋から急いで駆け下りてきたことでとりあえず彼女の部屋に向かった。


 ドアをノックして部屋に入ると、過呼吸を起こして那月が倒れていたのだ。


 母親はすぐに過呼吸を抑えようと前回受診した際に処方された薬で対処しようとしたが、彼女の過呼吸は落ち着かず、今度はパニック症状が出てきた。

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