第21話:楽しいはずの行事
2学期も始まって2週間が経ち、まもなく運動会や校内記録会などさまざまな行事が行われていくことになり、周囲はこれからやってくる行事1つ1つが楽しみで仕方がないようだった。しかし、3人にとってはこれらの行事が恐くて仕方がなかった。
なぜなら、今年度から運動会など全校生徒で行う行事には先生たちは“アドバイザー”として関与することになり、初動段階では体育委員会委員長や各学年の体育委員の代表などが行事進行などを行うことになっていた。
そして、学年別の記録会も校外学習も全て各班の子供たちが中心になって最初は決めることになったため、その子たちと仲が良い子たちを優先されてしまうのではないかという不安があったのだ。
特に不安だったのは柚月だった。なぜなら、柚月は2年間ちょうどこの時期に入退院を繰り返していたため、運動会にも校内記録会にも参加していない。そのため、自分が参加することでみんなに迷惑をかけてしまうのではないか?と不安に思ったのだった。そして、体育係から当日に実施される種目が黒板に書き出され、その種目を見ると、彼女が参加できる種目が少なく、学年競争であることから成績を気にする子供たちからの反感を受けることは避けられなかった。
そこで、彼女の担任の先生に「みんなに迷惑をかけたくないので、私は校内記録会を見学することを体育主任の先生と相談してほしいです。」と伝えたのだ。担任の先生は「分かりました。先生も体育の稲村先生に相談してみます。」と彼女の気持ちを尊重し、受け入れた。
その日の放課後、稲村先生に相談する前に3学年の各担任の先生、学年主任などさまざまな先生との学年会議を持った。そこで、先生たちからは「柚月さんだけを特別扱いするわけにはいかないし、特別な事情などがないなら参加させるべき」という声も挙がった。そして、ある先生からは「記録会はみんなで参加して楽しむ行事なので、そこまで深刻にならなくても良いのではないか?」という声も挙がった。
しかし、今年の学年会の先生は2人が着任したばかりの先生で昨年までの2年間を知らない人たちだったのだ。
そのため、他校の事情を現在の状況に当てはめて考えたことで“子供を特別扱いするほうが子供たちの感情を逆なでする可能性がある。”と思っていたのだ。
しかし、柚月の担任の先生は3年間同じ学年を見てきたが、年々事態が深刻になってきていたのだ。特に、3年生になると例年では受験をする子供たちとそうでない子供たちに分かれる傾向があり、前者が足を引っ張る子供たちを攻撃する“成績至上主義型いじめ”が発生しやすい傾向にある。そして、そのような行動が競争を伴うものや成績で順位が決まる場合はかなりナーバスになり、大会などで優勝以外になると足を引っ張ったその子をターゲットにしてその子の友達などが彼ら・彼女たちの代わりに攻撃することもあった。
そのため、柚月のように何かをする際にサポートなどが必要な児童にとってはそのような事態を回避するためにも不参加を申し出ることも例年増えているのだ。
特に柚月の場合は歩くにしても常時補助を必要とするため、ボール投げなどの走らない種目に参加するにしても投げる人としては参加できるが、会場設営や後片付けなどをするには他の子よりも長い時間を要してしまうことになる。そのため、柚月としては応援するだけなら参加したいと伝えたのだ。
しかし、この記録会は区内小学校が集まって実施する年に1度の全体陸上記録会を自分たちの学校でもできないか?という提案があった事で、30年前から学校独自で行ってきた学校伝統の行事でもあり、この記録会は個人記録であることから他のクラスや子供たちとの競争にはならない。
しかしながら、受験を控えている子供たちにとっては“少しでも良い成績を残さないといけない”と思っている子供が多く、成績が芳しくないと納得がいくまで追い込んでしまうのだ。そして、運動会でも自分の組が負けそうになると「○○君が○○君の代わりに走ってよ」という無理難題を突きつけようとする児童もいるため、この時期は毎年先生たちが頭を抱えていた。特に、難関校を受験する子ほど“成績”や“順位”を気にする傾向があり、この気にする傾向があらぬ方向に進んでしまうことが多かった。
