第17話:前に進むしかない

彼女が入院してから数週間が経った。未だに彼女の目は覚めることはない。悠太は「今回は自分のジンクスも通用しないのだろうな」と弱音を吐いていた。


 なぜなら、今回の場合は彼女の肺が成長に合わせて大きくならない事が要因で呼吸困難を起こしたことで入院しているのだが、彼は「彼女が悪い病気になって入院している」と思っていたのだ。


 そのため、母親に「ゆーちゃんと遊びたい!」・「ゆーちゃんいつ帰ってくるの?」と何度も聞いていた。


 その頃、隆太も友達と遊ぶ回数が減って、那月にも遊んでもらえなくなったことで自分の部屋にゲームなどを持ち込んで1人で遊ぶような光景が増えていった。


 隆太の場合は桑野さんの家に行くにしても息子さんの怪我が治らないと行く手段がなくて遊べないし、塾の友達と遊ぶにしても保護者の送迎がないとだめということもあり、彼は友人たちと遊べるように今まで貯めていたお小遣いとお年玉で携帯ゲーム機とソフトを買い、塾がない日は塾の友達と通信で遊べるようにしたのだ。


 両親は彼が「ゲームを買う」と言ったときは少し反対していた。なぜなら、父親は“ゲームをやるなら勉強しなさい”という考えの人だったため、那月も未だにゲームをしたことがないため、同級生の女子からびっくりされていた。当時は女子ならゲームで遊んで、ファッションを楽しむというスタンスだったが、彼女の場合はゲームも買ってもらえず、服は好きな服を買ってもらっていたが、他の子が着ているようなブランド物は興味がなかった。


 そのため、彼女は学校で同じ考え方の子を見つけようとしたが、そういう子は土地柄から考えても多くはなかった。


 そして、彼女が言っている区立中学校は2学年が少し荒れていて、毎日いじめやトラブルなどが起きており、“何とかして落ち着かせないといけない”と先生たちも苦慮していた。


 この状況は那月の学年である1学年も例外ではなかった。この頃はまだ彼女は標的にされていなかったが、彼女の周囲の友人たちの背後に迫っている事は言うまでもなかった。なぜなら、彼女の学年には同じ学校に通っている生徒の兄弟・姉妹もいたため、その子たちの兄や姉がターゲットにされている場合にはもれなくその兄弟・姉妹にも飛び火することもしばしばだった。


 那月の場合は同じ学校に兄弟はいないが、彼女が3年生の時に隆太が私立中学校に進学しない場合には1年生に入ってくる。そのため、今の2年生は卒業するが、彼女の不安は隆太の学校ではなく、隣の学区の小学校だった。


 なぜなら、今回のトラブルを起こしている生徒たちは隣の小学校の男子が多く、そこに触発される形で他の学年の同じ小学校の生徒たちが連鎖的に巻き込まれている状態になっていた。そのため、その子たちと仲が良い子たちも感化されてしまうこともしばしばだった。


 そのため、些細なトラブルでいじめに発展してしまう、不登校になってしまうなど学校の状態はあまり良くなかった。


 しかし、彼女の友達はほとんどがその学校以外の子で、友達にもその学校出身の子もいるが、彼女たちはそういう事をされてきた立場だったため、これらの行為に加担することはなかったのだ。ただ、彼女たちもいじめられるのではないかと毎日戦々恐々していたのは間違いなかった。


 一方の隆太と悠太は柚月の事を知っている兄弟・姉妹を持つ親から嫌がらせを受けていて、隆太と悠太の担任の先生は頭を抱えていた。


 なぜなら、柚月が学校に来ていないことで“彼女は引きこもりになった”・“あんな身体で学校に来ようなんて思えるよね”という彼女に対する誹謗中傷が発端だった。この言葉を聞いた彼女と遊んでいた友人たちは反論していたが、今度は反論したことでその子たちがターゲットにされてしまったのだ。