そのため、稲村先生に「このような子供たちに対する配慮が必要になると思われますが、先生はどのような対応をとるべきだと思いますか?」と尋ねると「本当は参加させてあげたい気持ちは山々なのだけど、受験を検討している子供たちにとっては少しでも良い成績を取ろうとするからバランスを取るのが難しい部分があって・・・」と20年近く体育の最前線で働いてきた先生ですら近年のこの問題に対する対応が難しいというのだ。
そのため、毎年グループ編成を工夫することや点数制を廃止して、純粋に運動会の種目を楽しむことも検討されたが、お互いに競うことも運動会の醍醐味であることからバランスを取るのが難しいことや今年のPTA会長は教育熱心なことで有名だったため、お互いに競い合うことは大事だと考えており、同じ条件で行わないと不公平であり、そのような行為が不平等な扱いに繋がるという考えを持っていた。
しかも、今年の会長はこの辺りでは有名な地主で区内にたくさんの土地やアパートを持っている資産家でもあったことから下手に意見することで学校に対して圧力をかけられてしまう可能性があると思ったのだ。
そこで、苦渋の決断として、彼女の不参加を決定しようとしていた時だった。彼女を3年間副担任として見てきた村川先生から「なぜ、会長さんに忖度されるのでしょうか?柚月さんにも菜々さんにも運動会や記録会を楽しむ権利はありますし、彼女たちが排除されてはいけないと思いますが?あの子たちを守れるのは私たち教師しかいないのですよ?」と各クラスの担任の先生と学年主任の先生に向けて言っていた。
その発言を聞いて先生たちは「仕方ないじゃないの。会長さんの機嫌次第では今後の学校との関係を悪化させてしまいかねないし、柚月ちゃんたちを参加させたくても万が一何かあったときに被害を受けるのは彼女たちよ?」と村川先生に対して“彼女たちの参加を見送るように説得して欲しい”と言わんばかりの注文を付けてきたのだ。
そして、稲村先生と再度話し合いをして、柚月などを参加させる代わりに成績に関係なくポイントが加算されるようにする事にした。
そして、当日になり、養護教諭の先生が彼女たちの体調を確認し、みんなと一緒に整列して、行事に参加した。すると、同じクラスの一部の子供たちが彼女を見て陰口を叩き始めたのだ。その違和感を察知した担任の先生が陰口を言っていると思われる児童に対して注意したが、その子たちは「なんで柚月と一緒に参加しなくちゃいけないの?」や「柚月は見学で良いでしょ。」「柚月は何もできないのに無理に参加させないで」などと言って先生たちに反抗したのだ。
そのため、先生たちは柚月を参加させたいと思っているが、ギリギリまでどうするかを迷っていたのは言うまでもなかった。
結局、彼女はボールスローに参加し、10メートルという記録で今年の記録会の記録として認定されたのだ。
しかし、一部の子たちからは“そんな恥をさらしてまで出たかったのか?”と揶揄され、彼女は楽しみが苦しみに変わってしまった。そして、記録会が終わって3週間後には運動会も開かれることになっていたが、彼女の心はかなり揺れていた。なぜなら、運動会になるとこれらの配慮が除外され、いわば他の子たちと同じように戦わなくてはいけないのだ。つまり、今回のように“出場するだけでポイント”というわけではなく、“出場して上位3人に入らないといけない”ということになるのだ。
そうなると、彼女の場合は速く走ることはできないし、速く走ろうとして杖などにつまずいて骨折してしまうと今度は完治するまでは歩けない可能性もあることから、彼女が学校に行くことを嫌がるのではないか?という懸念も両親の中にはあった。
同じ学校に通っている兄2人は問題なく学校には登校しているが、今回の事件がきっかけで彼女が登校しなくなった場合に再び何らかのいじめが発生してしまうのではないかと母親は不安に思っていた。
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