 この事を聞いて、隆太は彼ら・彼女たちに心から申し訳ないと思った。


 柚月の事を思って反論してくれた事は嬉しかったが、その事が原因でいじめられるというのは歯がゆい気持ちしかなかった。


 そして、反論してくれた子供たちは何とか学校に来ていたが、各担任の先生は子供たちの心のケアをどのように進めていくべきなのか悩んでいた。


 なぜなら、いじめを受けている子の多くは幼少期に両親から虐待を受けていたり、小学校入学前に同じクラスの子からいじめを受けたりとまだ3年生ではあるが、かなりきつい過去を背負っていた。


 彼ら・彼女たちはそれらの傷が少しずつ癒えてきたときにこのようなことが起きたことにより、両親にもいじめられていることを打ち明けられず、担任の先生にも詳細を語ることはなかった。そのため、先生たちも状況がエスカレートするまで知らず、ターゲットになった子供たちの異変に気付いてから対応したため、状況がかなり悪化していたというのが一般的な見方だろう。


 ただ、彼ら・彼女たちは自分の仲間を悪く言う子が許せなかったことでそのような行動に出た。その勇気は誰にでもあるわけではない。そして、以前にこの中の1人の友人が家に遊びに来たときに彼女を気遣うようにそっと彼女の後ろから手を差し伸べていた姿を偶然見かけて思わず心の中で「柚月良かったな。素敵なお友達に囲まれて幸せだな。」と思ったのだ。


 “みんな違ってみんな良い。”


前に進むことは恥ずかしいことではない。

いじめが発覚してから2週間後、彼女が救急搬送されてから1ヶ月後に柚月は何とか目を覚まし、まだベッドの上からは動けないものの周囲を見渡していた。


 ただ、時折目を細めるなど呼吸が苦しいからなのか心拍数が早くなり、少しすると遅くなるという状態を繰り返していた。


 彼女の意識が戻ったことが両親に報告されると両親は安堵の気持ちからか肩から崩れ落ちた。


 彼女が生まれてから何度も生死をさまよってここまで来たのだから彼女は大きくなったときに強い子になると思っていた。


 そして、彼女がやっといけるようになった学校に再び行くためにまずはベッド上での足のストレッチやマッサージを受けて、ある程度足を動かせる、呼吸が安定するようになるまで様子を見ることにした。


 しかし、彼女の血液検査とレントゲン検査をすると、血液検査ではヘモグロビンなどの値が低く、肺のレントゲンを撮ると肺全体が白く、所々で斑点のような点がいくつも出来ている事が分かった。この時、彼女のレントゲンを撮った診療放射線技師の先生が彼女の肺に違和感を覚えて何度も見返していた。なぜなら、小学生の肺はもっと大きく、レントゲンを撮ってもここまで白くは写らないのだ。特に、肺胞のある辺りと気管支に繋がるあたりが正常の肺と気管支を彼女のレントゲン写真と重ねて見比べるとこれは“ただ肺が小さくて白いのか?”それとも“肺胞が炎症を起こして何らかの病気を発症しているのか?”を判断する事はかなり難しかった。


 そして、この要因を分析するため、放射線科の先生と呼吸器外科の先生を呼んで、細かく見てもらうことにしたのだ。


 すると、呼吸器外科の先生が「彼女の肺の下部を見ると黒く何かが溜まっているように見えませんか?」というのだ。そこで、先生方がデータを拡大して再度確認したところ、確かに、上は白いのだが、肺の下部は真っ黒になっていたのだ。彼女の場合、肺の成長が遅れているという担当医の先生の所見がカルテに残っていたため、成長が遅いだけだと当初は思われていたが、呼吸器外科の先生は「まさかとは思いますが、肺の中で内出血を起こしているのではないでしょうか?」というのだ。


後日、彼女の肺のあたりまでカメラを入れてみると肺の入り口辺りのところから気管支の下部にかけて炎症を起こしている事が分かったのだ。先生は彼女に何が起きているのか分からなかった。なぜなら、彼女のような症例の子供は多いが、ここまで見えにくい場所に血栓のような物が出来ることはごくまれで、ベテランの医師でもそう多くは担当しない。


 そして、彼女の気管支を確認したところ、炎症が悪化していて、その下に小さな水疱のような物が確認されたのだ。しかし、彼女の体力を考えると手術に耐えられないと判断されて、点滴で小さくすることにしたのだった。

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